美術史・技法

家は、小さくしか描かれない——ホフマン・ブルーマールト・スルバランほか九点

家は町でいちばん数の多い建物である。だが九点で数えると、外から見た家はいずれも画面の五分の一以下だった。浴場、蔵、屋敷の名、そして外された戸口まで、家の語は四つのものを指していた。中が見える家は一点もなく、窓はすべて暗い。

無題(湖畔の森の家)
エドワード・ミッチェル・バニスター《無題(湖畔の森の家)》スミソニアン協会蔵

湖のほとりに、小さな家がある

一枚の油彩に、家が一軒描かれている。

画面は31×36センチしかない。

ほぼ正方形に近い。

画面の中央やや左に、大きな木の塊がある。

葉は黄緑と濃緑で、輪郭がぼやけている。

その根もとに、白っぽい建物がある。

屋根は低く、横に長い。

壁の色は、薄い灰色である。

窓らしい暗い点が、二つか三つ見える。

家の前には、低い草地が広がる。

草は黄と緑の細かい筆でできている。

右のほうに、水面がある。

水は空の色を映して、淡い青と金になっている。

その上に、小さな帆が一つ立つ。

空は上のほうが青く、下へ行くほど黄色い。

夕方らしい。

家は画面の五分の一もない。

それでも、この絵の中心にある。

館の記録では、題は無題である。

括弧のなかに、湖畔の森の家、と書かれている。

つまり、これは館が付けた説明である。

作者が付けた題ではない。

無題(湖畔の森の家)
エドワード・ミッチェル・バニスター《無題(湖畔の森の家)》1895年。館の記録では、油彩・カンヴァス。31×36センチ。スミソニアン・アメリカ美術館蔵。エドワード・ミッチェル・バニスター《無題(湖畔の森の家)》スミソニアン協会蔵

家は、建物のうちで最も数が多い。

町にも村にも、まず家がある。

だから絵にも、たいてい家が写り込む。

しかし、家が主役になる絵は意外に少ない。

風景の一部として置かれることのほうが多い。

九点を並べて、家の扱われ方を数えたい。

「家」という語の広がり

集めかたは、館の記録の題によっている。

家、家屋、民家、小屋、住まいにあたる語が入るものを拾った。

もとの記録は英語だから、多くは同じ一語に当たる。

その語は、建物としての家だけを指すわけではない。

浴場、蔵、屋号、そして建物の部材にも使われる。

拾った九点のうち、住まいとしての家が描かれているのは五点だった。

残る四点は、語の広がりによって混じったものである。

浴場が一点。

蔵の語を含む芝居の題が一点。

屋敷の名が一点。

そして、家から外された戸口が一点。

外れが四点というのは、今回では多いほうだ。

家という語が、それだけ広く使われているということでもある。

家が描かれた五点

住まいとしての家、五点を見たい。

一点目は、十九世紀のアメリカの油彩である。

73×98.7センチ。

画面は横長で、高い位置から土地を見下ろしている。

中央に、大きな建物が二棟ある。

一つは白く、屋根に小さな塔が載る。

もう一つは赤煉瓦で、四角い。

その周りに、小さな建物がいくつも並ぶ。

畑は緑と黄の四角に区切られている。

手前の道には、馬車が三台走る。

人も歩いている。

木は等間隔に植えられている。

画面の下の縁に、細い文字が書かれている。

館の記録の題は、救貧院の敷地の眺めという。

つまり、これは公共の施設の記録画である。

家というより、施設の全体を写した図面に近い。

それでも、一棟ずつの建物は丁寧に描き分けられている。

スクールキル郡救貧院の眺め
チャールズ・シー・ホフマン《スクールキル郡救貧院の眺め》1876年。館の記録では、油彩・カンヴァス。73×98.7センチ。番号は66.242.26。メトロポリタン美術館蔵。チャールズ・C・ホフマン《スクールキル郡救貧院の眺め》メトロポリタン美術館蔵

二点目は、十七世紀初めの素描である。

紙は17.2×27.2センチ。

この一点は、表と裏の両方が公開されている。

画像も、二つ並べて写されている。

表には、農家の小屋が描かれる。

草を葺いた屋根が大きく、壁は低い。

屋根の左端は崩れかけている。

小屋の脇に、細い木が立つ。

手前には、柵と小さな流れがある。

淡い茶と青と黄の色が置かれている。

裏には、橋と門が描かれる。

丸いアーチの門が、画面の右にある。

その手前に、低い橋が架かる。

こちらは赤茶の線が主で、色は少ない。

館の記述は、当時の著述家の言葉を引いている。

その著述家は1604年に、この画家の素描をこう評した。

心地よい風景と、面白い農家と、農具と、木がある。

いずれも、その土地の周りで実際に見られるものだ、と。

館は、その記述が今回の紙によく当てはまると書いている。

農家の小屋(表)、橋と門(裏)
アブラハム・ブルーマールト《農家の小屋(表)、橋と門(裏)》1600年頃。館の記録では、黒と赤のチョークの上にペンと茶インク、茶・青・赤・黄の淡彩。紙は17.2×27.2センチ。番号は1940.737。クリーヴランド美術館蔵。アブラハム・ブルーマールト《農家の小屋(表)、橋と門(裏)》クリーヴランド美術館蔵

三点目は、十九世紀のフランスの油彩である。

額なしで29.8×46.1センチ。

横長で、川が画面を横切る。

水は静かで、対岸の木を映している。

左の岸には、大きな木立がある。

右の岸に、白い小さな家がある。

屋根は三角で、壁は明るい。

家の前の水際に、人が二人いる。

しゃがんで、布を洗っているらしい。

空は薄い灰色で、雲が広がる。

家は画面の十分の一ほどしかない。

それでも、題には家が入っている。

館の記録では、絵具は布に描かれている。

カンヴァスではなく、布と書かれている点が珍しい。

洗濯女のいる川辺の家
カミーユ・フレール《洗濯女のいる川辺の家》1835年。館の記録では、布に油彩。額なしで29.8×46.1センチ。番号は1980.259。クリーヴランド美術館蔵。カミーユ・フレール《洗濯女のいる川辺の家》クリーヴランド美術館蔵

四点目は、家の中を描いた油彩である。

額なしで165×218.2センチ。

九点のなかで、いちばん大きい絵である。

画面の右に、赤い衣の女性が座る。

膝の上に白い布を広げ、右手を頬に当てている。

目は伏せられ、涙が光る。

左には、青い衣の少年が座っている。

手もとで、細い枝を編んでいる。

指を刺したらしく、動きが止まっている。

二人のあいだに、机がある。

机の上には、本が数冊と、器がある。

机の面は、手前へ傾けて描かれている。

床には、白い鳩が二羽いる。

右手前には、白い花を活けた器がある。

上のほうは暗く、光が斜めに差す。

館の記述によれば、この主題は聖書にない。

画家が考え出した場面らしい、と館は書いている。

同じ記述は、編まれている枝が後の受難を予告すると述べる。

そして、大きな画面でありながら静かだと評している。