見たものと、読んだもの——ドラクロワの主題
色を、隣り合わせで置く
色の扱いも確かめたい。この画面では、白い衣のすぐ隣に赤い帯が置かれる。
暗い馬体の隣に、明るい布が来る。強い色を隣接させ、対比で目を引く方法である。
補色の関係を意識した色使いについては、
別のコラムで扱った。
半世紀後の画家が理屈として整理したことを、ここでは感覚として使っている。
出典は、詩である
この場面の出典を確かめたい。題名にあるジャウールとハサンは、
イギリスの詩人バイロンの物語詩に登場する人物である。
つまり、画家が見た場面ではない。読んだ物語から、想像で組み立てた画面である。
19世紀のフランスでは、文学を主題にした絵が数多く描かれた。
読者と観客が同じ物語を知っていれば、絵は説明なしに通じる。
型を共有することの効果は、別のコラムでも扱った。
遠い土地の戦闘
同じ系統の、別の一点を見たい。

縦長の画面である。縦92.5センチ、横74.5センチ。
画面の上部に山があり、頂に城砦らしき建物が立つ。空は青く、雲が白い。
中景の斜面に、騎馬の人物が数人。銃を構え、白い煙が上がる。
手前には倒れた馬と人が重なる。赤、白、青の衣が入り混じる。
つまり、戦闘の直後の場面である。
実見と想像が、混じっている
この画家は、1832年に北アフリカへ旅をしている。外交使節に随行した旅である。
その旅で、多くの素描を残したことが知られている。
つまり、衣装や馬具については観察がある。しかし、この戦闘の場面そのものを見たわけではない。
制作年は1863年で、旅の三十年後にあたる。記憶と素描と想像が、混ざっている。
異国の主題は、どう扱われたか
主題の性格にも触れておきたい。19世紀のヨーロッパでは、北アフリカや西アジアを主題にした絵が流行した。
その背景には、植民地の拡大がある。フランスは1830年からアルジェリアへ侵攻していた。
つまり、絵の流行と軍事の拡大は、同じ時期に起きている。
絵の中の人々が、どう描かれ、どう見られたのか。そこには非対称がある。
植民地の条件を抜きに読めない主題については、
別のコラムでも扱った。
二つの年が記録された一点
制作の事情が複雑な作品もある。

所蔵館の記録は、制作年を二つ記している。1823〜24年と、1835年である。
つまり、着手から完成まで十年以上の間があった。途中で中断し、後年に手を入れたと考えられる。
画面には、川辺に座る二人と、生まれたばかりの子どもが描かれる。
左の人物は赤い布を身にまとい、子どもを抱く。右の人物は身を横たえ、目を伏せる。
背後に川が広がり、岸に小舟が引き上げられている。手前に道具が置かれる。
主題の出典と、扱いの問題
この一点も、文学に由来する。フランスの作家シャトーブリアンの物語が典拠とされる。
描かれているのは、北アメリカの先住民である。ただし、画家は現地を訪れていない。
つまり、読んだ物語と、伝聞と、想像から構成された画面である。
ここで注意したい。この絵は、先住民の生活の記録ではない。
先住民が強制的な移住と暴力にさらされていた時期に、
ヨーロッパの読者に向けて作られた物語の絵である。
記録という言葉の危うさは、別のコラムで扱った。
宗教の主題も、同じ方法で描かれる
主題の幅を見ておきたい。

小舟が、荒れた海に浮かぶ。波が高く、白い泡が舷側で砕ける。
舟の中に人が七、八人。立ち上がる者、櫂を掴む者、うずくまる者がいる。
舳先の近くに、横たわる人物がいる。頭に光の輪が描かれている。
つまり、嵐の中で眠っている場面である。周囲の混乱と、中心の静止が対比される。
背景の空は暗く、遠くに山影が見える。
動と静を、隣に置く
構図の型を整理したい。虎と蛇では、二つの生き物が対峙していた。
戦闘の場面では、動く騎馬と倒れた人物が並ぶ。この一点では、慌てる人々と眠る人物が並ぶ。
いずれも、対比を軸に画面が組まれている。
対比は、この画家が繰り返し使う方法である。色でも同じことが起きる。
眠る人物という主題
主題の型にも触れておきたい。嵐の中で眠るという場面は、聖書の記述にもとづく。
同じ主題を、この画家は複数回描いたことが知られている。
つまり、一度きりの発想ではない。繰り返し試された構図である。
同じ主題を何度も描く方法は、別のコラムでも扱った。
ただし、こちらは条件を変える連作ではない。構図の改良の反復である。