美術史・技法

外交官が見たアメリカ——パーヴェル・スヴィニンの画帖

先住民の肖像もある

オセージ族の戦士
パーヴェル・スヴィニン《オセージ族の戦士》1811〜1813年ごろ。白い紙に水彩、黒チョーク、アラビアゴム。縦21センチ、横15.7センチ。メトロポリタン美術館蔵。パーヴェル・ペトロヴィチ・スヴィニン《オセージ族の戦士》メトロポリタン美術館蔵

一人の人物の横顔である。

頭には赤い羽根の飾りが立ち、青い羽根が前へ伸びる。

耳には大きな丸い飾りが下がる。

顔には赤い顔料が塗られ、頬に円形の模様がある。

首に黒い布、上腕に銀の輪。

肌は赤褐色で、輪郭は細い線で描かれている。

背景は淡い灰色で、斜めの筆跡が見える。

描かれているのはオセージ族の男性とされる。

19世紀初頭、先住民の代表団が東部の都市を訪れることがあった。

その機会に描かれた可能性がある。

ただし、実見か複写かは公開記録からは判断できない。

先の一点の例を見たあとでは、この点は慎重に扱うべきである。

そして、この種の肖像には別の問題もある。

装いを珍しいものとして描く視線が入りやすい。

外交官の画帖という文脈では、なおさらである。

作品を無批判な記録として扱わないことが重要である。

白黒でしか残っていない二点

竜巻
パーヴェル・スヴィニン《竜巻》1811〜1813年ごろ。白い紙に水彩と黒鉛。縦24.8センチ、横40.2センチ。メトロポリタン美術館蔵。公開されている画像は白黒写真である。パーヴェル・ペトロヴィチ・スヴィニン《竜巻》メトロポリタン美術館蔵

激しい風の場面である。

中央の樹が大きく傾き、枝が右へ流れている。

葉は塊として描かれ、輪郭がぼやけている。

右奥に建物と柵。左手前に小さな人影が見える。

空は雲で埋まり、明暗が渦を巻く。

色の情報がないため、空の色は分からない。

ナイアガラの滝——月光のテーブル・ロック
パーヴェル・スヴィニン《ナイアガラの滝——月光のテーブル・ロック》1811〜1813年ごろ。白い紙に水彩、グワッシュ、掻き落とし。縦34センチ、横24.8センチ。メトロポリタン美術館蔵。公開されている画像は白黒写真である。パーヴェル・ペトロヴィチ・スヴィニン《ナイアガラの滝——月光のテーブル・ロック》メトロポリタン美術館蔵

縦長の画面である。

右に大きな岩が張り出し、その下を水が落ちている。

滝の白い筋が縦に伸び、下方で霧になる。

岩の上には小さな人影が二つ。下方の岸にも一人立つ。

技法の欄に「掻き落とし」とある。

絵具の層を削って白を出す方法である。

滝の飛沫を、削りによって作ったのだろう。

月光の場面という題だが、白黒写真では夜か昼かも読み取りにくい。

何が描かれていないか

省かれたものも確かめておきたい。

44点の中に、奴隷制に関わる場面はほとんど見られない。

当時のアメリカ南部では、奴隷労働が経済の基盤だった。

首都ワシントンにも、その制度は及んでいる。

しかし画帖の主題は、都市の建物、乗り物、漁、儀式である。

もちろん、公開されている44点がすべてではない。

散逸した分に何が含まれていたかは分からない。

それでも、記録には選択があるという事実は残る。

何を描いたかと同じくらい、何を描かなかったかが情報になる。

記録を読むときには、この空白にも注意したい。

見立て——画帖は、翻訳である

まとめておきたい。

この画帖は、アメリカをロシアへ翻訳する仕事だった。

だから選ばれた主題は、風景よりも「仕組み」に寄っている。

乗合馬車の仕様、洗礼の方式、漁の方法、都市の建物。

いずれも、外から来た人が知りたい情報である。

一方で、複写が混じっていることも分かった。

つまりこれは、目撃の記録であると同時に編集物である。

現代の言葉で言えば、取材と資料調査の混在である。

そして、それを区別できるのは所蔵館の調査のおかげである。

記録を読むときの手順

最後に、読み方をまとめておきたい。

まず、誰がどの立場で作った記録かを確かめる。

次に、実見か引用かを確かめる。

そして、何が選ばれ、何が省かれたかを見る。

この三段は、絵にも写真にも文章にも使える。

外交官の画帖は、その練習にちょうどよい材料である。

一枚ずつ収蔵されている

収蔵の形にも触れておきたい。

画帖はいま、一枚ずつ番号を持つ収蔵品になっている。

つまり本としてではなく、水彩の集まりとして管理されている。

表紙も一点として扱われている。

そのため、本来の順序は記録から推測するしかない。

組物が解かれて一枚ずつになる事情は、他の分野でも同じである。

図譜の頁、屏風の下絵、祭壇画の翼。

私たちが見ているのは、たいてい解かれた後の姿である。

誰が寄贈したのか

収蔵の経緯にも触れておきたい。

この画帖は、20世紀にまとまって美術館へ入った。

個人の収集家が一括で入手し、その後に寄贈したと考えられる。

つまり束のまま市場を経由している。

一枚ずつ売られなかったことが、44点が揃っている理由である。

組物が残るかどうかは、途中で誰の手に渡ったかで決まる。

暮らしへ——旅の記録を、二種類に分けてみる

最後に、日常に持ち帰れる話をひとつ。

旅の写真を整理するとき、二つに分けてみてほしい。

自分が撮ったものと、その場でもらった資料や絵葉書である。

分けておくと、後で見返したときに混同しない。

二百年前の外交官の画帖でも、同じ整理が問題になっていた。

そして、旅先で「仕組み」を撮ってみるのも面白い。

切符、標識、乗り物、値段表。

風景よりも、あとで役に立つ記録になる。

そして、記録には日付と場所を添えておきたい。

この画帖の表紙に三つの年が並んでいたのも、同じ配慮である。

いつ、どこで、誰が見たか。記録の価値は、この三つで決まる。

そして、記録には自分の位置も書き添えておきたい。

どこに立ち、どちらを向いて撮ったか。

二百年前の画帖でも、その情報があるかどうかで読み方が変わる。

群として見ると、目的が見える

最後に、見方をまとめておきたい。

44点を主題で分けると、建物、乗り物、労働、儀式、人物になる。

風景の美しさよりも、仕組みの記録が優先されている。

つまり分類の作業が、画帖の目的を明らかにする。

記録を読むときは、まず分類から始めたい。

公開画像は、そのための道具である。

四十四点の画帖を、一度に見渡すことができる。

実物は保存のため、まとめて展示されることがない。

組物を全体として読む作業は、画像の側でしかできない。

そして、読み取った内容は書き留めておきたい。

分類の基準は、時間がたつと曖昧になる。

軸を記しておけば、次の資料にも同じ方法が使える。

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