塔だけが、遠くまで届く——モネ・フェントン・メストラルほか九点の教会
数え直す
九点を並べ直したい。
建物が描かれているのは、六点。
そのうち、塔か尖塔が見えるのは五点である。
塔のない教会は、内部の一点と、農場の一点だった。
内部を描いたのは、一点だけ。
建物から外された部分が、二点。
人が描かれているのは、四点である。
そのうち、礼拝している人は一人もいない。
集まっている、通り過ぎる、立っている。
教会の絵に、祈る人は出てこなかった。
これは意外だった。
理由の一つは、集めかたにあるだろう。
題に建物の名が入る作品を拾ったからである。
祈りの場面なら、題は人物や場面の名になる。
建物の名が題になるのは、建物が主題のときだけである。
大きさの幅を、確かめる
九点の寸法を並べておきたい。
いちばん小さいのは8.7×15センチの素描である。
葉書の半分ほどしかない。
いちばん大きいのは、100.1×65.9センチの油彩。
面積で比べると、およそ五十倍の差がある。
その二点は、対象への距離も両極端だった。
小さいほうは丘の上の町を遠くから写している。
大きいほうは、正面の一部分だけを近くから描いている。
つまり、対象が遠いほど画面が小さく、近いほど大きい。
九点全体でも、その傾向はゆるやかに見える。
遠景の三点は、いずれも三十センチに満たない。
中景の二点は、四十五センチから六十九センチ。
正面を大きく描いた一点は、百センチある。
例外は、内部を描いた油彩だった。
62×54センチで、中くらいである。
内部は、遠くも近くもない。
壁に囲まれているので、距離の幅が限られる。
その分、画面の大きさも中間に収まったのだろう。
もちろん、九点で言えることには限りがある。
だが、距離と判型が連動するのは理屈に合う。
近づけば細部が増え、細部を描くには面積が要る。
塔は、遠くから見えるためにある
数えた結果から、一つのことが言えそうである。
九点のうち五点で、塔か尖塔が描かれていた。
そして、そのうち三点では塔しか見えない。
木に隠れた尖塔、丘の上の鐘楼、山中の塔。
いずれも、建物の本体は見えない。
塔は、遠くから建物の位置を知らせる部分である。
高く、細く、周りより目立つように作られる。
だから、遠景に描かれると塔だけが残る。
これは、前に屋根を扱ったときの話と重なる。
屋根も、遠くから家を示す記号だった。
ただし屋根は、家全体の形の一部である。
塔は、それ自体が独立した細長い形をしている。
だから、より遠くまで届く。
湖の向こうに見えた一本の尖塔が、その極限である。
あれ以上遠くなれば、点になって消える。
題に、時代が書かれることがある
九点の題を並べて、気づいたことがある。
三点の題に、時代や場所の限定が入っている。
ある総督の時代の教会、という題。
旧教会から来た彫刻、という括弧。
そして、十二景のうちの一景、という位置づけ。
いずれも、作品を特定するための情報である。
だが同時に、画面の読み方も決めている。
総督の時代、と書かれていれば、そこは十八世紀になる。
書かれていなければ、いつの場面か分からない。
制作は1893年だから、画家は見ていない。
見ていない場面を描いたことが、題から分かる。
これは重要な情報である。
記録画と再現画では、資料としての価値が違う。
館の記録は、その区別を題に残している。
残っていなければ、当社も書けなかった。
公開データを使う側は、題を丁寧に読む必要がある。
題は短いが、そこに時代と場所と組物の情報が詰まっている。
教会は、直しながら使われる
九点のうち三点は、修理や作り替えに関わっていた。
一点は、新しい像を作る作業場の写真である。
古い像が傷んだので、彫り直していた。
一点は、装飾を取り除かれた後の内部である。
十六世紀の終わりに、白く塗り替えられた。
一点は、崩れた塔と整った聖堂を並べた素描である。
崩れた部分と、残った部分が同じ画面にある。
さらに、彫刻の一点は建物がなくなった後の残りだった。
四点が、建物の変化に関係している。
教会は、数百年にわたって使われる建物である。
その間に、必ずどこかが傷む。
傷めば直す。
直すたびに、新しい部分が加わる。
前に城の回で、五世紀ぶんの建築が重なる例を見た。
教会も同じである。
いま見えている姿は、途中の一断面にすぎない。
写真の像は、その途中の一場面を写している。
まだ付いていない部品が、地面に立っている。
完成した建物の写真より、こちらのほうが多くを語る。
作られている最中の姿は、めったに残らないからである。
館の記録も、そこを丁寧に書いている。
誰の依頼で撮ったか、何のために撮ったか。
そして、その像がいまどこにあるか。
記録は、建物の現状を書かないことがある
最後に、記録の欄を確かめておきたい。
九点のうち、建物の現在の状態が書かれているのは二点だった。
一点は、彫刻の出どころである。
題の括弧に「旧」と付いている。
もう一点は、写真の像の現在の位置である。
館は、いま西正面の丸窓の前に立っていると書く。
つまり、作られた像は所定の場所に付いた。
その後どうなったかは、書かれていない。
残る七点では、描かれた建物の現状は分からない。
大聖堂も、教会も、寺も、いまどうなっているか記録にない。
美術館の記録は、作品の記録である。
描かれた対象の記録ではない。
そこは、はっきり分けられている。
だから当社も、描かれた建物の現状には触れない。
触れるとすれば、館の記述にある範囲だけである。
今回は、二点についてだけ書いた。
残る七点については、画面と記録から言えることだけを書いた。
書けることの範囲を決めるのは、記録の側である。
そして記録の詳しさは、館によっても作品によっても違う。
今回は、記述の欄がある作品が六点あった。
残る三点は、題と技法と寸法だけである。










