白は、足すか残すかで意味が変わる——アルトドルファー・韓幹・ベローズほか九点

横長の画面である。
黒と灰色だけで刷られている。
画面の左に、男がひとり立っている。
上半身は裸で、腕を下げている。
顔は右を向く。
その右、画面の中央に、もうひとりが倒れている。
体は床に沈み、腕が投げ出されている。
そのまわりに、人が数人しゃがんでいる。
帽子をかぶった者、身を乗り出す者。
背後には、太い柱と、暗い観客席がある。
上には、細い綱が横に張られている。
館の記録では、この題は当時使われた言い回しである。
そして館は、その背景を説明している。
ある選手が世界の王者になったのち、興行主たちはその位を奪える別の選手を探した。
館の記録は、この版画の主題が特定の試合を記念するものかどうかについては、研究者の見方が分かれると書いている。
そして、その試合の結果が各地で激しい騒ぎを引き起こしたことも記している。
さらに館は、こう結んでいる。
特定の試合と結び付くかどうかにかかわらず、この画面は苦い皮肉によって、人種の優劣という考えを崩している。
館の記録は、そう読んでいる。
つまりこの白は、色ではなく、期待に付けられた名である。
そして画面は、黒と灰色だけでできている。
石版では、黒い部分は油性のクレヨンで描いた場所である。
描かなければ、紙の白が残る。
つまりこの画面の明るい部分は、描かれなかった部分である。
床に落ちる光も、人の肩の輝きも、白い紙である。
題に白という語がありながら、白い絵の具は一滴も使われていない。
館の記録は、そこまでは書いていない。
白は、人の姓になり、崖の名になる
最後の二点で、白は名前になる。

小さな楕円の肖像である。
金属の縁に囲まれ、上に吊るすための輪が付く。
中に、年配の男性が描かれている。
顔は正面をやや外れ、右を向く。
髪は白く、耳のあたりで巻いている。
眉は太く、目は落ち着いている。
黒い衣を着て、首もとに白い布が二枚垂れる。
聖職者の装いである。
背景は淡い青灰色である。
裏側には、名前と番号が書かれている。
館の記録は、題と材料しか書いていない。
材料の欄には、銅にエナメルを焼き付けたものとある。
つまり色は、金属の上で焼かれている。
題にある姓は、白という語である。
しかし画面の白は、髪と襟布だけである。
姓と色は、たまたま同じ語をしている。
エナメルという材料も見ておきたい。
ガラスの粉を金属の上に置き、焼いて溶かし付ける。
焼くと色は動かなくなり、褪せない。
つまりこの小さな肖像は、絵の具で描かれた肖像より長持ちする。
そして楕円の形と、上の輪は、身に着けるためのものである。
胸に下げるか、鎖に通す。
持ち歩ける肖像として作られている。

小さな紙である。
14×22.2センチしかない。
線は黒鉛だけである。
画面の中ほどから上に、木が数本立つ。
幹は細く、枝が上へ広がる。
葉は短い線の集まりで、まばらである。
下のほうには、岩の稜線がある。
線は薄く、途中で消えている。
右下には、鉛筆で場所の名が書き込まれている。
紙の白は、そのまま残されている。
館の札は「丘」と「木」の二つである。
題にある崖の名に、白という語が入る。
しかし鉛筆の素描では、崖は白く塗られない。
塗らないので、紙の白がそのまま崖になる。
この帳面については、モホンクの素描帖で扱った。
そして地名を書き込むという習慣も、帳面の使い方に関わる。
同じような岩と木の素描が何十枚もあれば、後で区別がつかない。
だから場所の名を書き添える。
その名の中に、たまたま色の語が入っている。
つまり白は、画面ではなく、整理のための文字として紙に載っている。
数えてみると
九点を並べ直す。
白が材料として持ち込まれているのは、三点である。
グワッシュの白、アラバスターの白、そして椿の白。
衣の色として使われているのが一点。
塗らずに残された白は、二点である。
墨の線だけの馬と、鉛筆の素描の崖。
そして三点では、白は色ではなく名前である。
酒の呼び名、期待の名、そして人の姓。
もう一つ数えておく。
九点のうち、画面が白と黒だけでできているのは二点である。
石版と、鉛筆の素描である。
どちらも、題に白という語を持っている。
色のない画面ほど、題に色の名が付いている。
色があれば、題で言う必要がない。
ないからこそ、言葉で補うことになる。
偶然かもしれないが、九点ではそうなっている。
言えることと、言えないこと
言えるのは、白が「足すか、残すかで意味が変わる色」だということである。
足された白は、いちばん手前に浮かぶ。
褐色の紙の上の白い線は、面から離れて光る。
残された白は、地に沈む。
墨の線だけの馬は、紙の中に留まっている。
九点のうち三点で白は足され、二点で残されていた。
言えないのは、白がつねに明るさを意味するという話である。
嘆く人の像は、白い石でできているが、頭巾で顔を隠している。
白い衣の男は、明るいが主役として褒められてはいない。
そして白い酒は、実際には淡い黄色である。
最後に、はじめの一枚へ戻る。
作者は、白い紙をわざわざ褐色に染めた。
そのうえで、白を筆で足している。
もとからあった白を消し、後から白を置く。
遠回りに見えるが、そうしなければ白は光らない。
九点を数え終えて残るのは、その消された白のほうである。








