画家を知る

正確さは、何を保証するのか——トマス・イーキンズの解剖と写真

教える人としての側面

もう一点。エイキンズは教育者として大きな影響を残した。

美術学校の教育課程を組み直し、解剖と遠近法を柱に据えた。

石膏像の模写に費やす時間を減らし、生きた人体を描く時間を増やしている。

十九世紀の美術教育が、石膏から人体へ、色よりも形へ、という順序で組まれていたことは別のコラムで扱っている。

彼はその順序自体は守りつつ、中身をより実証的なものに変えた。

解剖学を、実習で学んだ

もうひとつの下ごしらえが、解剖である。

彼はフィラデルフィアの医学校で、解剖の講義と実習に参加した。医学生に混じって、遺体の解剖を行っている。

画家が骨と筋肉を学ぶこと自体は、古くからある。ただし普通は、石膏の模型や図版で学ぶ。

実際に切って確かめた画家は、そう多くない。

理由は想像がつく。手間もかかるし、気持ちのよい作業でもない。

彼がそこまでやったのは、図版を信用しなかったからだろう。

図版は誰かが描いたものである。描いた人の解釈が入っている。

自分の目で確かめなければ、その解釈をそのまま受け継ぐことになる。

この態度は、遠近法の作図とも、写真の利用とも一貫している。

彼が教える側に回ってからは、学生にも同じことを求めた。美術学校で解剖実習を課している。

手術室の絵

その延長線上に、彼の代表作がある。

グロス博士の臨床講義
《グロス博士の臨床講義》1875〜76年。厚紙にインクと水彩。縦60.3センチ、横48.9センチ。大画面の油彩を、複製用に自ら描き直したもの。トマス・エイキンズ《グロス博士の臨床講義》メトロポリタン美術館蔵

ここで注意が必要である。

有名な大画面の油彩は、別の美術館にある。当サイトで公開しているのは、エイキンズ自身が複製用に描き直した縮小版である。

インクと水彩で、白黒の階調に置き換えてある。写真製版で複製することを前提にした画面だ。

内容を見よう。

中央に、白髪の老医師が立つ。手には血のついたメス。額に光が当たっている。

その足元、手術台の上に患者。切開された脚が見えている。

まわりに助手が数人。膝をつき、器具を持ち、傷口を押さえる。

左手前には、顔を覆って身を反らせた人物。患者の縁者だと説明されている。

背景は階段状の座席である。医学生たちがびっしりと並び、身を乗り出して見ている。

手前の床には、手術器具が並べられた箱。刃物が光っている。

白と黒だけの画面だが、階調は細かい。老医師の白髪、シャツの白、開かれた傷口の白。

明るい部分が三か所に配され、視線がそこを順にたどるように作られている。

右下に署名と年記。

この絵は、美術展から落とされた

1876年、アメリカ建国百年の万国博覧会がフィラデルフィアで開かれた。

エイキンズはこの絵を美術部門に出したが、記録によれば受け入れられなかった。

かわりに、医療関係の展示として陳列されている。

理由は主題である。血の付いたメス、切開された身体。当時の観客にとって、これは美術の範囲を超えていた。

同じ博覧会で、風景画家バニスターが受賞し、しかし黒人であるという理由で会場に入れてもらえなかった。別のコラムで扱っている。

同じ年、同じ会場で、別の種類の線引きが起きていたことになる。

いま見ると、この絵が美術として認められなかったことのほうが不思議に思える。

だが当時の基準では、絵画は「見るに堪えるもの」でなければならなかった。

主題の格については、クールベが村の葬式を歴史画の寸法で描いて非難された話が参考になる。別のコラムで扱っている。

エイキンズの場合、問題は格ではなく不快さだった。血と、切開された身体である。

何を描いてよいかの線引きは、時代ごとに引き直される。

写真を、道具として使う

三つ目の下ごしらえが、写真である。

1880年代から、エイキンズは写真を本格的に使いはじめた。

用途はいくつもある。人物の姿勢の記録。風景の資料。そして、運動の分析である。

同じ時期、イギリス生まれの写真家マイブリッジが、連続写真で馬の脚の動きを解明していた。その仕事についてはドガのコラムで扱っている。

エイキンズは、そのマイブリッジがフィラデルフィアで行った研究に協力している。

さらに彼自身も、一枚の乾板に複数の瞬間を重ねて写す装置を工夫した。

歩く人、走る人、跳ぶ人。その連続した位置が、一枚の写真の中に重なって記録される。

写真が、絵を変えたのか

ここで慎重になりたい。

写真を使ったからといって、絵が写真の模写になるわけではない。

エイキンズの絵は、写真そのままではない。構図は組み立てられ、光は整理されている。

写真は、確認のための道具だった。姿勢が物理的に成立しているか、影がどこに落ちるか。

つまり彼にとって写真は、遠近法の作図や解剖の実習と同じ列にある。確かめるための手続きである。

一人乗り艇のジョン・ビグリン
《一人乗り艇のジョン・ビグリン》1873年ごろ。紙に水彩。縦49.1センチ、横63.2センチ。漕ぎ手が櫂を引く瞬間。トマス・エイキンズ《一人乗り艇のジョン・ビグリン》メトロポリタン美術館蔵

漕ぎ手を描いた水彩を見てほしい。

上半身が前へ倒れ、腕が伸びきっている。櫂は水を掻き終えた位置にある。

筋肉の張り方が、この姿勢に対して正しい。背中と腕の緊張が対応している。

解剖を学んだ人の描く身体である。

そして、この水彩の扱いにも注目したい。

水面は、横方向の細い筆を重ねて作られている。舟の映り込みは、そのあいだに置かれた暗い帯である。

背景の岸は、ごく薄い一色で処理されている。

紙の白は、シャツと、水の反射に残されている。

油彩と同じ主題を、まったく違う手つきで描いている。同じ画家の中に、二つの技術が併存していた。