作品を知る

牡丹は、重なりをどう見せるかで分かれる——惲寿平・華嵒・バジールほか九点

ジギタリス、クレマチス、パンジー、芍薬、芥子、キスゲの花束(写生による花果図譜より)
ルイ・シャルル・リュオット《ジギタリス、クレマチス、パンジー、芍薬、芥子、キスゲの花束》1805年。館の記録では、多色のスティップルに手彩色。番号は1951.419。クリーヴランド美術館蔵。ルイ・シャルル・リュオット《ジギタリス、クレマチス、パンジー、芍薬、芥子、キスゲの花束(写生による花果図譜より)》クリーヴランド美術館蔵

白い紙に、花束が描かれている。

茎は下でまとめられ、上へ広がる。

いちばん上には、筒形の花が縦に並ぶ。

その右には、大きな五枚の花びらの花がある。

中ほどには、小さな紫の花がいくつか。

左には、赤い大きな花が開く。

花びらは薄く、縁が縮れている。

下のほうには、黄色い細長い花がある。

そして中央近くに、幾重にも重なる花がある。

芍薬である。

館の記録では、十七世紀の半ばまでに、珍しい植物と王の庭への関心が高まった。

宮殿の庭には、遠い土地からの花が満ちていたという。

そして十八世紀に、植物の分類の仕組みが作られた。

その結果、植物の版画には正確さと絵の技の両方が求められるようになった。

館の記録は、そう説明している。

さらに技法についても書いている。

色の一部は刷られ、残りは水彩で加えられる。

そうすることで、透明感と輝きと、花らしい繊細さが生まれるという。

つまりこの芍薬は、六種類の花の一つとして数えられている。

九点のうち、ほかの花と一緒に並べられているのは、この一点である。

スティップルという技法も見ておきたい。

点を無数に打って、明暗の階調を作る。

線で描くより、柔らかい面が作れる。

花びらの薄さを示すには、その柔らかさが要る。

そして上から水彩を差せば、点のあいだに色が沈む。

刷った色と、差した色が重なる。

同じ版から刷っても、一枚ずつ色が違うことになる。

比べるための図譜でありながら、一枚ずつ違うという性質を持っている。

卓の上の花と、腕の中の花

最後の二点は、西洋の油彩である。

芍薬
ウィルトン・ロックウッド《芍薬》1910年ごろ。館の記録では、油彩・カンヴァス。画面は76.2×76.5センチ。番号は11.33。メトロポリタン美術館蔵。ウィルトン・ロックウッド《芍薬》メトロポリタン美術館蔵

正方形の画面である。

76.2×76.5センチある。

背景は暗く、緑がかった灰色である。

中央に、花が数輪ある。

花は白と薄紅で、大きく開く。

花びらの縁が、外へ垂れる。

一輪は下を向き、崩れかけている。

葉は暗い緑で、花の下に沈む。

器は暗い色で、輪郭がぼやける。

絵の具は厚く置かれ、筆の跡が残る。

館の札は「芍薬」と「静物」の二つである。

つまり館は、この画面を芍薬の静物として登録している。

花だけが明るく、ほかはすべて暗い。

暗い中から花が現れる作りは、この時期の花の絵によく見られる。

花の置き方については、花はどこに置かれるかでも扱った。

正方形という画面の形も、この絵に効いている。

縦にも横にも寄らないので、花の塊が中央に収まる。

上下左右の余白が、ほぼ等しくなる。

つまり見る人の目は、まず中央へ行き、そこから外へ広がらない。

一輪が崩れかけていることも、その中央で起きている。

散る直前を画面の中心に置くという選び方である。

牡丹を持つ若い女性
フレデリック・バジール《牡丹を持つ若い女性》1870年。館の記録では、油彩・カンヴァス。画面は60×75センチ。番号は1983.1.6。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。フレデリック・バジール《牡丹を持つ若い女性》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

横長の画面である。

左に、若い女性が座っている。

白い衣を着て、頭に布を巻いている。

顔はやや右を向き、目を伏せている。

両腕で、大きな花束を抱えている。

花束は白、薄紅、赤が混じる。

花びらは厚く、絵の具が盛り上がっている。

右手には、切った花を数本持つ。

その前の卓の上にも、花が置かれている。

奥には、籠に入った花がある。

背景は暗い緑で、壁のように立つ。

館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。

九点のうち、人が花を抱えているのは、この一点だけである。

花は器にも、地面にも、布の上にもなく、腕の中にある。

そして花束は、まだ束ねられていない。

茎の下は布に隠れ、紐は見えない。

右手には、切ったばかりの数本が握られている。

つまりこれは、花を選び分けている途中である。

奥の籠は、そこから取り出す元の入れものだろう。

卓の上の数本は、置かれたものである。

一つの画面の中に、籠と、腕と、卓という三つの場所がある。

花は、その三つのあいだを移動している最中にある。

九点のうち、花が動いている途中なのは、この一点だけである。

数えてみると

九点を並べ直す。

記録が芍薬と呼ぶのは、二点である。

色あせた掛幅と、正方形の静物。

牡丹と呼ぶのは、六点である。

そして一点では、この花は六種類の花束の中の一つである。

もう一つ数えておく。

九点のうち、花びらの輪郭線が引かれているのは四点である。

白牡丹の掛幅、摺物の籠、布の模様、そして図譜の一枚。

輪郭を引かないのは、色の面だけで作る描き方である。

色あせた芍薬も、油彩の二点も、輪郭を持たない。

輪郭のあるものは、くり返しに向く。

輪郭のないものは、一度きりの姿になる。

大きさも並べておく。

いちばん大きいのは巻子で、長さ454.4センチある。

いちばん小さいのは磁器の壺で、高さ27センチしかない。

しかし壺の花は、面から実際に立ち上がっている。

平らな画面では、層は見せかけである。

立体の器では、層は本当の厚みを持つ。

言えることと、言えないこと

言えるのは、牡丹が「重なりの花」だということである。

花びらが幾重にも重なるので、描く人は層をどう示すかを決めなければならない。

輪郭線を引くか、色の濃淡で示すか、面を盛り上げるか。

九点は、その三つの方法に分かれている。

磁器の一点では、花びらは実際に盛り上げられていた。

言えないのは、東西で層の示し方が分かれるという話である。

輪郭を引いた四点のうち、二点は西洋の作である。

色の面で作った五点のうち、一点は東アジアの作である。

分かれているのは土地ではなく、その花を何に使うかである。

くり返す模様なら輪郭が要り、一輪を見せるなら要らない。

最後に、はじめの一幅へ戻る。

色あせた芍薬には、折れた茎があった。

折れ口には、赤い筋が走っていた。

館の記録は、それを暗号かもしれないと書いていた。

かもしれない、という言い方である。

花が萎れて見えることに、意味があるかどうかは決められない。

九点を数え終えて残るのは、その決めきれなさのほうである。

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