美術史・技法

一冊の帳面が、百四十八点になる——トマス・サリーの写生帖、メトロポリタン美術館

五三・一八二。一九五三年に受け入れた、その年の一八二番目の件である。ところが頁ごとに枝番が付き、紙の表と裏で番号が分かれる。一冊が百四十八点として数えられている。一点という単位を、誰がどう決めたのかを読みたい。

表紙の裏
トマス・サリー《表紙の裏》メトロポリタン美術館蔵

一冊の帳面に、百四十八の番号がある

メトロポリタン美術館に、一冊の写生帖がある。

トマス・サリーという肖像画家が、十九世紀のはじめに使ったものである。

館の番号は五三・一八二。

一九五三年に受け入れた、その年の一八二番目の件という意味になる。

ところが、この帳面の頁には、それぞれ別の番号が付いている。

五三・一八二の一、五三・一八二の二、と続いていく。

しかも一枚の紙には、表と裏で二つの番号が与えられる。

当サイトが公開しているだけでも、この帳面から百四十八点が数えられる。

一冊が、百四十八点になっている。

表紙の裏
トマス・サリー《表紙の裏》1810年から1820年。写生帖の一頁。館の記録では、紙にインクと淡彩。縦22.9センチ、横29.2センチ。番号は53.182の裏。右の端に、綴じた背が写っている。メトロポリタン美術館蔵。トマス・サリー《表紙の裏》メトロポリタン美術館蔵

まず、この一枚を見てほしい。

題は《表紙の裏》である。

画面の右の端に、縦の帯が写っている。

紙を綴じてある、背の部分である。

つまりこれは、帳面を開いて、そのまま撮った写真である。

左上に、細かい文字の書き込みがある。

その下に、腕を伸ばした人物が一人。

右下に、顔がいくつか。

表紙をめくったところに、思いつくままの線が並んでいる。

館はこの一頁に、独立した番号を与えた。

そして番号の末尾には、枝番ではなく「裏」という語が付いている。

表紙の裏だから、枝番の一より前にある。

数字では表せない位置を、語で示している。

一点とは、どこまでを言うのか

ここで、素朴な問いが立つ。

この帳面の「一点」は、どれなのか。

冊子まるごとで一点なのか。

紙一枚で一点なのか。

紙の片面ごとに一点なのか。

館の付けた番号を読むかぎり、答えは三番目である。

五三・一八二の二の表、五三・一八二の二の裏。

同じ一枚の紙が、二つの件に分かれている。

これは、当たり前の決め方ではない。

同じ館の中でも、分野が変われば数え方は変わる。

屏風は六枚の板をつないで一件になる。

対の掛軸は、二本で一件になることも、二件に分かれることもある。

写生帖だけが、片面ごとに一件になっている。

なぜそうなるのか。

九点の頁を順に見ていくと、理由が見えてくる。

埋葬
トマス・サリー《埋葬》1810年から1820年。館の記録では、紙にインクと淡彩。縦22.9センチ、横29.2センチ。番号は53.182.2の表。写生帖の二枚目の、表の面にあたる。メトロポリタン美術館蔵。トマス・サリー《埋葬》メトロポリタン美術館蔵

《埋葬》と題された一頁である。

暗い洞のような場所に、横たわる人がいる。

そのまわりに人々が集まっている。

筆に含ませた墨で、明暗が大きく作られている。

背景を黒く塗り、白い布だけを残す。

光の当たる場所が、ひとところに絞られている。

まわりの人物は、影のなかで輪郭だけになる。

構図の中心が、はっきり決まっている。

一枚の完結した場面として描かれている。

この一頁だけを額に入れても、絵として通る。

軍装の九人
トマス・サリー《軍装の九人》1810年から1820年。館の記録では、紙にインクと淡彩。縦22.9センチ、横29.2センチ。番号は53.182.2の裏。前の図版と同じ一枚の紙の、裏の面にあたる。メトロポリタン美術館蔵。トマス・サリー《軍装の九人》メトロポリタン美術館蔵

