作品を知る

花の名が、春の代わりをする——ヒード・陳洪綬・ベローズほか九点

春の驟雨
ジョヴァンニ・ドメニコ・ティエポロ《春の驟雨》1797年から1804年。館の記録では、羽根ペンと茶インク、筆と茶の淡彩、黒チョークの下描き。画面は29.6×41.5センチ。紙は35.5×47.1センチ。番号は1937.573。クリーヴランド美術館蔵。ジョヴァンニ・ドメニコ・ティエポロ《春の驟雨》クリーヴランド美術館蔵

七人が、こちらに背を向けて立っている。

そのうち四人が、傘を差している。

一人は外套を頭からかぶり、顔が見えない。

つばの広い帽子の男は、肩に布を巻きつけている。

足元には、犬が一匹いる。

右のほうは、水辺らしい明るさで開けている。

紙の色がそのまま地の色で、茶のインクだけで描かれている。

雨は、線では描かれていない。

差した傘と、かぶった外套と、重そうに垂れる布だけが、雨を言っている。

館の記録では、ヴェネツィアの画家ドメニコ・ティエポロの素描である。

18世紀のフレスコの担い手だが、今日いちばん知られているのは素描のほうだという。

日常の細部を織り込んで練り上げた、物語の素描である。

《子どものための気晴らし》と呼ばれる104枚の連作がある。

主役は、鉤鼻で猫背の、腹の出た道化プルチネッラである。

館の記録では、この一枚もその連作の一葉で、館には九枚があるとある。

豆知識の欄では、この場面にも道化が二人まぎれ込んでいると書かれている。

左の、外套を頭からかぶった人物。

右の、傘を差した人物である。

七人はあてもなくさまよっている、と記録は読む。

紙の右下には、茶インクの署名がある。

さて、この一枚の春は、花ではなく天気である。

驟雨、つまりにわか雨は、春の天気の名でもある。

冬の雨でも夏の夕立でもないと、題が決めている。

だが画面には、春を示す花も芽も一つもない。

雨だけが、季節を名乗っている。

言いかえれば、傘を持って出た人の恰好が、季節の証言になっている。

もう一点も、人の姿で春を示す。

春のセントラルパーク
ジョージ・ベローズ《春のセントラルパーク》1921年。館の記録では、リトグラフ。版面は21.4×17.6センチ。紙は28.2×23.9センチ。番号は1936.587。クリーヴランド美術館蔵。ジョージ・ベローズ《春のセントラルパーク》クリーヴランド美術館蔵

高い木々の下の道を、着飾った二人の女性が歩いてくる。

一人は黒い服、一人は明るい柄の服で、二人とも話に夢中である。

後ろでは男たちが笑い、一人が振り返っている。

木々の幹は細く、梢はまだ薄い。

黒一色の石版画で、花はどこにも咲いていない。

それでも題は、春のセントラルパークという。

館の記録では、都会の公園は階級の違う人々が行き交い、見合う場所だった。

この二人の装いは流行のものだが、階級までは読み取れないという。

連れもなく、話に夢中で、振り返る男たちを気にも留めない。

当時の若い都会の女性の、自立ぶりを体現していると記録は読む。

手元の毛皮のマフは、大ぶりで、上等の品だとある。

マフは寒さの道具である。

それを持ったままの外出だから、まだ肌寒い季節なのかもしれない。

服装についても、記録は時代の事情を書き添える。

1921年には、流行を写した既製服が誰にでも買えるようになっていた。

装いだけでは、身分が読めなくなった時代だという。

だから、行き交う人々は互いをよく見た。

公園は、その見合いの舞台だった。

ここでの春は、花ではなく、人の出足で示されている。

冬のあいだ縮こまっていた人々が、外へ出て歩き出す。

公園へ人が出てくること自体が、季節の便りなのである。

数えて、分かったこと

九点の花の名前を、ここで数える。

梅が二点、桃が一点、林檎が一点、スモモが一点。

見立ての藤を足せば、咲いている花は五種類になる。

そして、咲いた桜は一点もない。

題に桜の字が出るのは、実を並べた図譜の一葉だけだった。

日本の春の花といえばまず桜を思うのに、花のほうは来なかった。

集め方のせいだと考えられる。

九点は、春や花の語を手がかりに記録から集めた。

桜の絵は、たいてい桜と題に書かれる。

春という広い語の網には、かえってかからないのかもしれない。

題も数えておく。

題に春の字を持つのは、九点のうち三点である。

モネの花、ティエポロの驟雨、ベローズの公園。

残る六点は、林檎や桃や梅や桜桃という、木の名前だけで季節を伝える。

春と書かずに春を描くほうが、実は多数派だった。

見せ方も数えられる。

枝の一本で見せるのが二点、文様が一点、見立ての人が一点。

図譜の板が二点、山盛りが一点、天気が一点、人の出足が一点。

東アジアの三点はどれも枝と文様と見立てで、天気の春も人出の春も西洋にしかない。

花の色も見ておく。

ヒードの林檎、陳洪綬の桃、木米の梅、ミシェルの小さな花。

九点のうち四点で、花は白かった。

春の花と聞いて思い浮かべる色より、絵のなかの春は白い。

白い花は、暗い背景でも藍の地でも、よく浮かび上がる。

絵に選ばれやすい色だった、ということかもしれない。

ただし、これはこの九点の話にすぎない。

五種類の花も、四対五の比率も、集め方を変えれば動くだろう。

春の絵の全体を数えたわけではない。

それでも、一つだけ確かなことがある。

九点のうち六点までが、花を手がかりに春を告げていた。

残る三点は、実と、雨と、人の出足だった。

暦の絵も、温度計の絵もなかった。

芽吹きや雪解けで春を示した絵も、この九点にはなかった。

絵にとって春とは、まず花のことなのである。

そして花は、国も画材も選ばない。

油彩にも、木版にも、磁器にも、同じ顔で咲いていた。

咲いた桜の不在は、桜の側から言い直すこともできる。

桜は、春の代名詞でありすぎて、春の代表として呼ばれる必要がないのだ。

呼ばれなくても、桜の絵は桜の名前で立っていられる。

最後に、記録に残らないことを一つ。

ヒードの林檎の枝は、切られて卓に置かれた瞬間の姿である。

あの花が実を結んだかどうかは、誰も知らない。

モネの籠のライラックも、摘まれた日の夕方にはしおれ始めたはずである。

ブルックショーの実だけが、花のその先を、別の木で見せてくれる。

春の花は、どれも数日で終わる。

絵のなかでだけ、散りかけの花びらが、卓の上で止まっている。

春を描くことは、いちばん短い季節を、いちばん長持ちさせることでもある。

次に春の絵に出会ったら、まず花の名前を確かめてみてほしい。

春という字がなくても、名前の分かる花が、きっとどこかに咲いている。

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