画家を知る

ハチドリと、湿地——マーティン・ジョンソン・ヒード

花だけの絵もある

青いベルベットの上の大輪のマグノリア
マーティン・ジョンソン・ヒード《青いベルベットの上の大輪のマグノリア》1890年ごろ。油彩・画布。縦38.4センチ、横61.5センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。マーティン・ジョンソン・ヒード《青いベルベットの上の大輪のマグノリア》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

横長の画面である。

青いベルベットの布が敷かれ、その上に白い花が横たわっている。

マグノリアである。花弁は厚く、乳白色に淡い影が入る。

葉は濃い緑で、表面に光沢がある。裏は褐色である。

右には枯れた葉と枝が置かれている。

背景は暗く、右上だけがわずかに明るい。

布の襞に沿って、青が濃淡を作る。

つまりこれは静物画である。摘まれた花を布の上に置いている。

生きている植物ではなく、切り取られた花を描いている。

小さな絵の市場

寸法と市場の関係を、もう少し書いておきたい。

公開分の多くは縦横50センチ以下である。

19世紀後半のアメリカの住宅では、この寸法が扱いやすかった。

居間や食堂の壁に掛けられ、値段も抑えられる。

大画面の風景画は、公共の施設や富裕層の邸宅向けである。

つまり寸法は、買い手の家の大きさに合わせて決まる。

画家は市場の住宅事情を知っていたことになる。

判型と住まいの関係は別のコラムでも扱った。

花瓶の絵もある

花瓶の林檎の花
マーティン・ジョンソン・ヒード《花瓶の林檎の花》1867年。板に油彩。縦35.6センチ、横30.5センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。マーティン・ジョンソン・ヒード《花瓶の林檎の花》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

暗い背景に、白い花瓶が置かれている。

花瓶は淡い青灰色で、金色の細い模様が入る。

そこから林檎の枝が伸び、白と桃色の花が広がる。

葉は明るい緑で、輪郭がはっきりしている。

卓の面は赤褐色。手前に落ちた花弁が一枚ある。

右下に署名がある。

大理石の卓上の花瓶に生けた薔薇とヘリオトロープ
マーティン・ジョンソン・ヒード《大理石の卓上の花瓶に生けた薔薇とヘリオトロープ》1862年。板に油彩。縦35.2センチ、横27センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。マーティン・ジョンソン・ヒード《大理石の卓上の花瓶に生けた薔薇とヘリオトロープ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

こちらも花瓶の絵である。

白い磁器の花瓶に、淡い薔薇と紫の小花が生けられている。

薔薇は開いたものと蕾が混じる。

卓は大理石で、灰白色の縞が見える。

手前に小花の一房が落ちている。

左に赤褐色の垂れ布が下がる。

背景は灰緑で、平らに塗られている。

二点とも、板に描かれている。画布ではない。

板は小さな絵に向く支持体である。

板を選ぶ理由は、表面の滑らかさにもある。

画布は織り目があるため、細い線が途切れやすい。

板は目が詰まっているので、花弁の縁のような繊細な描写に向く。

静物や小品では、板が選ばれることが多い。

材料の選択が、描写の細かさを支えている。

板絵の性質については別のコラムで扱った。

同じ画家が、湿地を描く

ここから主題が変わる。

近づく雷雨
マーティン・ジョンソン・ヒード《近づく雷雨》1859年。油彩・画布。縦71.1センチ、横111.8センチ。額込みで縦108センチ、横148.3センチ。メトロポリタン美術館蔵。マーティン・ジョンソン・ヒード《近づく雷雨》メトロポリタン美術館蔵

横長の大画面である。

画面の上半分は黒い雲で埋まっている。

下半分は水面で、こちらもほとんど黒い。

その境目に、細い明るい帯がある。対岸の草地である。

水面には白い帆の小舟が一艘。もう一艘は人が漕いでいる。

手前の岸には、黄色い帽子の男が座っている。犬のような形も見える。

砂と岩、白い布のような形が手前に置かれている。

色数は極端に少ない。黒、灰、砂色、そして帆の白。

嵐の直前の光を、明暗の対比だけで作っている。

制作年は1859年。この画家の初期にあたる。

同じ時期のアメリカでは、大画面の風景画が流行していた。

山、滝、荒野。国土の広さを見せる絵である。

その事情は別のコラムで扱った。

この一点は、その流行の中では異質である。

主題は小さな入り江で、劇的な地形はない。

代わりに、天気そのものを主題にしている。

これは風景画であると同時に、天気の絵である。

湿地の絵が、繰り返される

陽光と影——ニューベリーの湿原
マーティン・ジョンソン・ヒード《陽光と影——ニューベリーの湿原》1871〜1875年ごろ。油彩・画布。縦30.5センチ、横67.3センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。マーティン・ジョンソン・ヒード《陽光と影——ニューベリーの湿原》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

こちらは横に長い。縦30.5センチ、横67.3センチ。

縦横比は一対二を超える。極端な横長である。

画面の下半分は緑の草地で、細い水路が曲がりながら奥へ伸びる。

草地には干し草の山が置かれている。

左に大きな樹が一本。枝が右へ傾いている。

上半分は空である。桃色に染まった雲が横一列に並ぶ。

雲の下端は平らで、上端は丸い。

牛が数頭、小さく点のように描かれている。

マーシュフィールドの眺め
マーティン・ジョンソン・ヒード《マーシュフィールドの眺め》1866〜1876年ごろ。油彩・画布。縦39.1センチ、横76.8センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。マーティン・ジョンソン・ヒード《マーシュフィールドの眺め》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

同じ系統の一点である。

緑の湿地が広がり、干し草の山が三つ、四つ置かれている。

水路が右へ蛇行し、遠くで海に出る。

空は淡い灰白で、雲が薄く広がる。

左に樹の塊。右奥に低い丘。

人はほとんど描かれていない。牛が数頭いる。

ニューベリーポートの草地
マーティン・ジョンソン・ヒード《ニューベリーポートの草地》1876〜1881年ごろ。油彩・画布。縦26.7センチ、横55.9センチ。メトロポリタン美術館蔵。マーティン・ジョンソン・ヒード《ニューベリーポートの草地》メトロポリタン美術館蔵

さらに小さく、さらに横長である。

縦26.7センチ、横55.9センチ。

草地に干し草の山が二つ。水路が細く光る。

空の左半分から、灰色の雨脚が斜めに降りている。

右半分は明るく、雲の隙間から光が差す。

つまり画面の中で、雨と晴れが同時に起きている。

三点を並べると、同じ土地を繰り返し描いていることが分かる。

湿原、水路、干し草、低い空。要素はほとんど同じである。

変えているのは、光と天気と時刻である。

同じ場所を条件だけ変えて描く方法は、
別のコラムで扱った連作の考え方に近い。

ただし、この画家は連作として発表したわけではない。

売れる主題を繰り返したという面も大きいだろう。