そして、これがその裏である。

同じ紙の、反対の面。

こちらには、甲冑や軍服をつけた人物が九人、ばらばらに並んでいる。

構図はない。

上の段に四人、下の段に五人。

たがいに関係のない向きで立っている。

何かの場面を作ろうとしていない。

姿勢と装いだけを取った、覚え書きである。

表と裏で、性格がまったく違う。

一方は仕上がった場面、他方は部品の集まりである。

紙は一枚だが、中身は二つある。

館が二つの番号を与えたのは、この違いに対応している。

同じ紙だからといって一件にまとめると、二つのうち一方が見えなくなる。

目録は、見えなくなることを避ける方向に働く。

頁を回すと、寸法が入れ替わる

もう一つ、番号の理由になっている事情がある。

この帳面は、横長である。

記録の寸法は、縦二二・九センチ、横二九・二センチ。

九点のうち八点は、この数字で揃っている。

ところが、次の一頁だけ、寸法の並びが逆になっている。

窓辺の女
トマス・サリー《窓辺の女》1810年から1820年。館の記録では、淡い黄褐色の簀の目紙に、ペンと茶のインクの淡彩。記録は顔料について推測を付している。縦29.2センチ、横22.4センチ。番号は53.182.3の表。メトロポリタン美術館蔵。トマス・サリー《窓辺の女》メトロポリタン美術館蔵

縦二九・二センチ、横二二・四センチ。

数字が入れ替わっている。

画家が、帳面を九十度回して使ったからである。

寸法の欄は、紙の寸法を書くのではない。

絵として立てたときの、上下左右を書く。

だから頁を回せば、欄の数字も入れ替わる。

そして描かれているのは、窓辺に立つ女性である。

厚いカーテンが左右に垂れ、その奥に机と椅子がある。

女性は本のようなものを持ち、光の側を向いている。

紙は黄褐色で、インクは茶色い。

館の記録は、この茶色を「ビストルか」と書いている。

推測であることを、疑問符で示している。

顔料の同定は、見ただけでは決まらない。

分からないものを分からないまま残す書き方である。

この一頁だけを見れば、完成した小さな絵に見える。

しかし記録は、これも写生帖の一頁だと書いている。

一冊のなかにある以上、番号は連番の一つになる。

帳面のなかで、模写が始まる

九点のうち三点は、他人の絵を写したものである。

レンブラントの銅版画による人物習作
トマス・サリー《レンブラントの銅版画による人物習作》1810年から1820年。館の記録では、紙にインクと淡彩。縦22.9センチ、横29.2センチ。番号は53.182.1の裏。左上から右下へ、複数の場面と人物が並ぶ。メトロポリタン美術館蔵。トマス・サリー《レンブラントの銅版画による人物習作》メトロポリタン美術館蔵

題に、写した相手の名が入っている。

レンブラントの銅版画による人物習作。

一頁のなかに、いくつもの場面が散らばっている。

上に立つ帽子の人物、中央の群れ、右端の長身の人。

版画で見た形を、順に手で追っている。

大きさもばらばらである。

小さく写したもののそばに、大きく写したものがある。

紙の余白を埋めていくように描かれている。

チャールズ一世の下馬像、およびクースメーカー大佐
トマス・サリー《チャールズ一世の下馬像、およびクースメーカー大佐》1810年から1820年。館の記録は、前者をヴァン・ダイク、後者をレノルズによるものと書く。紙にインクと淡彩。縦22.9センチ、横29.2センチ。番号は53.182.19の裏。メトロポリタン美術館蔵。トマス・サリー《チャールズ一世の下馬像、およびクースメーカー大佐》メトロポリタン美術館蔵

