道具が、その人の仕事を示す——トムソン・コルヴィッツ・ホイッスラーほか九点
疲れた顔

九点の最後は、顔だけの一点である。
暗い青の背景に、人物の頭と肩がある。
髪は明るく、後ろへ流れる。
顔は正面に近い。
目は、こちらを見ている。
目の下が暗い。
口は閉じられ、口角が下がる。
首から下は、青い布で覆われる。
肩の線は、なだらかである。
輪郭は、はっきりしない。
背景の青と、衣の青が近い。
館の記録によれば、この作者は版画を選んだ。
安く作れて、広く行き渡るからだという。
そして館は、この人物の視線と姿勢について書いている。
まっすぐな視線と、疲れた姿勢だと記録は述べる。
これは館の見解である。
こちらで確かめられるのは、目の下が暗い、ということまでだ。
九点のうち、道具が写っていないのはこの一点だけである。
働く人でありながら、働いていない。
題に「働く女」とあるだけである。
つまり、職業は記録の語からしか分からない。
第二回で、こちらを見る顔を数えた。
視線の話では、目が合うのは半分だった。
この回では、目が合うのはこの一点だけである。
働く姿勢は、前かがみである
九点の姿勢を数えた。
前かがみになっているものが六点である。
台に向かう職人、畑の四人、素描の農夫たち。
そして、市場でしゃがむ人。
これは、仕事の性質から来ている。
手を使う仕事は、対象が体より低い位置にある。
だから、体を折る。
立ったまま手を伸ばす例は、二点しかなかった。
籠を頭に載せる人と、槌を振り上げる人である。
どちらも、体より高い位置に対象がある。
そして、その二点は姿勢が伸びている。
つまり、対象の高さが姿勢を決める。
これは、絵の中では大きな違いになる。
前かがみの体は、丸い輪郭になる。
背中が弧を描き、頭が下がる。
伸びた体は、縦の線になる。
九点を並べると、丸い形と縦の形が混じっている。
第十四回で、横たわる体の輪郭を扱った。
横たわる話では、体の折れ方が姿勢を示していた。
働く姿も、折れ方で読める。
そして、前かがみの六点では、顔が見えにくい。
うつむいているからである。
顔が描かれていた四点のうち、三点は姿勢が伸びていた。
姿勢と、顔の見え方が対応している。
誰が、働く人を描いたか
九点の作者を見ると、いずれも働く人ではない。
絵を描く人、彫る人、写真を撮る人である。
つまり、外から見た記録である。
これは、当たり前のことでもある。
働いている人には、描く時間がない。
そして、道具も要る。
版画なら、版と刷り機が必要になる。
だが、この当たり前のことが、絵の性格を決めている。
九点のうち、働く人と目が合う一点だけが例外だった。
そちらでは、描かれた人がこちらを見ている。
見られていることを、その人が知っている。
残る八点では、働く人はこちらを見ていない。
見られていることに気づいていないか、気にしていない。
写真の一点でも、視線はこちらへ来ない。
籠を運ぶ人は、手元を見ている。
第二回で、こちらを見る顔を数えた。
肖像では、目が合うことが前提だった。
働く姿の記録では、目が合わないことが前提になる。
見られていると分かれば、手が止まるからだ。
館の記録は、そこには触れていない。
だが、視線を数えると、その差がはっきり出る。
九点を並べて、数えられたこと
道具か荷物が写るのは八点。
写らないのは一点である。
働いている場所を数えた。
屋内が三点、屋外が四点、判別できないものが二点。
働く人の大きさも数えた。
画面の半分以上を占めるものが三点。
三分の一ほどが二点。
十分の一以下が四点である。
つまり、半分近くは小さく描かれている。
顔が描かれているのは四点だけだった。
残る五点では、顔がないか、判別できない。
材料も数えた。
紙が六点、板が一点、金属が一点、写真が一点。
紙の六点のうち、版画が五点である。
記録に書かれていないこと
館の記録は、職業を題に書く。
九点のうち、六点で職業が分かる。
労働者、鍛冶屋、石灰焼き、職人、大工、農夫と漁師。
そして、働く女という語が一点。
つまり、記録は仕事を名指す。
第七回でも書いたが、動詞や職業名は記録に載りやすい。
だが、その人の名前は残らない。
九点のうち、名前が分かる人物は一人だけである。
彫刻を作っている人だ。
その人は、有名な彫刻家だった。
つまり、名前が残るのは、働く人としてではない。
作品を残した人としてである。
もう一つ、記録が書かないことがある。
賃金と、労働の時間である。
例外は、写真の一点だけだった。
そこでは、館が働き方の説明を書いていた。
写真は記録として撮られ、記録として説明されている。
絵の八点には、そうした説明がない。
働く場所の名も、多くは書かれない。
題に地名が入るのは、市場の写真だけである。
画像から場所が読めるのは、三点だけだった。
市場と、畑と、屋根のある作業場である。
残る六点は、どこで働いているか分からない。
背景が省かれているか、暗く沈んでいるためである。
そして、その仕事がいつのものかも、たいてい書かれない。
季節も、時刻も、記録には載らない。
例外は、写真の一点だけだった。
そこでは、仕事が午前五時前に始まると書かれていた。
これは、写真に写っていないことである。
画面からは、朝か昼かも分からない。
屋根の下は、光が均一だからだ。
つまり、館の記録は画面の外の事実を足している。
そういう記録は、九点のうち一点しかなかった。
残る八点では、画面に見えることがすべてである。
次の回は、運ぶという行為を見る。
荷物と、それを持つ体の関係を数えたい。










