画家を知る

描きかけの仕上げ——ベルト・モリゾ

花の絵も、同じ調子である

芍薬
ベルト・モリゾ《芍薬》1869年ごろ。油彩・画布。縦40.8センチ、横33センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ベルト・モリゾ《芍薬》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

小さな絵である。縦40.8センチ、横33センチ。

ガラスの器に、芍薬が三本ほど生けられている。

大きな花が二つ。桃色の花弁が重なる。

下に赤い蕾が一つ。葉は緑で、幅が広い。

卓の面は褐色。左手前に小さな器が置かれている。

背景は黄土色で、筆の跡が縦に走る。

そして、卓の縁に沿って黒い線が引かれている。

一本の線ではなく、走り書きのような繰り返しの線である。

つまり輪郭を線で示している。

塗り込めずに、線で位置を決める。素描に近い扱いである。

油彩でありながら、水彩や素描の作り方に近い。

花を主題にした理由も考えておきたい。

花は動かない。短時間で描く必要がなく、繰り返し観察できる。

そして季節ごとに手に入る。家の中で完結する主題である。

同時に、花の絵は売りやすい商品でもあった。

19世紀の市場では、家庭に飾る花の絵に需要があった。

同じ時期に花だけを描き続けた画家もいる。

その事情は別のコラムで扱う。

つまり花は、条件と市場の両方に合った主題である。

家の中を描く

食堂で
ベルト・モリゾ《食堂で》1886年。油彩・画布。縦61.3センチ、横50センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ベルト・モリゾ《食堂で》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

室内の場面である。

若い女性が立っている。紺色の上衣に、白い前掛け。

両手を前で合わせ、こちらを見ている。

左には食器棚。ガラス扉の中に皿が並ぶ。

右には窓と、丸い卓。卓の上に果物の皿がある。

足元に小さな白い犬がいる。

床は青灰色で、光が反射している。

描かれているのは使用人と考えられる。

家事の場面が主題になっている。

19世紀の絵で、家の中の労働が主題になる例は多くない。

家庭は「描かれない場所」だった。

その場所を主題にできたことは、この画家の条件と結びついている。

外に出られない不利が、内側の主題の発見につながっている。

この一点の構成も見ておきたい。

画面の中央に人物を立たせ、左右に家具を配している。

視線は人物の顔から、左の食器棚、右の窓へと動く。

床の反射が、その動きを下でつないでいる。

つまり狭い室内でも、視線の道が設計されている。

限られた空間で構図を作る訓練は、室内画で磨かれる。

娘を、繰り返し描く

鸚哥と画家の娘
ベルト・モリゾ《鸚哥と画家の娘》1890年。油彩・画布。縦65.6センチ、横52.1センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ベルト・モリゾ《鸚哥と画家の娘》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

少女が椅子に座っている。

桃色の服。袖が膨らみ、襟は丸い。

髪は真ん中で分け、肩まで垂れている。

顔は正面。目は大きく、口を閉じている。

左には棚があり、その上に緑の鳥がいる。鸚哥である。

背景は青灰色で、筆の跡が縦横に走る。

描かれているのは画家の娘である。

当サイトの公開分の中でも、娘を描いた作品が複数ある。

身近な人を繰り返し描くのは、モデルを頼めない条件とも関わる。

同時に、繰り返しには利点もある。

同じ相手を何年も描けば、変化が記録される。

子どもの成長は、年ごとの絵に残る。

家族を描き続けた画家の作品は、家族の年表にもなっている。

肖像が家の記録として機能する話は
別のコラムでも扱った。

前掛けの少女
ベルト・モリゾ《前掛けの少女》1891年。油彩・画布。縦65センチ、横54.6センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ベルト・モリゾ《前掛けの少女》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

翌年の作である。

少女が立っている。紺色の上衣に、白い大きな前掛け。

髪は長く、肩に垂れる。顔は正面をやや外している。

背後には卓があり、花を生けた器が置かれている。

壁は淡い黄土色で、大きな筆の跡が残る。

前掛けの白は、ほとんど塗られていない部分がある。

画布の地の白を、そのまま白として使っている。

つまり水彩の作り方に近い。

塗らないことで明るさを得る方法である。

水彩の白の扱いについては別のコラムで扱った。

版画と素描も残っている

他の技法にも触れておきたい。

この画家は、水彩、パステル、素描、そして版画も手がけた。

油彩に比べて、これらは記録として残りにくい。

家族の手元に留まり、展示の機会も少ないためである。

しかし薄塗りの油彩と、水彩の作り方はよく似ている。

紙の白を残し、絵具を薄く置き、直しを重ねない。

つまり技法を横断して、同じ考え方が通っている。

材料が違っても、判断の順序は変わらない。

公開分の油彩を見るときにも、この共通性を頭に置いておきたい。

屋外の一点

鵞鳥と舟の少女
ベルト・モリゾ《鵞鳥と舟の少女》1889年ごろ。油彩・画布。縦65.4センチ、横54.6センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ベルト・モリゾ《鵞鳥と舟の少女》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

庭の池である。

画面の上半分は緑の樹叢。細かい筆の点で埋められている。

中央に水面。青と白の短い筆で示されている。

小さな舟に、少女が乗っている。桃色の服が点のように見える。

手前の草地に、白い鵞鳥が四、五羽いる。

草は黄緑で、筆が縦に走る。

人物は小さく、風景の一部として扱われている。

つまり主題は人ではなく、光と水面である。

屋外の主題では、筆の点が細かくなっている。

樹の葉、水の反射、草。いずれも短い筆の反復である。

一方、室内画では筆が長く、面が広い。

つまり主題によって筆の長さを変えている。

同じ薄塗りでも、筆の単位が違えば見え方が変わる。

この一点は、庭の池を描いている。

自宅か、滞在先の庭だろう。

つまり屋外の主題であっても、行ける範囲は限られていた。

庭は、女性の画家が自由に使える屋外だった。

同じ時代の男性の画家が街路や酒場を描いたのとは、対象が違う。

主題の違いは、才能ではなく行動の自由の差でもある。