この一頁は、題が長い。

写した相手が二人いるからである。

ヴァン・ダイクの描いた王の像と、レノルズの描いた大佐の像。

どちらも馬を連れた肖像である。

左に人物が二つ、中央に馬を引く姿、右に立ち姿。

英国の大きな肖像画を、手のひらの大きさに縮めている。

サリーは英国の生まれで、若いころに海を渡っている。

館の記録は、生地をリンカンシャーのホーンカースルと書く。

死んだ場所はフィラデルフィアである。

この帳面は、その途中の十年ほどのものである。

模写の頁が多いのは、手本の側にいた時期の記録だからだろう。

ただし、どの版画を見て写したかまでは、記録に書かれていない。

原画を直接見たのか、複製を見たのかも分からない。

分からないところは、館も書いていない。

素描する女、読書する二人の女、男の肖像、女の半身像、馬を引く二人の騎手
トマス・サリー《素描する女、読書する二人の女、男の肖像、女の半身像、馬を引く二人の騎手》1810年から1820年。館の記録では、紙にインクと淡彩。縦22.9センチ、横29.2センチ。番号は53.182.28の表。写真の上の縁に、古い整理番号が写り込んでいる。メトロポリタン美術館蔵。トマス・サリー《素描する女、読書する二人の女、男の肖像、女の半身像、馬を引く二人の騎手》メトロポリタン美術館蔵

この一頁の題は、さらに長い。

五つのものが一枚に描かれているからである。

素描する女。読書する二人の女。男の肖像。女の半身像。馬を引く二人の騎手。

館は、そのすべてを題に並べた。

写生帖の頁には、もともと題がない。

だから、題は目録を作る人が書く。

書く人は、見えるものを順に並べていくしかない。

その結果、題が一頁の目録になる。

この写真には、もう一つ写り込んでいるものがある。

画面の上の縁に、古い整理番号が見える。

撮影用の台に置かれた、番号の札である。

写真を撮った時期の記録が、絵と一緒に残っている。

一枚に、五つのものが載る

同じことは、次の二点にも起きている。

二人の女に語りかける騎手、絵筆と絵皿を持つ手、角笛を吹く童子
トマス・サリー《二人の女に語りかける騎手、絵筆と絵皿を持つ手、角笛を吹く童子》1810年から1820年。館の記録は、画架と制作中の絵も題に数える。紙にインクと淡彩。縦22.9センチ、横29.2センチ。番号は53.182.23の表。メトロポリタン美術館蔵。トマス・サリー《二人の女に語りかける騎手、絵筆と絵皿を持つ手、角笛を吹く童子》メトロポリタン美術館蔵

左に、馬に乗った人と、それを見上げる二人。

右上に、絵筆を握った手と、絵皿と、画架がある。

右下に、角笛を吹く裸の子ども。

三つのものに、何のつながりもない。

つながりのないものが一枚に載るのは、紙が高かったからでもある。

そして、思いついた順に描いたからでもある。

注意したいのは、右上の絵筆の手である。

画家が、自分の道具を描いている。

画架には、制作中の絵が載っている。

仕事の場そのものが、覚え書きの対象になっている。

雲の習作、二人の女性裸像、二つの女性半身像、二人の男を伴う騎馬像
トマス・サリー《雲の習作、二人の女性裸像、二つの女性半身像、二人の男を伴う騎馬像》1810年から1820年。館の記録は、裸像の典拠に疑問符を付している。紙にインクと淡彩。縦22.9センチ、横29.2センチ。番号は53.182.27の裏。メトロポリタン美術館蔵。トマス・サリー《雲の習作、二人の女性裸像、二つの女性半身像、二人の男を伴う騎馬像》メトロポリタン美術館蔵

