貝は、姿を変えずに器になる——清風与平・ユキエ・アルガルディほか九点

横長の小さな紙である。
19.7×34.6センチしかない。
画面の下半分は、砂浜である。
砂は淡い黄土色で、平らに広がる。
上半分は海と空で、水平線が横に走る。
浜には、少年が数人いる。
しゃがんでいる者、立っている者。
みな帽子をかぶり、短い上着を着ている。
中央には、黒い塊がある。
石を積み、火を焚いた跡である。
その上に、白い煙が薄く立つ。
少年のひとりが、棒で塊をつついている。
輪郭は黒鉛の線で描かれ、その上に色が薄く置かれている。
館の記録では、作者はこの時期に水彩の売却で生計を立てられるようになった。
初期の水彩は技法の使い方がためらいがちで、色を付けた線描のように見えるという。
そして館は、この一枚のその後にも触れている。
作者はこの構図をほかの写生と組み合わせ、新聞の挿絵にしたという。
その挿絵は同じ年の八月に載った。
つまりこの浜の場面は、二度使われている。
九点のうち、貝が食べられているのは、この一点だけである。
もっとも、貝そのものは描かれていない。
見えるのは、石を積んだ塊と、白い煙だけである。
貝は、その下にある。
題がなければ、何を焼いているのかは分からない。
つまりこの一枚でも、貝は題によって呼び出されている。
画面に見えるのは、砂と、海と、少年たちである。
貝は、人の名になり、果実の名になる
最後の二点で、貝と蟹は語だけになる。

胸から上を描いた肖像である。
背景は淡い灰色で、何も描かれていない。
男は正面を向き、目をこちらへ向けている。
顔には赤い顔料が塗られている。
髪は後ろへ流れ、頭の上に飾りが立つ。
首には玉をつないだ飾りが幾重にも掛かる。
肩には赤褐色の衣が掛かっている。
手は描かれていない。
館の記録では、題はこの人の名である。
その名は、石の貝という意味だと記録は添えている。
つまり画面に貝はないが、題にはある。
前の回で見た鷹の名を持つ人の肖像と、同じ作りである。
生きものの名が人の名になり、その名が絵の題になる。

細長い掛幅である。
墨だけで描かれている。
画面の中央を、枝が一本斜めに走る。
枝はゆるやかに二度曲がる。
その枝の先に、花が七つ八つ付いている。
花びらは輪郭線だけで描かれ、内側は紙のまま白い。
葉は数枚、濃い墨で塗られている。
枝の根元は画面の外へ出ている。
つまり、木の全体は描かれていない。
上のほうには、文字が縦に書かれている。
館の記録では、これは折り取った枝を描く形式である。
自然の全体ではなく、その断片を描くという。
花びらは、純粋な墨の書のような輪郭線で表されている。
素早く、しかし正確な筆と、わずかに曲がる枝が、生気を伝えると記録は読む。
そして文字は、作者自身の詩である。
この花の美しい色と、もの悲しい気配について詠んでいるという。
館の記録は、そう説明している。
さらに、七十四歳のときに、人に贈るために素早く描いたものだと付け加える。
この花の名を英語で言うとき、蟹を意味する語が頭に付く。
しかし画面に、蟹はいない。
あるのは、折り取られた枝と、白い花である。
そして掛幅の全体は、軸を含めて238.5センチある。
画の部分は87センチしかない。
つまり表装が画面の三倍近くを占めている。
その長い一本の中ほどに、枝が一本斜めに走る。
余白の広さが、折り取られた枝の頼りなさを強めている。
館の記録は、来歴の欄も長い。
十九世紀の収集家から、日本の所蔵者を経て、この館に入っている。
五百年のあいだ、この枝は折り取られたままである。
数えてみると
九点を並べ直す。
生きた貝や蟹は、九点のどこにもいない。
殻の形が器になっているのは、四点である。
五枚の受皿、噴水の水盤、銀の塩入れ、そして水を注ぐ器。
吹く楽器になっているのが一点、集められて並ぶのが一点、焼かれるのが一点。
そして二点では、貝と蟹の語が名前と果実の名になっている。
もう一つ数えておく。
九点のうち、殻の筋が描かれているのは五点である。
受皿の放射状の筋、噴水のくぼみの筋、銀の器の筋、注ぐ器の縁、静物の殻。
筋は、貝を貝と分からせるための最小の印である。
丸い器に筋を刻めば、それは貝になる。
筋の向きも一定している。
細い端から広い端へ、扇のように開く。
その開き方が、貝の殻の育ち方を写している。
殻は縁から少しずつ伸びるので、筋は必ず一点から放射する。
器を作る人は、その決まりを守っている。
守らなければ、貝には見えないからである。
言えることと、言えないこと
言えるのは、貝が「器の形の手本」だということである。
殻はもともと、中身を包む入れものである。
だから、皿にも、水盤にも、塩入れにも、注ぐ器にもなる。
九点のうち四点で、貝はそのまま器になっていた。
牛や馬は、器になるとき姿を変える必要があった。
貝は、姿を変えずに器になる。
言えないのは、貝がつねに器として扱われたという話である。
静物の一点では、貝は金銀の器と並べて置かれていた。
そこでは器ではなく、集める対象である。
そして噴水の図案を描いた画家自身が、貝の収集で知られていた。
集めることと、形を借りることは、同じ関心の裏表かもしれない。
最後に、はじめの五枚へ戻る。
蛤の片方をかたどった皿は、合わせる相手を持たない。
遊びの道具ではなく、食卓の器として作られているからである。
対になるはずの形が、対にならないまま五枚並んでいる。
九点を数え終えて残るのは、その揃わなさのほうである。








