作品を知る

朝は、題の行で決まる——アルピニー・ビュオ・丁雲鵬ほか九点

先住民の娘、あるいはキリスト教の夜明け
エラスタス・ダウ・パーマー《先住民の娘、あるいはキリスト教の夜明け》1853年から56年。館の記録では、大理石。高さ152.4センチ。番号は94.9.2。メトロポリタン美術館蔵。エラスタス・ダウ・パーマー《先住民の娘、あるいはキリスト教の夜明け》メトロポリタン美術館蔵

大理石の娘が、まっすぐに立っている。

腰に布をまとい、右手の中の小さなものをうつむいて見つめている。

布のあいだには、羽根のようなものが挟まれている。

題は《先住民の娘、あるいはキリスト教の夜明け》という。

この作品の記録も短く、場面の説明はない。

だが、あるいは、でつながれた二つの題が、読み方を指している。

娘の手の中のものは、新しい教えのしるしだという読みである。

ここでの夜明けは、一日の時刻ではない。

新しい教えが広まりはじめる、時代の朝である。

空も太陽もないのに、題は夜明けで通じる。

彫刻は時刻を彫れないから、比喩で彫る。

高さ152センチ、人と並ぶ背丈の夜明けである。

来歴の欄には、1894年にこの像を美術館へ遺贈した人の名が残る。

朝や夜明けの語は、一日を離れて、始まりの言い換えへ広がってゆく。

名前の中に、朝が住む

九点のうち一点だけ、種類の違う朝を残しておいた。

初代坂東三津五郎の朝比奈三郎
勝川春好《初代坂東三津五郎の朝比奈三郎》1776年。館の記録では、紙に木版、墨と色。31.8×14.6センチ。メトロポリタン美術館蔵。勝川春好《初代坂東三津五郎の朝比奈三郎》メトロポリタン美術館蔵

縦長の細い紙に、刀を差した役者が身構えている。

袴の縞が、ねじれた体に沿って流れる。

初代坂東三津五郎が演じる、朝比奈三郎である。

館の記録では、1776年の芝居の一場面で、演目の名も残っている。

この絵は、朝の語で記録を引いたときに挙がってきた。

だが、朝比奈は人の名である。

画面のどこにも、時刻の朝はない。

語で絵を探すと、名前の中の字にもぶつかる。

朝の字は、朝の絵の外にも住んでいる。

朝比奈のほかにも、候補には朝妻という名の舟の絵が挙がっていた。

地名や人名は、時刻の字を静かに抱え込んでいる。

機械的に集めた候補を、一点ずつ目で確かめる理由がここにある。

外れは外れとして、一点だけ残しておく。

記録を語で引くことの限界を、忘れないためである。

そして役者絵のこの一枚は、外れとしても良い絵である。

役者の名と役の名が記録でどう書かれるかは、勝川派の役者絵の回に詳しい。

数えると、こうなった

九点の朝を、種類で数える。

空や光で朝を示す絵が四点。

十月の朝、夜明けの狩人、天都峰の朝日、魔女の朝である。

人の営みで朝を示す絵が一点。

馬車の溜まり場の、冬の朝である。

祈りの時間割の名としての朝が一点。

比喩と擬人の朝が二点。

そして、名前の中の朝が一点。

日本語の題の語も数えられる。

朝が六点、夜明けが二点、暁が一点である。

同じ時刻に、三つの言い方がある。

材料も数えておく。

油彩が二点、水彩が一点、版画が二点、写本が一点、写真が一点、掛軸が一点、大理石が一点。

九点で八種類の材料になった。

朝は、材料を選ばない画題である。

年代と土地も見ておく。

いちばん古い朝は1614年の中国、いちばん新しい朝は1912年のローマで作られた。

そのあいだに、イタリア、日本、フランス、イギリス、アメリカの朝が並ぶ。

三百年、三つの大陸で、朝は描かれ続けてきた。

どの言葉でも、一日の最初の時間には名前があった。

言えないことも書いておく。

空や光で朝を示す四点のうち、題を隠しても朝と言い切れる絵は、実は一点もない。

夜明けの狩人は、現に午後の題で売られたことがある。

十月の朝は、夕方と言われても答えられない。

朝日は、文字がなければただの峰である。

朝は、絵にとって、いちばん確かめにくい時刻なのかもしれない。

夕方には長い影と灯りがあり、夜には闇がある。

朝の光は、夕方の光と区別がつかない。

だから朝の絵は、題の行に朝を預ける。

預けた先の題は、動くことがある。

午後の狩りになった夜明けが、その証拠である。

それでも画家たちは、朝と題を付け続けてきた。

確かめられなくても、その光が朝だったことを、描いた本人は知っているからである。

題の行は、画家の記憶の置き場でもある。

見る側にできるのは、その申告を記録ごと受け取ることだけだ。

朝という題は、画面ではなく、画家を信じるための言葉である。

最後に、記録に残らないことを一つ。

この九点が描かれた朝、画家たちが何時に起きたのかは、どの記録にもない。

ビュオが石畳の濡れた朝に立っていた時間も、記録は書かない。

アルピニーが野原で開いた絵の具箱のことも、書かれていない。

夜明けの狩人を描くには、夜明けの前に野原へ出ていなければならない。

大きさも数えておきたい。

いちばん小さい朝は、時祷書の一葉で、縦7.7センチしかない。

いちばん大きい朝は、軸まで含めて344センチの掛軸である。

その差は、四十倍を超える。

手の中で開く朝と、壁一面に掛かる朝。

朝は、大きさも選ばない。

一人で開く絵にも、部屋中で見上げる絵にも、朝は付く。

そして題の付き方にも、季節との重なりがあった。

十月の朝、冬の朝と、九点のうち二点は季節と時刻を重ねて名乗っている。

季節は画面で確かめられるのに、時刻は確かめられない。

だから季節の語が、時刻の語の保証人のように並ぶのかもしれない。

これは推測である。

題の行の二文字の後ろに、早起きの一日が隠れている。

絵の中の朝は明けないまま、そのことだけを覚えている。

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