美術史・技法

版画にするための大画面——トランブルの覚書

三点を、どう見分けるか

同じ人物の三点について補いたい。寸法は78.1×62.9センチ、76.2×60.5センチ。

いずれも半身像で、姿勢も近い。制作年は1792年ごろと1804〜06年に分かれる。

つまり十年以上の間隔がある。同じ図を、後年に作り直したと考えられる。

どれが最初の一点かは、公開分だけでは決められない。

所蔵館の記録も、その順序までは書いていない。

半身の肖像

アレクサンダー・ハミルトン
ジョン・トランブル《アレクサンダー・ハミルトン》1804〜1806年。油彩・画布。縦78.1センチ、横62.9センチ。メトロポリタン美術館蔵。ジョン・トランブル《アレクサンダー・ハミルトン》メトロポリタン美術館蔵

半身の肖像である。男が右を向き、視線をこちらへ向ける。

白い髪、白い首布、黒い上着。背景は暗褐色で、何も描かれていない。

顔にだけ光が当たる。頬と鼻筋が明るく、目元に影が落ちる。

制作年は1804年から1806年。描かれた人物が没した年を挟んでいる。

つまり、没後に仕上げられた可能性がある。

没後の肖像という形式

没後の肖像について補いたい。人物が亡くなったあと、記念のために肖像が作られることがある。

その場合、生前の肖像や素描が下敷きになる。

つまり本人を前にして描いた絵ではない。写しから作られた顔である。

同じ顔が繰り返し複製される過程で、原型がどれかは分かりにくくなる。

小さな肖像

寸法の幅も見ておきたい。

トマス・ジェファソン
ジョン・トランブル《トマス・ジェファソン》1788年。マホガニー板に油彩。縦11.4センチ、横8.3センチ。メトロポリタン美術館蔵。ジョン・トランブル《トマス・ジェファソン》メトロポリタン美術館蔵

きわめて小さい。縦11.4センチ、横8.3センチ。手のひらに載る。

板はマホガニーである。画面には楕円形の枠が描かれ、その中に胸像が収まる。

灰色の上着、白い首布、赤みのある頬。髪は白い。

背景は淡い灰色である。枠の外側は、黄土色の地が残る。

つまり、板の一部だけを仕上げている。

小さな板絵は、何のためか

用途を考えたい。この寸法は、壁に掛ける絵ではない。

大画面の中に描く顔の原型として使われた可能性がある。

あるいは、複製のための原型かもしれない。

いずれにせよ、独立した鑑賞用の作品とは考えにくい。

小さな肖像の役割については、
別のコラムでも扱った。

十八点の内訳

公開分の構成も確かめておきたい。18点のうち、肖像が大半を占める。

大画面の歴史画が一点、素描が数点、そして覚書が一点である。

制作年は1780年から1806年ごろに集まる。

つまり、独立戦争の直後から共和国の初期にかけての仕事である。

歴史画の作り方

制作の順序を整理したい。まず、実在の人物から顔の素描を取る。

次に、人体の習作で姿勢を確かめる。そして大画面に配置する。

完成した大画面を版画に写し、版画を売る。代金は分割で受け取り、要人には贈呈する。

つまり、絵から版画まで一つの事業として設計されている。

大画面は、どこへ行ったのか

作品の行き先も考えたい。縦180.3センチ、横271.8センチの画面は、
個人の家に掛けるには大きい。

公共の建物か、展示のための施設が想定される。

実際、この画家は独立戦争を主題にした連作を構想し、公共建築への設置を目指したとされる。

つまり大画面は、はじめから公共の場所を前提にしていた。

見立て——歴史画は、複製のための原型である

ここまでを整理したい。大画面は、それ自体が商品ではない。

版画の原型であり、名前を広めるための装置である。

そして版画の売上が、次の制作を支える。

大画面の展示を興行として成立させた例は、
別のコラムで扱った。

同じ時期のロンドンで、複数の画家が同じ方法を試していた。

覚書が残ったことの意味

最後に、あの小さな紙に戻りたい。縦10.8センチの覚書である。

作品ではない。しかしこの紙があるおかげで、版画の値段と配布先が分かる。

絵の裏側にある商売の実態は、こうした紙にしか残らない。

美術館が作品として収蔵していなければ、失われていた。

記録が残るかどうかは、収蔵の判断に左右される。

暮らしへ——配った先を、控えておく

家でできることを書いておきたい。写真や作ったものを人に渡すとき、
誰に何を渡したかを一行だけ控えておく。

日付と、相手と、渡したもの。それだけでよい。

二百年後に読まれるとは限らない。しかし十年後の自分は、必ず助かる。

トランブルの覚書がしていたのは、その作業である。

群として見ると、工程が見える

最後に、見方をまとめておきたい。18点を、制作の段階で並べ替えてみる。

素描、小さな板絵、肖像、大画面、そして覚書。

一枚の大画面の背後に、これだけの段階がある。

公開画像は、そのための道具である。段階ごとに並べる作業は、画面の上でできる。

そして、並べた結果は書き留めておきたい。工程の順序は、忘れやすい。

一行の記録が、次に見るときの足場になる。

覚書を、資料として読む

最後に、読み方を補いたい。金額の記録は、解釈の余地が小さい。

一方、絵の内容は読み方が分かれる。

つまり、数字の資料と画面の資料では、確かさの性質が違う。

両方を突き合わせることで、記述は安定する。

事業としての絵

最後に、全体をまとめておきたい。素描で顔を集め、大画面に組み、
版画で複製し、要人に配る。

そして代金を分割で受け取る。

つまり、制作から回収までが一つの流れになっている。

絵を描くことは、事業を営むことでもあった。

そして、読み取れた数字は書き留めておきたい。金額と日付は、記憶では正確に残らない。

一行の記録が、次に見るときの足場になる。

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