作品を知る

朝は、題の行で決まる——アルピニー・ビュオ・丁雲鵬ほか九点

天都峰の朝日
丁雲鵬《天都峰の朝日》1614年。館の記録では、紙に墨と淡彩の掛軸。絵は212.7×55.4センチ。軸を含めて344.1×87.7センチ。番号は1965.28。クリーヴランド美術館蔵。丁雲鵬《天都峰の朝日》クリーヴランド美術館蔵

高さ2メートルを超える紙に、岩の峰が積み上がっている。

黄山の天都峰である。

館の記録では、1614年に、ある人物の五十歳の誕生日の贈り物として描かれた。

草木には深い赤が点じられている。

不老不死の霊薬とされた辰砂を思わせる色だと、記録は読む。

そして画面の上部には、詩が書き込まれている。

「雲は谷から立ちのぼり、朝日は天都の峰の上にある」。

賛にはさらに、1614年の春、五十歳の祝いに描いたという事情まで書き込まれている。

黄山は険しく、明の末に石段が築かれるまで、画家の画題にもならなかったと記録は言う。

これはその最初期の一枚だという。

今日の黄山は名だたる景勝地だと、記録は付け加えている。

つまりこの朝日は、まだ誰も見に行けなかったころの朝日である。

贈られた人は、絵と賛で、登れない峰の夜明けを受け取った。

朝日そのものを塗るのではなく、朝日という文字を書く。

賛のある絵では、時刻は文字で画面に入る。

絵に文字が書き込まれる仕組みは署名の隅を数えた回でも見たが、これはそのいちばん豊かな形である。

祝いの贈り物に朝日を選ぶ気持ちは、説明されなくても分かる。

昇る日は、これからの歳月の言い換えである。

五十歳の朝である。

朝は、祈りの区切りの名でもある

時刻の朝が、制度の名になった例もある。

時祷書の一葉:受胎告知(聖母の小聖務日課、朝課)
ノエル・ベルマール《時祷書の一葉:受胎告知(朝課)》1530年から35年ごろ。館の記録では、獣皮紙にインク、テンペラ、金泥。7.7×6.5センチ。番号は2001.80。クリーヴランド美術館蔵。ノエル・ベルマール《時祷書の一葉:受胎告知(聖母の小聖務日課、朝課)》クリーヴランド美術館蔵

手のひらに載る大きさの一葉である。

赤い天蓋の下、青い衣の聖母に天使が告げている。

天使の翼は赤く、床には手すりの影が伸びる。

紫がかった桃色と黄緑が、小さな画面で強く光る。

館の記録では、時祷書から切り離された三葉のうちの一葉だという。

時祷書は、一日を八つの祈りの時に区切る本である。

朝課に始まり、夜の祈りで終わる。

その最初の区切りが朝課で、この受胎告知はその扉絵だった。

つまりこの本の持ち主は、毎朝この絵を開いた。

決まった時刻に決まった絵を見る、という暮らしがあったのである。

絵のほうに時刻が描かれていなくても、絵を見る時刻が決まっていた。

九点の中で、朝がいちばん確かなのは、この一葉かもしれない。

つまりこの絵の「朝」は、空の色ではなく、祈りの時間割の名である。

記録は、工房のことも書いている。

パリの工房が、富裕な顧客のために宝石のような時祷書を作っていた。

時祷書は持ち主の身分と趣味を映す贅沢品でもあったという。

紫がかった桃色と鮮やかな黄緑の取り合わせは、当時のフランスでは異例だとある。

人物を手前に寄せ、建築の枠で囲む構図だと記録は説明する。

来歴の欄には、十九世紀パリの蔵書家ピション男爵の名が最初に載っている。

本から切り離された一葉については、散逸した写本の回でも扱った。

朝課の絵は、毎朝開かれるために描かれた。

読む人の一日が、この小さな絵から始まった。

連作の名札としての朝

朝が、そろいの絵のラベルになることもある。

魔女の情景(朝)
サルヴァトル・ローザ《魔女の情景(朝)》1645年から49年ごろ。館の記録では、布に油彩。円形で、直径54.5センチ。番号は1977.37.1。クリーヴランド美術館蔵。サルヴァトル・ローザ《魔女の情景(朝)》クリーヴランド美術館蔵

丸い画面に、夜明けの暗い雲が垂れこめている。

岩は人の顔のようにねじれ、鳥が群れ飛ぶ。

中央では、魔女が刃物を振るっている。

まわりには、嘴の鋭い鳥が寄り集まる。

館の記録では、この魔女はローザが描いた中で唯一の美しい魔女だという。

男を獣に変える力は、神話の魔女キルケーを思わせるとある。

だが作者は神話をなぞらず、露骨に暴力的な姿へ作り替えたと記録は読む。

穏やかな表情が、かえって手元の行いを不気味にしている。

館の記録では、魔術の情景を描いた連作の最初の場面だという。

明け方の暗雲と奇怪な岩が、陰鬱な空気を作るとある。

画面が円形なのは、魔術における円の役割を指すためだと記録は伝える。

来歴の欄によれば、1657年までにフィレンツェのニッコリーニ家にあった。

描かれてから十年ほどで、名家の壁に掛かっていたことになる。

魔女の絵は、怖がられながら、集められてもいた。

ここでの朝は、連作の順序を示す名札である。

朝の次に昼が来て、夜が来る。

同じ主題を繰り返す連作の回で見た仕組みが、三百年前にもある。

時刻の名は、絵を並べるための番号にもなる。

日記の朝と、歴史の夜明け

朝は、ひとりの人の言葉にもなる。

朝の花束、涙
モーリス・ドニ《朝の花束、涙》1899年。館の記録では、紙に色刷りのリトグラフ。画面は38.3×28.5センチ。番号は2021.170.4。クリーヴランド美術館蔵。モーリス・ドニ《朝の花束、涙》クリーヴランド美術館蔵

薄い桃色と緑だけで、庭が刷られている。

手前で、若い女がうつむいている。

その視線の先に、桃色の花束が差し出されている。

奥には水盤があり、木立の向こうに家の窓が見える。

画面の下の余白には、朝の花束、涙、という句が手書きで残る。

題は、この句のとおりである。

館の記録では、ドニは1889年に集まったナビ派の画家の一人だった。

この版は、妻マルトへの思いを主題にした連作に属する。

妻をさまざまな場面に置き、自分の日記から取った句を題に付けたという。

画面はあいまいで、見る人が連想を巡らすように作られたと記録は読む。

敬虔な画家で、妻の姿を聖母に重ねて見せることが多かったともある。

朝の花束が誰の花束で、涙が誰の涙なのかは、記録も決めていない。

確かなのは、これが画家の日記の中の朝だということである。

岸辺の朝が誰のものでもない朝なら、この朝はひとりの朝である。

ある一日の朝が、句のかたちのまま、題の行に写された。

題の行は、ここでは日記の一行の続きである。

比喩の朝は、彫刻にもある。