美術史・技法

一ドル紙幣の、あの顔——ギルバート・スチュアートの複製

何枚、描かれたのか

複製の数について、はっきりした記録はない。

研究者による推定では、スチュアートの手になるワシントン像は百点近くに達するとされる。

そのうち本人が実物を前に描いたのは、ごく数回である。あとはすべて、自分の絵からの複製だ。

数字には幅がある。真作と工房作の線引きが難しいためである。

弟子や娘が下塗りをして、本人が顔だけ仕上げた例もあると考えられている。

こうなると「誰が描いたか」は単純に決まらない。フェルメールの帰属をめぐる問題を別のコラムで扱ったが、構造としては近い。

ここが重要なところである。

彼は自分の絵を模写して売る商売をしていた。

これは贋作ではない。作者自身による複製である。

当時、こうした自己複製は珍しくなかった。人気のある肖像は、本人の工房で何枚も作られた。

版画に置き換えれば、当たった意匠を繰り返し出すのと同じ発想である。別のコラムで扱った版元の判断と、構造は変わらない。

違うのは、版画には版木という装置があり、絵画には無いことだ。

絵画の複製は、すべて手で描き直すしかない。だから一枚ずつ違う。

いま各地の美術館にあるスチュアートのワシントン像は、どれも少しずつ違っている。

「百ドル札」という異名

当時、彼はワシントン像の複製を一枚百ドルで売っていたと伝えられる。

そのため、この肖像は「百ドル札」と呼ばれたという。

現代の感覚に直すのは難しいが、当時としてはかなりの額である。

需要は絶えなかった。独立して間もない国で、初代大統領の顔は必要とされていた。

役所に、学校に、裕福な家の客間に。同じ顔が、同じ構図で掛けられていく。

さらに、版画による複製も作られた。銅版に起こせば、絵画より安く大量に出回る。

そこからさらに、印刷物、教科書、紙幣へと広がっていく。

一枚の油彩が、階段状に複製され、最終的に国民全員が持ち歩く紙になった。

独立して間もない国

背景には、当時のアメリカの事情がある。

独立戦争が終わったのは1783年。この肖像が描かれたのは、その十二年後である。

まだ国の形が固まっていない時期だ。国王もいなければ、王家の肖像も無い。

そういう国が、自分を示す図像を必要としていた。

ヨーロッパでは、君主の肖像がその役割を果たしてきた。宮廷の肖像画がどう機能したかは別のコラムで扱っている。

アメリカにはそれが無い。かわりに、選挙で選ばれた最初の大統領の顔が使われた。

同じ時期、この国が自分の風景をどう描いたかについては別のコラムで扱っている。歴史が浅い国が、何をよりどころにしたかという点で、話はつながっている。

顔が、国のものになる

この事態を、少し引いて見てみたい。

肖像画は本来、注文主のための私的な品である。描かれた人の家族や、その人自身が所有する。

宮廷の肖像画が結婚交渉や外交の道具として使われた例は別のコラムで扱っている。それでも、送り先は特定されていた。

ワシントンの肖像は違う。誰のものでもなく、みんなのものとして流通した。

顔が、国家の記号になっている。

そしてその記号は、一人の画家の筆によって作られた。

肖像画家としての、別の顔

ワシントンばかり描いていたわけではない。

マティルダ・ストウトン・デ・ハウデネス
《マティルダ・ストウトン・デ・ハウデネス》1794年。油彩・画布。縦128.6センチ、横100.3センチ。スペイン公使の夫人。ギルバート・スチュアート《マティルダ・ストウトン・デ・ハウデネス》メトロポリタン美術館蔵

これは注文の肖像画である。

白い絹のドレスに、金の花模様。腰に金の帯。首と胸元には真珠と金の飾り。

頭には白い羽根飾りのついた大きな帽子。

右手に扇を持ち、椅子に坐っている。

右のテーブルには赤い布が掛けられ、その上に金縁の書物が二冊。

背後には赤いカーテンが垂れ、その向こうに青い空と雲。

左上に紋章が描かれ、その下に説明の文字が入っている。

情報が、詰め込まれている

先ほどのワシントン像と比べてほしい。

ワシントン像には、身分を示すものが何も無い。上着と襟布だけである。

この夫人の肖像には、逆に情報が詰まっている。紋章、書物、真珠、金糸。

どちらも同じ画家の仕事である。描き分けているのだ。

注文の肖像では、依頼主が求めるものを画面に入れる。身分、教養、財産。

ワシントン像では、それを全部外す。顔だけにする。

記号を外すことで、かえって「誰にでも通用する顔」になった。

これは意図的だったのか、それとも複製を急ぐ都合だったのか。

両方だろうと考えたい。背景を描き込まなければ、複製は速く作れる。そして結果として、記号の無い顔になった。

商売の都合が、図像の性格を決めた例である。

ホセ・デ・ハウデネス・イ・ネボット
《ホセ・デ・ハウデネス・イ・ネボット》1794年。夫の肖像。赤い制服に銀の刺繍。左に書物の並ぶ棚と、緑のカーテン。ギルバート・スチュアート《ホセ・デ・ハウデネス・イ・ネボット》メトロポリタン美術館蔵

夫の肖像も残っている。同じ大きさ、同じ年である。

夫婦一対で注文するのは、当時の習慣だった。並べて掛けることを前提に、向きが合わせてある。

こちらの情報量も多い。

赤い制服の全面に、銀糸の刺繍。袖口にはレース。腰に剣を吊り、右手で柄を握っている。

左手は机の上の白い紙に置かれている。その脇に望遠鏡らしき筒と、黒い帽子。

背後には書物の並ぶ棚が見え、緑のカーテンが半ば隠している。

右上には、夫人の肖像と同じ紋章と、説明の文字。

制服、剣、書物、望遠鏡。職務と教養を示す品が、余さず並べられている。

この二枚を並べると、当時の肖像画が何を売っていたかがよく分かる。顔ではなく、身分の証明である。