画家を知る

最後の一年が、そのまま残った——ケンセット

嵐が去ったあと

もう一点、水平の画面を見たい。

嵐の去り際
ジョン・フレデリック・ケンセット《嵐の去り際》1872年。油彩・画布。縦28.9センチ、横62.2センチ。メトロポリタン美術館蔵。ジョン・フレデリック・ケンセット《嵐の去り際》メトロポリタン美術館蔵

さらに細長い。縦28.9センチ、横62.2センチ。縦横比は一対二・二である。

上部に灰色の雲が厚く垂れる。その下端は水平に切れる。

雲の下に、明るい空の帯が覗く。

水面は淡い青緑で、ほとんど波がない。

帆船が四、五隻、小さく浮かぶ。手前に小舟が一艘。

つまり、嵐が過ぎた直後の静けさが主題である。

帆船は、大きさの物差し

人と物の役割も見ておきたい。この画面の帆船は、数ミリの大きさである。

しかし、それがあることで水面の広さが測れる。

人物のいない風景でも、何か一つ、大きさの分かるものが要る。

同じ役目については、別のコラムでも触れた。

出来事の、あとを描く

主題の選び方に触れておきたい。嵐そのものではなく、去ったあとを描いている。

激しい場面より、その前後を選ぶ。

同じ選択は、別のコラムでも扱った。

動きを描かないことで、時間が止まって見える。

岩と水の一点

主題の幅も見ておきたい。

ニューポートの岩
ジョン・フレデリック・ケンセット《ニューポートの岩》1872年。油彩・画布。縦78.7センチ、横121.9センチ。メトロポリタン美術館蔵。ジョン・フレデリック・ケンセット《ニューポートの岩》メトロポリタン美術館蔵

公開分では最も大きい部類である。縦78.7センチ、横121.9センチ。

画面の右に、大きな岩の塊がある。赤褐色と灰色が混ざり、上面に草が生える。

その左は水である。青緑色で、水面が滑らかである。

岩の姿が、水面に映っている。輪郭は崩れず、色だけが暗くなる。

奥に低い陸地が横たわり、その上に淡い雲が浮かぶ。

海辺の町という条件

場所についても触れておきたい。題名にあるニューポートは、海沿いの町である。

19世紀後半には、避暑地として知られるようになった。

つまり画家は、人が集まる場所を描いている。しかし画面に、施設も人も描かれていない。

何を描かないかという選択が、風景の性格を決めている。

反射を、そのまま描く

反射の描き方を見たい。この水面には、波がほとんどない。

だから、映った像がほぼ完全な形で残る。

風があれば、反射は縦に伸びて崩れる。

つまり、反射の形が風の強さを示している。

同じ観察は、別のコラムでも扱った。

湿地の一点

内陸の主題も見ておきたい。

十月の湿地
ジョン・フレデリック・ケンセット《十月の湿地》1872年。油彩・画布。縦47センチ、横77.5センチ。メトロポリタン美術館蔵。ジョン・フレデリック・ケンセット《十月の湿地》メトロポリタン美術館蔵

草地が広がる。色は黄土と褐色で、秋の枯れ色である。

中央に水たまりがあり、空を映す。

右奥に木立が茂る。緑と赤褐色が混ざり、紅葉の途中だと分かる。

左には低い茂みが続き、遠くに水面が光る。

空は灰白色で、雲が広く覆う。

湿地という主題

主題の位置づけも書いておきたい。湿地は、名所ではない。

崇高な山でも、有名な滝でもない。日常の風景である。

そうした場所を主題に選ぶ画家は、19世紀後半に増えていく。

名所ではない場所を描く選択については、
別のコラムでも扱った。

季節が、色で示される

色の使い方を確かめたい。この画面には、鮮やかな赤も黄もない。

しかし、草の黄土色と葉の褐色で、十月だと分かる。

つまり季節は、彩度の低い色で示されている。

紅葉を強調しない選択である。

小さな一点

寸法の幅も見たい。

レイク・ジョージ、1872年
ジョン・フレデリック・ケンセット《レイク・ジョージ、1872年》1872年。油彩・画布。縦25.7センチ、横34.3センチ。額を含めて縦44.8センチ、横53.3センチ、厚さ7センチ。メトロポリタン美術館蔵。ジョン・フレデリック・ケンセット《レイク・ジョージ、1872年》メトロポリタン美術館蔵

小さい。縦25.7センチ、横34.3センチ。

湖が画面の下半分を占める。水面は淡い青で、静かである。

左に山が横たわる。緑褐色で、頂は丸い。

右手前に岩と細い枝が突き出す。

空は明るく、白い雲が横に散る。

額を含めると、44.8×53.3センチになる。画面の三倍近い面積である。

額の記録

寸法の記載にも触れておきたい。この小品には、額を含む寸法が併記されている。

画面25.7×34.3センチに対し、額込みで44.8×53.3センチ。

額の幅は、片側十センチ近い。小さな絵に、太い額が付いている。

小さな絵ほど額の割合が大きくなる点は、
別のコラムで扱った。

縦長の習作

構図の違うものも見ておきたい。

ブナの習作
ジョン・フレデリック・ケンセット《ブナの習作》1872年。油彩・画布。縦37.5センチ、横26.4センチ。メトロポリタン美術館蔵。ジョン・フレデリック・ケンセット《ブナの習作》メトロポリタン美術館蔵

縦長の画面である。縦37.5センチ、横26.4センチ。

太い幹が三本、画面を縦に貫く。樹皮は灰白色で、斑が入る。

葉は暗い緑で、細かい筆が重なる。

幹の間から、明るい水面が覗く。

地面は暗く、下端はほとんど黒い。

題名に「習作」とある。つまり、記録の側が習作と明示している。

記録の語が、区別している

ここは重要である。同じ1872年の群でも、「習作」と書かれた作品がある。

つまり、館の側で区別が試みられている。

その根拠は、画面の仕上がりや、画家の手控えだと考えられる。

いずれにせよ、区別は記録の中にある。画面だけでは決まらない。