作品を知る

点は、目の中で混ざらない——スーラ《グランド・ジャット島の日曜日の午後》を読む

いま見ている色は、当時の色ではない

ここは、はっきり書いておかなければならない。

この絵の色は、描かれた当時とは変わっている。

スーラは、当時の新しい黄色である亜鉛黄——クロム酸亜鉛を主成分とする顔料——を多く使った。これが時間とともに褐色へ変わる性質を持っていた。

変色は早くから気づかれており、1892年、つまりスーラの死の翌年には既に指摘されていたと伝えられる。二十世紀以降、所蔵館と研究者が化学的な分析を重ねてきた。

影響が大きいのは芝生である。本来はもっと明るく、黄色みの強い緑だったと考えられている。

つまり私たちが見ているのは、少し暗く、少し落ち着いた状態の《グランド・ジャット》である。

色を復元した参考画像も作られているが、それはあくまで推定であり、絵そのものではない。

作品が完成した時点で止まらないことについては、ゴッホの《寝室》を扱った別のコラムでも書いている。褪せる、変わる、直される。絵は物質だから、時間の影響を受ける。

夜の絵で、同じことをする

スーラの点描は、昼の風景のためだけのものではなかった。

サーカスの客寄せ(パレード・ド・シルク)
《サーカスの客寄せ》1887〜88年。夜の見世物小屋の前。ガス灯の下でトロンボーンを吹く男が中央に立つ。ジョルジュ・スーラ《サーカスの客寄せ(パレード・ド・シルク)》メトロポリタン美術館蔵

《サーカスの客寄せ》は夜の絵である。ガス灯の光が、青と橙の点で組み立てられている。

構図は徹底して幾何学的である。中央に垂直の人物、その左右に手すりと柱の垂直線。上部にはガス灯が等間隔に並ぶ。

背中を向けた観客の列が、下辺を横一文字に区切っている。

この時期スーラは、線の方向と感情の関係を論じたシャルル・アンリの説に関心を寄せていた。上に向かう線は高揚を、下に向かう線は沈鬱を呼ぶ、といった考え方である。

この絵で目立つのは水平線と垂直線である。高揚も沈鬱もない、平坦な状態。夜の見世物の、始まる前の間延びした時間によく合っている。

ポール=アン=ベッサンの海景
《ポール=アン=ベッサンの海景》1888年。ノルマンディーの海。点の大きさは均一で、空と海の境がゆるやかに溶ける。ジョルジュ・スーラ《ポール=アン=ベッサンの海景》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

夏になると彼は海辺へ行き、海景を描いた。ここでも縁の点描がある。

人物のいない画面では、点はいっそう静かに働く。空気そのものが粒でできているように見える。

三十一歳で、終わった

スーラは1891年3月、三十一歳で急死した。病名については当時から諸説あり、確定していない。

生前、この大作は売れていない。所蔵館の記録では、画家の死後まず母のもとに残り、次に弟の手に渡っている。

その弟が1900年に売った額が、800フラン。

その後、絵はパリの収集家の家を経て、1924年にアメリカの収集家夫妻へ2万ドルで渡り、1926年にシカゴ美術館へ寄贈された。

三十四年で、800フランが2万ドルになった。この数字の落差が、二十世紀初頭に何が起きたかを端的に示している。

売った側を責めるのは酷である。当時、四畳分の画布は置き場所に困る厄介物でしかなかった。

しかも点描という方法は、スーラの死後、急速に支持を失っている。追随した画家の多くが、数年でそこから離れていった。

労力が大きすぎたのだ。一枚に二年かける方法は、生活の手段としては成立しにくい。

シニャックのように生涯この方法を続けた画家もいるが、彼にしても点は次第に大きく、粗くなっていく。純度の高い点描は、ごく短い期間の現象だった。

その短さを思うと、この大作の異様さがいっそう際立つ。二十代の画家が、続かないと分かる方法に、二年を投じている。

もっとも、影響のほうは長く残った。

色を混ぜずに並べるという発想は、そのままの形では続かなくても、後の画家たちに繰り返し参照されている。

ゴッホは短い期間ながらこの方法を試している。マティスの初期にも、点を並べた作品がある。

方法として続かなかったものが、考え方としては生き延びた。美術の歴史では、こういう継承の仕方が珍しくない。

見立て——速さを捨てた絵

ここからは書き手の見方である。

印象派は、速さの絵画だった。変わってしまう前に捕まえる。だから筆は速く、絵は小さく、完成は早い。

スーラがやったのは、その正反対である。

二年かけて、日曜の午後という何も起きない時間を描いた。人物は動きを止め、色は一点ずつ置かれ、縁まで塗られた。

速さで捕まえるかわりに、遅さで固定する。同じ「近代の生活」を主題にしながら、方法が逆立ちしている。

そして興味深いのは、その結果として絵が奇妙に静かになったことだ。

四十人以上が集まっている画面なのに、話し声が聞こえてこない。誰も誰とも目を合わせていない。

日曜の公園にいる他人どうしの距離が、そのまま画面の構造になっている——と読むこともできる。もっとも、スーラ自身が都市の孤独について語った記録があるわけではない。ここは解釈として受け取ってほしい。

セザンヌが輪郭を決めきらないことで見る目を動かし続けたのに対し、スーラは輪郭を型に固めることで動きを止めた。方向は逆だが、どちらも「見ることそのもの」を扱っている。セザンヌについては別のコラムで書いた。

暮らしへ——二つの距離で見る

この絵を画面越しに見るときも、やることはひとつしかない。

まず、できるだけ引いて全体を見る。人物の配置、明るい芝生と暗い木陰の帯、右手前の大きな女性の影。

次に、拡大して一か所だけを見る。芝生でも、日傘でも、犬でもよい。点の色が何色使われているかを数えてみる。

たいてい、想像より多い。緑の中に赤があり、影の中に橙がある。

この往復が、そのままこの絵の作り方をなぞることになる。遠くで見える像と、近くで見える粒。両方が同じ画面に同居している。

家に一枚絵を飾るときも、同じ距離の話が効いてくる。近づける場所に置くのか、離れて見る壁に置くのか。飾る場所と光についてはこちらのコラムで扱っている。

点でできた絵は、近づける場所に置いたほうが面白い。近くでしか見えないものが、確かにあるからだ。

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