自画像が、四点ある——アリス・パイク・バーニー
表情を主題にした小品

暗い画面である。
女性が横を向き、目を閉じている。
赤い頭巾を深くかぶり、肩まで覆っている。
胸の前で両手を合わせ、指を組んでいる。
首に黒い紐と、小さな飾りが下がる。
背景は暗褐色で、右に細い明るい帯が縦に走る。
祈る姿とも、物思いの姿とも読める。
制作年は記録されていない。
主題も特定されていない。
つまり、人物ではなく状態を描いた絵である。
こうした絵は、当時「情緒の絵」として好まれた。
物語も人物名もなく、雰囲気だけを見せる。
暗い画面に一人を置き、光を顔に集める。
写真の肖像が普及した時代に、絵にできることを探した結果とも読める。
写真と絵の役割分担については別のコラムで扱った。

こちらは明るい画面である。
赤褐色の髪の女性が、半身で描かれている。
淡い黄色の衣で、肩の線が大きく開いている。
顔はやや傾き、目は正面を見る。
頬と唇に赤が置かれ、肌は白く明るい。
背景は薄い黄土色で、筆の跡が残る。
上部に署名がある。
題名に「習作」とあるとおり、細部は仕上げられていない。
衣の描写は数回の筆で済まされている。
描かれた相手の顔ぶれ
肖像の相手にも注目したい。
公開分には、舞踏家、詩人の周辺の人物、家族、そして無名のモデルが含まれる。
つまり芸術の世界の人々を多く描いている。
19世紀末から20世紀初頭には、芸術家同士の肖像が盛んに作られた。
互いに描き合い、贈り合う。名前を残す仕組みでもあった。
一方で、名前の記録されていない肖像もある。
「赤い頭巾の女」のような題名は、モデルの名を伝えていない。
つまり同じ画家の中でも、記録される人と記録されない人が分かれている。
その差は、身分と関係の差である。
肖像は誰の記録かという問いは、常に付いて回る。
六十九点という数
公開されている点数についても書いておきたい。
一人の画家の作品が六十九点も同じ館に揃うのは、多い方である。
当サイトの公開分でも、これほどまとまった例は限られる。
そのおかげで、自画像を四点並べるような比較ができる。
作品が散らばっていれば、同じ検討は難しい。
研究や記事の書きやすさは、収蔵のまとまりに左右される。
まとまって残ることには、それ自体の価値がある。
そして、その価値は寄贈者の判断によって生まれた。
見立て——自画像は、名刺である
まとめておきたい。
この画家は、自分の顔を四度描いた。
小さな表情の絵、鏡を使った実験、道具を示す立ち姿、そして再びパレットの絵。
いずれも「画家である自分」を確かめる作業である。
女性が画家として認められにくい時代に、
自分の姿を繰り返し描くことは、自己の位置づけの作業だった。
そして69点の作品が、まとまって一つの美術館に残っている。
家族からの寄贈によって、散逸を免れたためである。
残るかどうかは、寄贈で決まる
受け入れ記録を見ると、寄贈の年が並んでいる。
1939年、1951年、1952年、1963年、1966年。
つまり複数回にわたって、まとまった寄贈が行われている。
個人の画家の作品が数十点も一館に集まるのは、こうした経緯によることが多い。
逆に、寄贈者を得られなかった画家の作品は散る。
美術館の収蔵品の構成は、作品の質だけで決まるわけではない。
誰が残そうとしたかによって決まっている。
家と、活動の拠点
活動の場についても書いておきたい。
この画家は自邸に画室を構え、そこを人の集まる場所にした。
展示、朗読、演劇の催しが開かれたと伝えられる。
つまり作品を作るだけでなく、場を運営していた。
画家が集まりの場を用意する例は、19世紀末から20世紀初頭に多い。
公的な機関に入りにくい人々が、私邸で場を作る。
女性の画家にとって、それは活動の条件でもあった。
作品の数と同じくらい、場の維持に労力が割かれていたはずである。
暮らしへ——自分の顔を、二通り撮ってみる
最後に、日常に持ち帰れる話をひとつ。
自分の写真を、二通り撮ってみてほしい。
一つは顔だけ。もう一つは、仕事の道具を持った姿。
道具を持つと、写真の意味が変わる。
職業や関心が写り込み、説明が加わる。
百年前の画家がパレットを持って立った理由が、少し分かる。
そして、鏡を使って撮るのも面白い。
正面と横顔が同時に写ると、自分の顔が別人のように見える。
自画像を四点残した画家も、同じ実験をしていた。
飾るなら、自分や家族の肖像は寝室や書斎に向く。
人が集まる部屋に掛けると、視線が集中して落ち着かない。
掛ける場所の考え方は別のコラムにまとめた。
そして、同じ人を十年後にもう一度撮ってみてほしい。
同じ設定、同じ角度、同じ光。二枚を並べると、変化が正確に見える。
四点の自画像が十年の幅を持っていたのも、同じ効果を生んでいる。
記録は、間隔を空けて重ねることで価値が出る。
見る側にできること
最後に、こうした画家の作品をどう見るかを書いておきたい。
作品数が多く、まとまって公開されている画家は、比較に向いている。
自画像を四点並べ、年代順に見る。それだけで発見がある。
一点ずつ鑑賞するより、群として扱うほうが情報が増える。
公開画像の利点は、この群としての扱いにある。








