美術史・技法

刀は、身分の道具である——ウードリー・春英・ジャンボローニャほか九点

マルス
ジャンボローニャ《マルス》一五八四年から八七年。館の記録では、青銅。全体で高さ39センチ。番号は1964.421。クリーヴランド美術館蔵。ジャンボローニャ《マルス》クリーヴランド美術館蔵

館の説明は、この人物を特定している。

兜も甲冑もないが、古代の戦の神とされる。

歩みの途中で止まり、剣を持つ腕を後ろへ振る。

視線の先の敵を打つためである。

この動きのある構成は、この作者の型である。

館はさらに、こうした小さな青銅の扱い方も書く。

収集家は、これを珍重した。

古代の遺物や、貨幣や、貝殻などと同じ部屋に置いた。

小さいので、持ちやすく、並べやすい。

見るだけでなく、触れて味わわれた。

そして、こう添える。

ねじれた姿勢は、周囲を回って見るために作られた証である。

さて、剣である。

館の説明は、剣を持つ腕と書いている。

しかし、手には何もない。

握った形だけが残っている。

失われたのか、はじめから付けなかったのか。

記録は、そこには触れない。

小さな青銅では、細い部品が失われやすい。

剣も、槍も、細く長い。

握らせる部分は、別に作って挿す。

挿したものは、抜ける。

四百年のあいだに、抜けたのだろう。

残ったのは、握る形だけである。

火の剣の、かわりに

油彩である。

額を外すと91.3×70.7センチ。

縦長である。

画面の中央に、白い人物が立つ。

翼が、背にある。

大きく、上へ伸びる。

衣は、白い。

足元まで届く。

右腕を、高く上げる。

その手に、細長いものがある。

二本の脚が開いた道具である。

コンパスである。

左腕は、前へ伸ばす。

その下に、二人がいる。

裸の男女である。

体を縮め、顔を覆う。

右下に、蛇がいる。

とぐろを巻く。

背後は、暗い森である。

上には、光が差す。

アダムとエバの楽園追放
ジョン・フェイド《アダムとエバの楽園追放》一八八〇年代。館の記録では、油彩・布。額を外して91.3×70.7センチ。番号は1980.258。クリーヴランド美術館蔵。ジョン・フェイド《アダムとエバの楽園追放》クリーヴランド美術館蔵

館の説明は、この一点の異例さを書いている。

もとになったのは、十七世紀の英国の長い詩である。

大天使が、二人を豊かな庭と天の輝きから遠ざける。

右手前には、蛇の姿をした悪魔が現れる。

そして、こう書かれている。

この主題のほとんどの作例で、大天使は火の剣で楽園の門を守る。

聖書にも、その詩にも、そう定められている。

しかしこの画家は、その手にコンパスを振りかざさせた。

コンパスは、伝統的に父なる神が世界を創るときに使う道具である。

つまり、剣があるべき場所に、別の道具が置かれている。

九点の最後に、これを置いた理由である。

剣の絵を探したら、剣のない絵が出てきた。

記録が、剣がないことを書いているからである。

ないものを書く記録だけが、こうして拾われる。

そして、置き換えの意味も書かれている。

コンパスは、世界を測る道具である。

剣は、断つ道具である。

追放の場面で、測る道具を振り上げる。

館は、その意図までは書かない。

書いてあるのは、慣例と違うという一点だけである。

数えてみると

九点を数え直す。

剣が物として写っているのは、六点である。

宮廷の小剣、銀の礼剣、顕彰刀、鐔、役者の差した刀、廷臣の剣。

絵の中で振られているのが、一点。

握る手はあるが剣がないのが、一点。

剣があるべき場所に別の物があるのが、一点。

つまり、九点のうち三点に剣がない。

物として写る六点を、用途で分ける。

飾るためが、三点。

部品だけが、一点。

身分を示すのが、二点。

斬るために作られたと明記されたものは、一点もない。

宮廷の小剣だけが、抜けば使えると書かれている。

しかしそれも、主に見せるためだとされる。

六点とも、刃としては働いていない。

刃が働くのは、振り上げられた一点だけである。

そしてその一点は、素描である。

言えることと、言えないこと

言えるのは、剣が身分の道具だということである。

腰に差せば、その人の位がわかる。

本数でもわかる。

飾りの量でもわかる。

材料でもわかる。

銀で作れば、斬れないかわりに格が上がる。

九点のうち五点で、剣は装いの一部だった。

言えないことも、いくつかある。

まず、剣の絵を探すと、剣の実物が多く出てくる。

館の武器武具の部門には、刀そのものが大量にある。

だから、絵の中の剣より、物としての剣が先に出る。

九点でも、四点が実物だった。

絵を探しているのに、道具が返ってくる。

次に、剣が失われている作例が二点あった。

一つは、握る手だけが残っている。

一つは、はじめから別の道具に置き換えられている。

前者は、物が失われた。

後者は、画家が置き換えた。

同じ剣のなさでも、理由が違う。

そして、館の記録はどちらにも触れている。

触れなければ、こちらは気づかない。

最後に、鐔だけが残った一点がある。

刀は、部品の集まりである。

刀身、柄、鍔、鞘。

部品ごとに、作る人も材料も違う。

だから、部品ごとに残る。

一本の刀としてそろっているほうが、めずらしい。

そして、九点のうち四点が館の武器武具の部門にある。

一点は、日本美術の部門にある。

同じ刀の部品でも、置き場所が違う。

置き場所が、その品の扱われ方を決めている。

道具として見るか、工芸として見るか。

館の分類が、先にそれを決めてしまう。

こちらは、その分類をまたいで数えている。

そして、刀は抜かれていないほうが多い。

鞘に入ったままの姿が、ふつうである。

抜けば、事が起きる。

起きる前の姿だけが、繰り返し描かれ、残されてきた。

九点でも、抜き身は三点しかなかった。

そして、刀は長い。

長いものは、壁にも、卓にも、腰にも収まりにくい。

だから、鞘と吊るし方が要る。

九点のうち三点に、鞘か吊り具が付いていた。

刀そのものより、その始末のほうに工夫がある。

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