こちらも同じである。

左上に、腰かけた裸像。

その右に、遠い風景と、横に流れる雲。

下に、二人の女性の半身像。

左下の小さな場所に、馬の群れ。

館の記録は、裸像について「ミケランジェロによるか」と書いている。

ここでも疑問符が付いている。

似ているが、断定はしない。

こういう書き方は、目録の全体を通して一貫している。

そして、雲だけを描いた部分がある。

風景の練習が、人体の練習と同じ紙に載っている。

分野の区別なく、必要なものを必要なときに描いている。

出所の行に、同じ言葉が並ぶ

九点の記録には、もう一つ共通の欄がある。

出所の行である。

九点とも「ロジャーズ基金、一九五三年」と書かれている。

ロジャーズ基金は、この館が古くから持っている購入のための基金である。

寄贈ではない。

館が、自分の判断で買っている。

そして買った年が、番号の頭になっている。

つまり五三・一八二という番号は、買い物の記録でもある。

一冊の帳面を、一度の取引で入れた。

そのあとで、中身を頁ごとに数え直した。

取引の単位と、目録の単位が、ここで分かれている。

買うときは一冊、数えるときは百四十八点。

同じものが、場面によって違う数え方をされる。

これは記録の不備ではない。

用途が違えば、単位も違ってよい。

会計にとっては一件で足りる。

検索にとっては、一件では足りない。

淡彩という、速い道具

九点のうち八点は、同じ技法で描かれている。

紙にインクと淡彩。

ペンで線を引き、筆で薄く墨を置く。

乾くのが速く、道具も少なくて済む。

写生帖に向いた作りである。

《埋葬》のような場面では、この淡彩が効いている。

暗い部分を一度で塗り、白を残す。

明暗の設計だけを、短い時間で決めてしまう。

色は要らない。

どこが明るく、どこが暗いか。

肖像画の注文を受ける画家にとって、まずそこが要る。

《窓辺の女》だけが、他とわずかに違う。

記録は、紙を「淡い黄褐色の簀の目紙」と書いている。

簀の目紙は、簀の跡が残る古い作りの紙である。

他の八点の記録には、この語がない。

一冊の帳面のなかに、別の紙が綴じ込まれている。

あるいは、後から挟まれたのかもしれない。

記録はそこまで書いていないので、断定はできない。

ただ、紙の欄が一点だけ違うという事実は残っている。

見開きで撮る、という判断

もう一度、《表紙の裏》の写真に戻る。

この写真には、綴じた背が写り込んでいる。

普通、作品の写真から、余計なものは外す。

額縁は外し、台紙は切る。

しかしここでは、背を残している。

理由は、それが情報だからだろう。

背が写っていれば、これが冊子の一部だと分かる。

一枚の紙として切り離された素描ではない、と分かる。

写真の撮り方そのものが、単位の説明になっている。

同じ判断は、他の写生帖にも見られる。

このあとの回で見るように、頁の縁や、下に重なった紙の束まで写した例がある。

冊子であることを写真に残すか、絵だけを写すか。

その選択は、館ごとに、また撮影の時期ごとに違う。

古い写真ほど、周りを大きく入れている。

一頁ずつ見る、ということ

読む側にとって、この数え方はどう働くか。

利点は、目に入る単位が小さくなることである。

一冊の写生帖を通して見るのは、実はむずかしい。

頁が多く、どれも似ていて、目が滑る。

一頁だけを取り出すと、見え方が変わる。

《軍装の九人》の、五人目の姿勢に目が行く。

《雲の習作》の、横に流れる線に目が行く。

そこだけを見る時間が生まれる。

欠点は、さきほど書いたとおりである。

前後が見えない。

裏に何が描かれているかも見えない。

だから、番号を読む習慣が要る。

五三・一八二の二七の裏、と書いてあれば、二七の表があるはずだと分かる。

そこまで読めば、一冊の形が頭のなかで戻ってくる。

番号は、ばらしたものを戻すための糸でもある。

題を書く人の手つき

九点の題を並べてみると、書き手の手つきが見えてくる。

《埋葬》は一語である。

《軍装の九人》は、数を数えている。

《素描する女、読書する二人の女、男の肖像、女の半身像、馬を引く二人の騎手》は、五つを列挙している。

同じ人が書いているとは限らないが、方針は共通している。

