作品を知る

鳥は、枝と空と面のどれかにいる——椿椿山・広重・ウテワールほか九点

果物鉢
マースデン・ハートリー《果物鉢》1923年。館の記録では、白い織目紙にリトグラフ。画面31.5×31センチ。紙全体44.5×39.2センチ。番号は1959.540。シカゴ美術館蔵。マースデン・ハートレー《果物鉢》シカゴ美術館蔵

最後の一点も、鳥がいない。

リトグラフである。

石版画ともいう。

画面は三一・五掛ける三一センチ。

ほぼ正方形である。

そして、紙全体は四四・五掛ける三九・二センチ。

つまり、画面のまわりに白い余白がある。

第十五回で、版画の記録について書いた。

刷られた部分と、紙全体で寸法が違う。

館は、その両方を書く。

画面は、黒い線だけでできている。

太い筆で描いたような線である。

中央に、丸い鉢がある。

脚がついている。

その輪郭が、太い曲線で描かれる。

鉢のなかに、果物が入っている。

洋梨のような形が三つか四つ。

丸いものも見える。

いずれも、輪郭線と黒い塗りで表される。

上のほうに、黒い塊がある。

葉か、影だろう。

そして、右下に署名がある。

つまり、これは前の回で見た静物の主題である。

器に盛られた果物である。

だが、描き方がまったく違う。

明暗も、質感も、色もない。

線と黒だけである。

第十三回で、版画の描線について書いた。

線の太さで、量感を出す。

そして、この一点にも鳥はいない。

なぜ混ざったのかは、はっきりしない。

鉢という語が拾われたのだろう。

素描帖の三葉

ここまでの三回で、同じ素描帖の三葉を見た。

いずれも、番号の頭が同じである。

枝番だけが違う。

前々回が十五番の表。

前回が十一番の表。

今回が二十二番の裏。

つまり、この帖は少なくとも二十二葉ある。

そして、両面に描かれている。

館は、それを一葉ずつ記録している。

表と裏で、別々の番号を与える。

第十七回で、この方式について書いた。

一枚の紙に複数の作品があるとき、どう数えるか。

館は、面を単位にしている。

そして、題は面ごとに付けられる。

その結果、題が長くなる。

七つも八つも図が並ぶからである。

そして、長い題には、多くの語が入る。

だから、語で絞ると、必ず引っかかる。

三回続けてこの帖が現れたのは、そのためである。

図の数が多いほど、拾われやすい。

これは記録の性質から来る偏りである。

四つの居場所

六点の鳥を、位置で分けたい。

第一に、枝の上。

掛軸の一点である。

止まっている。

第二に、空のなか。

版画の雁と、銅板の絵の点。

飛んでいる。

第三に、地面の上。

金工の鶉である。

伏せている。

そして第四に、面の上。

刺繍の鳥と、花瓶の鳥。

どちらも、翼を広げた姿である。

だが、空を飛んでいるのではない。

布や器の面に、模様として置かれている。

つまり、背景がない。

第十六回で、装飾の鳥について書いた。

翼を広げた姿が、装飾では最も多い。

理由は形である。

翼を広げると、左右対称に近くなる。

そして、横に広がる。

面を埋めるのに向いている。

止まった鳥は、丸い塊になる。

飛ぶ鳥は、広い形になる。

だから、装飾では飛ぶ姿が選ばれる。

何羽いるか

六点で、鳥の数を数えたい。

掛軸には、二羽か三羽。

版画には、二十羽ほど。

金工には、五羽。

上の一つに二羽、下の一つに三羽。

刺繍には、一羽。

花瓶には、一羽。

銅板の絵には、五羽ほど。

つまり、一羽だけのものが二点ある。

いずれも装飾である。

そして、多いものは、いずれも絵である。

これも理由がある。

装飾では、一つの図が繰り返される。

だから、一羽で足りる。

絵では、群れが場面を作る。

だから、数が要る。

第十二回で、繰り返しと群れの違いについて書いた。

繰り返しは、同じ形を等間隔に並べる。

群れは、同じ形を不規則に散らす。

版画の雁は、斜めに並ぶ。

規則的ではないが、まとまりがある。

その中間の形である。

三百年と五つの材料

九点の年を並べたい。

いちばん古いのが、一六〇五年の銅板。

次が、一八一〇年からの素描帖。

次が、一八二七年の刺繍見本。

次が、一八三五年ごろの版画。

次が、一八五〇年の掛軸。

次が、十九世紀の目貫。

次が、一八六一年からの六人の一点。

次が、一八八四年からの花瓶。

そして、一九二三年のリトグラフ。

三百年ほどの幅がある。

材料も広い。

銅板に油彩。

紙にインクと淡彩。

羊毛地に絹糸の刺繍。

木版画。

紙に墨と色の掛軸。

金と赤銅。

厚紙に貼った台紙に油彩。

磁器。

そして、リトグラフ。

つまり、九点で九つの材料である。

一つとして重ならない。

第十七回で、部門をまたぐ比較について書いた。

材料が違えば、鳥の描き方も変わる。

糸なら階段状に、金なら塊に、墨なら線になる。

鳥を探すということ

最後に、九点をまとめておきたい。

鳥がいるのは六点である。

そのうち二点では、鳥が主題に近い。

掛軸と金工である。

二点では、鳥が装飾である。

刺繍と花瓶。

そして二点では、鳥が細部である。

版画の雁と、銅板の絵の点。

残る三点には、鳥がいない。

一点は、名前に鷹の語が入っていた。

二点は、鉢の語が拾われたのだろう。

つまり、三分の一が外れである。

これは高い割合である。

だが、意味のない結果ではない。

外れを見れば、記録の性質が分かる。

題が長いほど、拾われやすい。

固有名詞には、動物の語が入りやすい。

そして、絵のなかの小さな鳥は、題に書かれない。

銅板の絵の五羽は、記録に一言もない。

つまり、探すべき鳥ほど、記録から漏れている。

二つの刺繍見本を比べる

前の回で見た刺繍見本と、この一点を比べたい。

どちらもメトロポリタン美術館の所蔵である。

番号の頭が同じである。

一九八四年に入った、同じ一括だろう。

前の一点は四三・二掛ける三六・八センチ。

この一点は四七掛ける三六・二センチ。

つまり、幅がほぼ同じで、高さが違う。

作者はどちらも少女である。

前の一点は六歳ほど。

この一点は十四歳ほど。

そして、内容が違う。

前の一点は、建物と縁飾りの花が中心だった。

この一点は、上部に文字が並ぶ。

大きな字と、聖句である。

つまり、年齢が上がると、文字が増える。

第十六回で、この形式の役割について書いた。

刺繍の技を習うための練習である。

そして、同時に読み書きの練習でもある。

だから、年齢に応じて内容が変わる。

そう考えると、鳥の位置も納得がいく。

文字の下、布の中ほどに置かれている。

RELATEDあわせて読みたい

作品を知るの記事一覧