風は、なびくものを借りて吹く——湖龍斎・普明・金振宇ほか九点

穏やかな川面に、背の高いポプラの木立が映っている。
水面はほとんど鏡で、波立ちは見えない。
題は二段構えで、前半が場所を、後半が見立てを言う。
その後半に、風の竪琴、とある。
風が吹くとひとりでに鳴る、風鳴琴という楽器がある。
まっすぐに並んだポプラの幹を、その弦に見立てた題だと考えられる。
風が通れば、弦は鳴る。
だが描かれているのは、鳴る前の、張られたままの弦である。
水面の映り込みが乱れていないから、風のないことは水が証言している。
この絵の風もまた、題の中にだけいる。
いや、正確には、風を待つ絵である。
竪琴と名づけたとたん、見る人は音を、つまり風を待ちはじめる。
題が画面に、まだ吹いていない風を吹き込んでいる。
この絵の出どころの欄は、少し変わっている。
1897年、数人の紳士からの贈り物、とだけあるのだ。
贈り主たちは、風と同じで、名の形を残していない。
そして最後の一点も、風の字が別の意味へ行った例である。

黄色い地の上に、着飾った女性が座っている。
花模様の打掛をまとい、髪には簪が並ぶ。
歌人の小野小町を、当世風の姿に置き換えた見立て絵である。
小町は九世紀の歌人で、六歌仙の一人に数えられる。
その古人を、江戸の流行の装いに置き換えて描く。
やつし、と呼ばれる遊びである。
叢書の名は、風流やつし六歌仙。
題には、其の二、ともある。
六人の歌仙を一人ずつ出す叢書の、二枚目にあたる。
画面の右上の札に、その叢書名と歌が刷り込まれている。
この風も、吹く風ではない。
風流、風雅の風である。
冒頭の雪の縁側と、同じ字の同じ使い方だ。
叢書の名に風流を掲げる絵が、候補にはいくらでもあった。
ただ、この一枚を選んだのには理由がある。
女性の手元を見てほしい。
扇を持っている。
扇を数えた回で見た、あの道具である。
扇は、風を受ける道具ではなく、風を作る道具である。
九点の中でただ一つ、人が起こす風が、ここにある。
紙と絹と布も、数える
風の係のほかに、風を受け止めた画材も数えておく。
九点のうち、紙に描かれた絵が六点ある。
多色摺の木版が三点、墨が一点、墨と彩色が一点、木炭が一点である。
絹に描かれたのは、七百年前の風竹の一点だけ。
布に油彩が二点で、オランダの海とセーヌの川である。
偶然だろうが、布に描かれた二点は、どちらも水のある絵だった。
そして、しなる竹は二点とも墨で描かれている。
墨の線は、筆の速さと勢いを、そのまま紙や絹の上に残す。
葉が流れる勢いは、線を引いた手の勢いでもある。
塗り重ねてゆく油彩には、その一瞬の速さは残りにくい。
だから油彩の画家は、帆のような形の大きい係へ風を任せたのかもしれない。
画面の大きさの幅も広い。
手もとで眺める一枚の錦絵から、部屋をひと囲みする十曲の屏風まである。
出どころの土地も数えておく。
九点のうち、日本の絵が四点、中国と朝鮮が一点ずつ。
ヨーロッパが二点、アメリカが一点である。
東アジアが六点と、はっきり偏った。
ただしこれは、風の字を記録に持つ絵が東の目録に多かった、というだけかもしれない。
集め方の癖まで、数えれば見えてくる。
考えてみれば、紙も絹も布も、風にあおられる側の素材である。
屏風は倒れ、掛軸はめくれ、帆布は鳴る。
風に弱いものの上にだけ、風は描き残されてきた。
なびく係を数える
九点の風の係を数える。
なびくもので風を見せる絵が六点。
帆と旗、凧の糸、そよぐ竹、しなる竹、ゆれるポプラ、傾いだ松である。
題にだけ風がある絵が一点。
マーティンの風の竪琴である。
そして、吹かない風の絵が二点。
雪の縁側と、小野小町の見立てである。
風の長さも数えられる。
凧や帆の風は、いま吹いている一瞬の風である。
そよぐ竹の風も、葉を飛ばす風も、その一瞬に属する。
磯馴松の風は、何十年も吹き続けた風の合計である。
絵の中の風には、一瞬から数十年まで、時間の幅があった。
強さの順にも並べられる。
水面の映り込みが乱れない無風が、まず一点。
凧がちょうど上がる程度の風と、船の仕事がはかどる風。
竹をやさしく曲げるそよ風に、葉を飛ばす強風。
そして、松の幹を曲げ切ってしまった何十年の風である。
記録はどこにも風速を書かないが、絵は弱い順に並べ直せる。
なびいたものの形が、そのまま目盛りになるからである。
言えないことも書いておく。
六対一対二というこの比率は、九点の中だけの話である。
なびく係の顔ぶれも、ここで出尽くしたわけではない。
煙も、髪も、雨の糸も、風の係を務められるはずである。
それでも、確かなことが一つある。
風を描いた画家は、一人も風を描いていない。
描いたのは、布と糸と葉と幹である。
風はいつも、他人の体を借りてしか画面に入れない。
最後に、記録に残らないことを一つ。
九点のどの記録にも、その日の風向きは書かれていない。
分かるのは、なびいたものの向きだけである。
それで足りる、と画家たちは知っていた。
見えないものは、見えるものに運ばせればよい。
画面の風は、そうやって三百年でも七百年でも吹き続けている。