見えるものだけを書く。

意味は書かない。

《埋葬》がどの場面の埋葬なのかは、書かれていない。

聖書の場面に見えるが、館はそう書いていない。

推測を混ぜない、という方針である。

一方で、写した相手の名は書く。

レンブラント、ヴァン・ダイク、レノルズ。

これは絵の中の事実ではなく、比較して分かることである。

それでも書くのは、確からしさが高いからだろう。

有名な構図は、見れば分かる。

ミケランジェロについては疑問符が付いた。

同じ「〜による」でも、確かさに段差がある。

その段差を、疑問符ひとつで表している。

題の欄は、短いが、判断の記録でもある。

一冊を、ばらして数える

ここまでの九点は、すべて一冊の帳面から来ている。

しかし当サイトの画面では、九点は九件として並ぶ。

冊子であることは、番号の形からしか分からない。

五三・一八二という共通の頭が、それを示している。

この数え方には、はっきりした利点がある。

一頁ずつに題が付き、一頁ずつに検索が届く。

冊子のまま一件にしておくと、中身は見えない。

《埋葬》を探している人は、たどり着けなくなる。

逆に、失われるものもある。

順序である。

どの頁の次にどの頁が来るのか。

番号の枝を追えば復元はできるが、画面の上では隣り合わない。

そして、紙の表と裏の関係も見えにくくなる。

《埋葬》と《軍装の九人》が同じ一枚だということは、番号を読まなければ分からない。

冊子を数えるという行為は、必ず何かを取り、何かを落とす。

束を、どこで切るか

一点という単位は、作った人が決めたものではない。

サリーは、番号のことなど考えずに描いている。

単位は、受け入れた側が決めている。

そして、その決め方は分野ごとに違う。

このあと見ていくように、三幅の掛軸は三件になり、六曲一双の屏風は一件になる。

三枚続の版画は、そろっていれば一件、ばらければ三件になる。

同じ館の、同じ目録の中で、数え方が分かれている。

矛盾しているのではない。

その分野で、何がひとまとまりとして扱われてきたかが違うだけである。

写生帖の場合、頁は独立して扱われてきた。

売るときも、頁ごとに切って売られた。

画家の死後、遺族が一枚ずつ手放した例も多い。

だから頁ごとに番号が付く。

数え方は、市場の慣習を引き継いでいる。

帳面は、画家の私物である。

人に見せるために作られていない。

だから、写生帖の頁を公開することには、少し後ろめたさがある。

見せる約束のなかった線を、見ていることになる。

それでも公開の意味はあると考える。

仕上がった絵だけを見ていると、絵は完成形しか持たないように見えてしまう。

写生帖は、その手前があったことを示す。

散った頁は、どこにあるか

この帳面が完全な形で残っているかどうかは、記録からは分からない。

当サイトで数えられるのは百四十八点だが、抜けた枝番がある。

抜けている頁が、もともと無かったのか、失われたのかは書かれていない。

写生帖は、ばらされやすい。

一枚ずつのほうが売りやすいからである。

十九世紀から二十世紀にかけて、多くの帳面が解体された。

そのうちの一部が、別々の館に入った。

同じ帳面の頁が、いくつもの都市に分かれている例もある。

この一冊は、まとまって一つの館に入った。

番号の頭が同じであることが、その証拠になっている。

まとまって残ったからこそ、頁の順序をたどれる。

ばらして数えても、束の記憶は番号に残る。

表紙の裏から始まる

最後に、もう一度はじめの一枚に戻りたい。

《表紙の裏》には、絵らしい絵がない。

腕を伸ばした人物と、いくつかの顔があるだけである。

普通なら、作品として数えないところである。

それでも館は番号を与え、当サイトはそれを公開している。

理由は単純で、その面にも線があるからだろう。

線があれば、写して残す。

残せば番号が要る。

番号が付けば、一点になる。

一点という言葉は、価値の単位ではない。

管理の単位である。

そして管理の単位は、その分野の来歴を映している。

そのことを、百四十八の番号を持つ一冊の帳面が示している。

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