美術史・技法

板に描くということ——メムリンクとヘラルト・ダヴィト

描かれていない縁がある

まず、寸法の書き方に注目したい。

カーネーションを持つ若い女
ハンス・メムリンク《カーネーションを持つ若い女》1485〜1490年ごろ。板に油彩。板の全体は縦43.2センチ、横18.7センチ。描画面は縦43.2センチ、横17.5センチ。メトロポリタン美術館蔵。ハンス・メムリンク《カーネーションを持つ若い女》メトロポリタン美術館蔵

細長い縦の板である。幅は18.7センチしかない。

女性が半身で描かれている。

黒い薄布を頭からかけ、赤い上衣を着ている。胸元に金の鎖。

右手に赤いカーネーションを持ち、左手を腹の前で組んでいる。

背後に窓のような開口があり、緑の木立が見える。上部は石のアーチである。

さて、所蔵館の記録には寸法が二つ書かれている。

板の全体が横18.7センチ、描画面が横17.5センチ。

差は1.2センチ。片側で6ミリほど、絵具の載っていない縁がある。

これは偶然ではない。

板をあらかじめ枠に嵌め、枠ごと下地を塗って描いたためである。

枠が当たっていた部分には絵具が届かない。だから縁が残る。

つまりこの絵は、額と一体で作られていた。

額の話は別のコラムで扱ったが、
この時代の額は「あとから選ぶもの」ではなかった。

板と枠が一続きの、一つの物だったのである。

この作り方には利点がある。

枠が板の縁を押さえるため、反りが抑えられる。

下地も枠まで続いているので、隙間から湿気が入りにくい。

つまり額は、装飾ではなく構造の一部だった。

後の時代に枠を外して別の額に入れると、この構造が失われる。

現在の板絵が割れやすいのは、そのためでもある。

枠の痕跡は、どこまで読めるか

縁の痕跡には、もう少し読めることがある。

絵具が枠に当たって盛り上がった線を、専門的には「バルブ」と呼ぶ。

下地を塗るときに、枠との境目で溜まった膨らみである。

この線が残っていれば、いまの額が当初の枠と同じ位置にあると分かる。

逆に、板の四辺が切り詰められていると、この線は消える。

売買のために画面を切った例は多い。

寸法が不自然に小さい板絵は、切られた可能性を考える必要がある。

所蔵館が「当初の描画面」と書き分けるのは、この判断を残すためである。

翼は、切り離される

同じ構造は、より小さな板にも現れる。

洗礼者ヨハネ/聖痕を受ける聖フランチェスコ
ヘラルト・ダヴィト《洗礼者ヨハネ/聖痕を受ける聖フランチェスコ》1485〜1490年ごろ。板に油彩。左翼は板全体で縦45.7センチ、横16.8センチ、当初の描画面は縦44.8センチ、横14.9センチ。メトロポリタン美術館蔵。ヘラルト・ダヴィト《洗礼者ヨハネ/聖痕を受ける聖フランチェスコ》メトロポリタン美術館蔵

細長い板が二枚、並んでいる。

左の板には、赤い外套の男が立っている。手に小さな羊を抱えている。洗礼者ヨハネである。

右の板には、褐色の修道服の男が跪いている。両手を上げ、空を見上げる。

その視線の先に、光を放つ小さな姿が飛んでいる。聖痕を受ける場面である。

背景はどちらも風景で、木立と建物、遠くの丘が描かれている。

ここでも記録に「当初の描画面」という表現が出てくる。

板全体より描画面が小さい。枠に嵌まっていた痕跡である。

そして、この二枚はもともと祭壇画の翼だった。

中央の板があり、その左右に付いていたと考えられる。

中央の板は失われているか、別の場所にある。

分解された祭壇画の一部が、二枚だけで美術館に入っている。

分解されると、意味が読めなくなる

分解の影響は大きい。

祭壇画は、中央と翼が一つの主題を構成していた。

翼だけを見ると、聖人が誰であるかは分かっても、
なぜその聖人が選ばれたのかは分からない。

注文主の家の守護聖人だったのか、教会の由来に関わるのか。

その情報は、失われた中央の板と、置かれた場所にあった。

分解の理由は、たいてい売買である。

祭壇画は大きく、運ぶのも掛けるのも難しい。

翼だけなら小さく、額に入れて家に飾れる。

19世紀の美術市場では、この分割が広く行われた。

いま美術館にある小さな板絵の多くが、その結果である。

作品の価値が上がるほど、分けて売る動機も強くなる。

この事情は、日本の絵巻や図譜が一枚ずつ売られたのと似ている。

受胎告知
ヘラルト・ダヴィト《受胎告知》1506年。板に油彩。天使の板は全体で縦79.1センチ、横63.5センチ。聖母の板は全体で縦79.1センチ、横64.1センチ。メトロポリタン美術館蔵。ヘラルト・ダヴィト《受胎告知》メトロポリタン美術館蔵

こちらは二枚の板が対になっている。

左の板に天使。青い衣に赤と緑の翼を広げ、右手を上げている。

右の板に聖母。青い衣で身を包み、机の前に跪いている。

机には開いた本と、白い花を挿した水差しが置かれている。

床は緑と白の市松模様。上部には青い垂れ布が下がる。

天使が語りかけ、聖母が受け取る。二枚で一つの場面である。

寸法もほぼ同じで、対として作られたことが分かる。

しかし現在は、二枚の板として別々に扱われている。

もとは大きな祭壇画の一部だった可能性もある。

こうした構成の復元は、寸法と木目の一致から推定される。

木目は、板の履歴を語る。

同じ丸太から切り出した板は、木目の並びが連続する。

だから離れた美術館にある板が、もとは一枚だったと分かる場合がある。

年輪の幅を測って伐採年を推定する方法もある。

板絵の研究では、絵の様式より木材の情報が決め手になることがある。

支持体そのものが資料であるという点は、板絵の大きな特徴である。

二人の画家の関係

ここで、二人の画家の関係にも触れておきたい。

メムリンクは15世紀後半、ブリュッヘで工房を構えた。

ヘラルト・ダヴィトは、その次の世代の同じ都市の画家である。

二人の作品を並べると、主題も構図もよく似ている。

聖母子、受胎告知、風景の中の休息。

需要が固定していたため、型が受け継がれたのだろう。

工房の継承については別のコラムでも扱った。

洋の東西で事情は違うが、型を渡す仕組みは共通している。