作品を知る

橋は、画面を横切る線である——広重・歌麿・オランダ絵画ほか九点

描き込みの量が、場所で違う

この素描を見ると、線の密度が場所によってまるで違う。

左の建物は、線が密である。

壁の陰影まで引かれている。

中央の橋も、丁寧である。

一方、右の木立は、輪郭だけである。

そして、下半分はほとんど白い。

つまり、描き込みが左上に集中している。

これは、時間の問題かもしれない。

現場で描く素描では、途中で切り上げることがある。

あるいは、見せたい部分だけを描いたのかもしれない。

第十七回で読んだ写生帖の頁も、同じだった。

一冊のなかで、描き込みの量がまちまちだった。

橋が、文様になる

八橋蒔絵香合
山田常嘉斎《八橋蒔絵香合》19世紀。館の記録では、梨子地に平蒔絵。高さ2.7センチ、幅2.9センチ、長さ9.2センチ。番号は36.100.157のaとb。日本、江戸時代。メトロポリタン美術館蔵。山田常嘉斎《八橋蒔絵香合》メトロポリタン美術館蔵

小さな箱である。

長さ九・二センチ、高さ二・七センチ。

香を入れるための器である。

蓋と身に分かれ、番号に枝が付いている。

地は金色である。

細かい金粉を蒔き、その上に漆を塗って研いだものである。

その金の地に、青い花が咲いている。

菖蒲である。

葉が細長く、上へ伸びる。

そして、花のあいだに、細い板が斜めに渡っている。

数枚が、互い違いに並ぶ。

板を渡した橋である。

欄干はない。

橋が、物語の合図になる

この文様には、決まった意味がある。

菖蒲と、板を渡した橋。

この二つが並ぶと、ある古い物語の一場面を指す。

旅の途中で、水の流れが八方に分かれた場所に来る。

そこに板を渡して橋にしてある。

その水辺に菖蒲が咲いている。

そういう場面である。

つまり、橋はここで構造物ではない。

物語の合図である。

見る人は、板と花の組み合わせから、その場面を思い出す。

第十六回で扱った、画面のなかの文字と同じ働きである。

書かれていないことを、読ませる。

そして、この橋は数本の線でできている。

これ以上省くと、橋に見えなくなる。

九点の橋を、形で分ける

九点の橋を、形で分けたい。

石の孔がある橋が、四点。

滝の上の橋、パリの橋、リアルト橋、運河の橋。

木の橋が、二点。

湖の長い橋と、掛軸のなかの橋。

鎖で吊る橋が、一点。

板を渡しただけの橋が、一点。

そして、輪郭の消えた橋が、一点。

形が違えば、画面での働きも違う。

孔のある橋は、枠として使える。

長い木の橋は、線として使える。

板の橋は、記号として使える。

孔の数を、数える

石の橋の孔の数を数えたい。

滝の上の橋は、一つ。

パリの橋は、四つほど。

リアルト橋は、一つ。

運河の橋も、一つ。

そして、霧の橋は、三つか四つ。

孔が一つの橋は、幅が短い。

一跨ぎで渡れる場所に架かる。

孔が多い橋は、幅が広い。

大きな川を渡るには、途中に橋脚が要る。

つまり、孔の数がそのまま川幅を語っている。

そして、画面での見え方も変わる。

孔が一つなら、枠として使える。

孔が並ぶと、リズムになる。

霧の橋では、孔の並びだけが橋の証拠になっている。

輪郭が消えても、孔の間隔は残る。

規則正しく並ぶ暗い部分が、そこに橋があると教える。

石の橋の孔は、構造の必要から生まれた形である。

しかし、画面のなかでは模様として働く。

作った理由と、見えている効果が、一致しない例である。

渡っている人は、何人いるか

前の回の終わりに、人が渡っている橋がいくつあるか、と書いた。

数えると、三点である。

湖の長い橋に、数ミリの人影。

パリの橋の上に、小さな人影。

リアルト橋の上にも、人がいる。

残る六点では、橋の上に人がいない。

滝の上の橋も、掛軸の橋も、鎖橋も、空である。

つまり、橋の三分の二は、渡られていない。

これは、意外ではない。

橋を遠くから見れば、人は小さくて見えなくなる。

そして、橋を主題にする絵では、構造を見せたい。

人が乗っていると、そちらに目が行く。

渡る人を描くかどうかも、選択である。

上に乗るものと、下を通るもの

最後に、橋の上下を整理したい。

橋の上を渡るのは、人と車である。

橋の下を通るのは、水と舟である。

九点のうち、下を舟が通っているのは二点。

パリの橋と、リアルト橋である。

滝が落ちているのが二点。

岩の川が一点。

そして、下が描かれていないものが一点。

橋は、二つの通り道を交差させる構造である。

上下に、別々の道が走る。

その交差が、画面に十字の骨格を作る。

だから、橋のある絵は構図が決まりやすい。

横の線と、縦の水の流れ。

その二つが、画面を四つに分ける。

次の回では、道を見たい。

道は、橋と違って曲がることができる。

そして、曲がることで奥行を作る。

橋を描く角度

九点を、見ている角度で分けたい。

真横から見た橋が、五点ある。

湖の長い橋、霧の橋、パリの橋、鎖橋、そして掛軸の橋。

いずれも、橋の長さが画面に横たわる。

斜めから見た橋が、二点。

リアルト橋と、運河の橋である。

こちらは、橋の厚みと奥行が見える。

正面から見た橋が、一点。

滝の上の橋である。

孔の向こうを覗く角度になる。

そして、真上から見た橋が一点。

香合の文様である。

板を渡した橋を、上から見下ろしている。

四通りの角度がある。

真横から見ると、橋は線になる。

斜めから見ると、立体になる。

正面から見ると、枠になる。

そして真上から見ると、模様になる。

同じ構造物が、見る角度で四通りの図形に変わる。

どの角度を選ぶかは、その絵で橋に何をさせたいかによる。

長さを見せたければ真横。

奥を見せたければ正面。

構造を見せたければ斜め。

意味だけを伝えたければ真上である。

そして、その選択は記録の欄には現れない。

館の記録は、題と寸法と技法を書くだけである。

角度は、画像を見て読み取るほかない。

九点を並べると、その差がはっきり見えてくる。

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