池は、四点で鏡になる——コロー・池大雅・マッケほか九点
人の作った池
九点のうち二点は、人が作った池である。
一点目は、写真である。
画面は25.1×36.4センチ。
台紙まで含めると40.6×50.8センチになる。
画面の中央に、岩を積んだ塚がある。
その下に、洞のような穴が開く。
穴から、水が白い筋になって落ちている。
落ちた水は、手前の池に流れ込む。
池の水面は、暗く、静かである。
周りは、密な木立である。
葉のあいだから、光が斑に差し込む。
明るい部分と暗い部分が、細かく分かれている。
館の記述によれば、この場所は市の公園である。
森が公園に編入されたのは、この写真の六年前だという。
つまり、岩も滝も池も、公園として作られたものである。
館の記述はさらに、この写真家の経歴にも触れている。
後に市の公式の写真家となり、街路の記録を残した。
その多くは、後の都市改造で失われた場所だという。

二点目は、水彩とグワッシュの習作である。
紙は27.9×14.6センチ。
縦に細長い。
画面には、少女が一人立っている。
濃い青の外套を着て、大きな帽子をかぶる。
右手を横へ伸ばしている。
顔は、ほとんど描かれていない。
背景は、褐色の紙の地である。
池は、どこにも描かれていない。
館の記録の題によれば、これはある木版画のための習作である。
その版画の題に、公園の池が入っている。
館の記述によれば、この少女は完成した版画の手前に置かれた。
そして池には、玩具の舟が浮かんでいるという。
その習慣は、いまも続いていると館は書く。
つまり、この一点は池の絵の部品である。
部品の段階では、池はまだない。

池のほとりに座る
人と池の距離を見たい。
九点のうち、人が描かれているのは五点である。
そのうち、水に入っている人は一人もいない。
みな、岸にいる。
石版画の一点が、その典型だった。
紙は34.7×27.5センチ。
画面の下のほうに、女性が一人座っている。
背を丸め、うつむいている。
その前に、水面がある。
水は細い横線で示される。
上のほうには、木の茂みがある。
葉は短い線の集まりで、密に描かれる。
線は速く、鉛筆で描いたような調子である。
館の記述によれば、これは転写の技法で作られた。
石に直接描かず、紙にペンで描いてから移す。
そうすると、描いた線の質と紙の目が残る。
さらに館は、この作品が二枚しか刷られなかったと書く。
版画でありながら、ほとんど一点ものである。
紙の左下には、題が鉛筆で書かれている。
館は、その文面も記録に写している。

湖を、色で描く
二十世紀の油彩を見たい。
全体で60.3×48.3センチ。
縦長の画面である。
画面には、二人の人物が立っている。
一人は青い上着に赤い帽子。
一人は黒い上着に赤い帽子。
顔は塗られていない。
肌の色の面があるだけで、目も口もない。
二人の周りは、色の面で埋められている。
赤、橙、緑、青、黄。
面はいずれも輪郭がはっきりしている。
木の形らしいものもあるが、決められない。
画面の中ほどに、明るい青の面がある。
館の記録の題によれば、それが湖である。
水面は、その青い面だけで示されている。
映り込みも、波もない。
対岸も描かれていない。
つまり、これは湖の形を捨てた画面である。
色の一つとして、湖が置かれている。

池の絵は、小さいものが多い
残る二点は、小さな画面である。
一点は、素描帖の一葉。
紙は12.1×19.7センチ。
黒鉛だけで、ごく薄く描かれている。
画面の中ほどに、水平の線がある。
その下が池、上が岸らしい。
右に、細い木が二本立つ。
左のほうには、低い丘の輪郭がある。
線は数十本しかない。
下のほうに、鉛筆の書き込みがある。
この帖からは、これで四枚目を取り上げることになる。
一冊の帖が、四つの番号で公開されている。

もう一点は、小さな油彩である。
25.7×38.8センチ。
画面は暗い。
下半分に、木立と草地がある。
その中ほどに、細い水面が光る。
水は明るい灰色で、横に伸びる。
奥には、低い山並みがある。
空は上のほうが暗く、下のほうが金色である。
日の入りだろう。
館の記録に、制作年はない。
記述の欄もない。
題は、ある人の名を冠した池である。
つまり、私有の池か、地元でそう呼ばれた池だろう。