美術史・技法

道具が、その人の仕事を示す——トムソン・コルヴィッツ・ホイッスラーほか九点

若い公達と大工
窪俊満《若い公達と大工》19世紀。館の記録では、木版の摺物。紙に墨と色。21.1×18.4センチ。番号はJP1999。メトロポリタン美術館蔵。窪俊満《若い公達と大工》メトロポリタン美術館蔵

横長に近い版画である。

右上に、文字が数行ある。

その左に、大きな人物が座る。

淡い緑と白の衣を重ねる。

衣には、丸い模様が散る。

黒い被り物をつける。

体が大きく、衣が広がる。

その手前に、小さな人物がいる。

赤い衣を着て、前かがみになる。

低い台に向かい、手を動かしている。

台の上に、道具がある。

床には、木の板らしいものが置かれる。

二人の大きさが、はっきり違う。

座る人は、画面の半分を占める。

働く人は、その三分の一ほどである。

これは、身分の差を示す描き方だと考えられる。

大きく描かれる者が上、小さく描かれる者が下。

第十三回で、頭の高さの差を扱った。

跪く話では、高さが関係を示していた。

ここでは、大きさが関係を示している。

ただし、これはこちらの見立てである。

館の記録は、題に二人を並べるだけである。

外で働く

働く農夫と漁師
フランチェスコ・グアルディ《働く農夫と漁師》18世紀。館の記録では、黒チョークの上にペンと褐色のインク。紙全体9×12.1センチ。番号は1953.261。クリーヴランド美術館蔵。フランチェスコ・グアルディ《働く農夫と漁師》クリーヴランド美術館蔵

前の回の同じ作者の素描は、25.9×36.8センチだった。

こちらは9×12.1センチしかない。

面積で比べると、九分の一ほどである。

小さな紙に、七、八人を描き込んでいる。

一人あたりに使える面積は、ごくわずかだ。

だから、線が数本で済まされる。

九点でいちばん小さい一点である。

縦9センチ、横12.1センチ。

名刺ほどの大きさだ。

その中に、人が七、八人いる。

一人の高さは、二センチ足らずである。

左に、二人がしゃがむ。

中央に、立って腕を伸ばす人がいる。

右に、長い棒を持つ人がいる。

さらに右に、身をかがめる人。

線は速く、途切れがちである。

顔は描かれていない。

背景も、ほとんどない。

前の回で、この作者の別の素描を見た。

行列の話で扱った一点も、人物が極端に小さかった。

同じ人の手である。

小さく、速く、多くを描く。

この描き方が、この作者の習慣らしい。

畑で働く女たち
ウィンスロー・ホーマー《畑で働く女たち》1867年。館の記録では、板に油彩。17×32.2センチ。額を含めて30.5×45.5×4.5センチ。番号は1992.315。クリーヴランド美術館蔵。ウィンスロー・ホーマー《畑で働く女たち》クリーヴランド美術館蔵

横長の小さな板絵である。

縦17センチ、横32.2センチ。

画面の下半分は、褐色と赤茶の地面である。

上のほうに、緑の茂みがある。

その手前に、人物が四人いる。

いずれも、身をかがめている。

一人は、こちらへ背を向ける。

赤い被り物が見える。

もう一人は、黄色い被り物をつける。

顔は、どれも描かれていない。

絵具は厚く、筆の跡が残る。

館の記録によれば、この作者はある年にフランスへ渡った。

そして、パリと、地方の村で過ごしたという。

これは館の記述である。

第十五回で、この作者の水彩を見た。

動く体の話で扱った跳ねる魚と、同じ人の作である。

働く人の絵は、いつ増えたか

九点の年を並べたい。

いちばん古いのは、十五世紀の版画である。

そこでは、働く人は序列の一段だった。

次が十八世紀の素描と摺物。

そして、残る六点は十九世紀と二十世紀に集まる。

つまり、九点のうち三分の二が、この二百年のものである。

これは、選び方の偏りかもしれない。

だが、働く人が絵の主題になったのは新しい、とよく言われる。

それ以前は、物語や信仰や肖像が中心だった。

働く人は、その背景に小さく描かれる。

九点でも、古い三点では人が小さいか、役割として描かれている。

十九世紀以降の六点では、働く人が画面の中心にいる。

そして、題も職業名になる。

「鍛冶屋」「石灰焼き職人」「働く女」。

その人が何者かではなく、何をしているかが題になる。

館の記録は、そこには何も書かない。

書かれるのは、題と、技法と、寸法である。

こちらで言えるのは、九点の年が偏っている、ということだけだ。

そして、その偏りは在庫の偏りでもある。

未使用の在庫は、十九世紀の作品が多い。

とくに版画と写真がそうである。

第十八回でも、同じ偏りに触れた。

集まる九点は、在庫の形に左右される。

働く人を、彫刻にする

《地獄の門》を制作するロダン
エミール・アントワーヌ・ブールデル《地獄の門を制作するロダン》1910年。館の記録では、ブロンズ。全体68.3×26.1×36.2センチ。番号は1943.291。クリーヴランド美術館蔵。エミール・アントワーヌ・ブールデル《《地獄の門》を制作するロダン》クリーヴランド美術館蔵

この像の作者は、彫刻家の助手を務めた人である。

館の記録は、そこまでは書いていない。

書かれているのは、題と、材料と、寸法である。

題に、作られている作品の名が入っている。

つまり、館は二人の彫刻家の関係を題で示している。

金属の像である。

高さ68.3センチ。

男が立っている。

厚い上着を着て、髭を伸ばす。

顔は下を向く。

その前に、大きな塊がある。

塊の面には、小さな人物の形が浮き出ている。

何人もいる。

男は、両手をその塊に置いている。

作業の途中である。

台は、四角い石のような形をしている。

表面は粗く、指の跡が残る。

これは、彫刻を作る人を彫刻にした一点である。

そして、作られている作品そのものも、像の中にある。

つまり、二重の構造になっている。

第四回で、自分を描く例を扱った。

自画像の話では、鏡が必要だった。

こちらは、他人が作っている。

同じ職業の人が、その仕事の姿を作る。

作る手つきを知っている人にしか作れない像である。