美術史・技法

祈りは、膝の高さで示される——趙光輔・エル・グレコ・デューラーほか九点

祈りを描いた九点を数えると、五点で人が膝をついていた。立ったまま祈る人は一人もいない。手の形は絵ごとに違うが、体の高さを下げることだけは共通している。二点には祈る人がおらず、建物だけが画面に残っていた。

シヴァ神礼拝の夜の情景(表)
ムハンマド・リザーヴィー・ヒンディー《シヴァ神礼拝の夜の情景(表)》クリーヴランド美術館蔵

夜の庭で、花輪を捧げる

小さな細密画である。

シヴァ神礼拝の夜の情景(表)
ムハンマド・リザーヴィー・ヒンディー《シヴァ神礼拝の夜の情景(表)》1760年から70年ごろ。館の記録では、紙にガム・テンペラと金。画のみで14.5×11.1センチ。番号は2013.350.a。クリーヴランド美術館蔵。ムハンマド・リザーヴィー・ヒンディー《シヴァ神礼拝の夜の情景(表)》クリーヴランド美術館蔵

画のみで14.5×11.1センチしかない。

手のひらに載る。

周りに、赤と金の枠がある。

画面の上は、夜空である。

空は濃い灰色である。

金の星が、点で置かれる。

細い月が、左のほうに出る。

背景は、暗い丘である。

丘の上に、小さな建物が並ぶ。

手前は、平らな床である。

床は灰色で、広い。

画面の中央に、女がいる。

女は膝をつく。

体は横向きである。

顔は右を向く。

髪は長く、背に垂れる。

衣は黄緑で、細かい模様がある。

首と腕に、飾りがある。

額には、しるしが描かれる。

館の記録では、粉で付けた印である。

両手を、前へ差し出す。

手には、花の輪がある。

その先に、低い台がある。

台の上に、丸い石が立つ。

石には、橙色の跡がある。

館の記録では、塗られた粉の跡だという。

台の脇に、小さな器が並ぶ。

館の記録では、粉と、水と、灯りである。

粉は、額のしるしにも使われた。

橙色と、黄色の二種がある。

水は、石を洗うためのものだという。

小さな水差しに入っている。

灯りは、澄ませた乳の油で灯す。

館は、そこまで記録している。

道具は、どれも小さい。

画面の中で、数ミリしかない。

それでも、一つずつ描き分けられている。

台の上には、花も置かれる。

香りのある花だという。

夜の庭に、灯りと花と粉が並ぶ。

祈りに要るものが、そこに揃っている。

祈りは、九つの場所に現れる

このコラムでは、祈りの絵を九点並べる。

九点は、館も年代も技法も違う。

細密画があり、巻物があり、油彩があり、木版がある。

写本があり、写真もある。

共通するのは、館の記録に礼拝か祈りの語があることだけである。

数えるのは、手の形と、膝の位置である。

香炉を、両手で差し出す

二点目は、長い巻物である。

仏を礼拝する異国の王侯
趙光輔《仏を礼拝する異国の王侯》十世紀。館の記録では、巻子・絹本着色。画の部分は28.6×103.5センチ。番号は1957.358。クリーヴランド美術館蔵。趙光輔《仏を礼拝する異国の王侯》クリーヴランド美術館蔵

横に長い画面である。

画の部分は28.6×103.5センチある。

高さの三倍以上の幅がある。

絹は褐色に変わる。

線は細く、色は淡い。

画面の右から、行列が始まる。

館の記録では、十五人が続く。

先頭に、一人の人物がいる。

頭には、羽根を挿した被り物がある。

両手を、前へ伸ばす。

手には、香炉がある。

香炉を、前方へ差し出している。

その先に、仏がいる。

仏は、蓮の座に坐る。

両脇に、弟子が二人立つ。

さらに外に、天の王が二人いる。

行列の人たちは、みな顔立ちが違う。

館の記録では、装いも土地ごとに違うという。

館は、そこに広がりの意味を読む。

そして、こうも説明する。

これは宮廷に来た使者たちの姿に基づく。

当時、外から来た人はそう呼ばれた。

館の記録は、後の時代の跋文も引く。

仏の像は家々にあり、見る者は敬いを起こす。

古今の画家を分ける必要はない、という文である。

書いたのは、後の時代の高名な人である。

館の記録は、その名も記している。

巻物には、跋文を含めると長さが六メートルを超える。

絵の部分は、その六分の一ほどである。

残りは、後から書かれた文字である。

所蔵の印も、いくつも押される。

王家の蔵にあった時期もある。

館の記録は、その来歴を並べている。

絵を見るたびに、人が言葉を足してきた。

礼拝の絵に、礼拝の記録が重なっている。

差し出された香炉は、その最初にある。

夜の小屋に、光が差す

三点目は、油彩である。

羊飼いの礼拝
エル・グレコ《羊飼いの礼拝》1605年から10年ごろ。館の記録では、油彩・カンヴァス。144.5×101.3センチ。番号は05.42。メトロポリタン美術館蔵。エル・グレコ《羊飼いの礼拝》メトロポリタン美術館蔵

縦長の画面である。

144.5×101.3センチある。

画面は暗い。

上には、天使がいる。

天使は、渦を巻いて上がる。

体は細長く、引き伸ばされる。

布は赤と黄である。

画面の中央下に、幼子がいる。

幼子は白い布の上に横たわる。

光は、そこから出ているように見える。

周りは、その光を受ける。

幼子の右に、女が跪く。

衣は青と赤である。

両手を、胸の前で合わせる。

左には、男たちがいる。

一人は膝を折る。

一人は両腕を広げる。

一人は、手を胸に当てる。

顔は、いずれも幼子へ向く。

奥に、牛の頭が見える。

上の暗がりには、太い柱がある。

輪郭は、どこも震えている。

体の縦は、実際より長い。

館の記録では、この画面には後から布が足されている。

上下に、細い帯が付け加えられた。

そのぶん、寸法が大きくなる。

足す前は、144.5×101.3センチである。

光の出どころも、変わっている。

窓も、灯りもない。

幼子そのものが、光源になっている。

だから、下から上へ影が伸びる。

顔は、みな下から照らされる。

上の天使は、その光の外にいる。

暗がりの中で、色だけが浮く。

夜の場面として描かれている。

円い板の中で、人が跪く

四点目は、円い板絵である。

東方三博士の礼拝
ラッファエッロ・ボッティチーニに帰属《東方三博士の礼拝》1495年ごろ。館の記録では、テンペラ・板。径は104.2センチ。番号は1937.997。シカゴ美術館蔵。《東方三博士の礼拝》シカゴ美術館蔵

円い画面である。

径は104.2センチある。

館の記録では、額を含めると127センチになる。

画面の中央に、建物がある。

白い柱が、何本も立つ。

柱の上に、丸い屋根がある。

崩れかけた壁もある。

その中に、女が座る。

膝に、幼子がいる。

女の前に、男が跪く。

男は、頭を下げる。

手は、幼子の足のあたりにある。

その後ろに、二人が立つ。

一人は、器を持つ。

一人は、こちらを向く。

周りに、二十人以上いる。

馬と、犬もいる。

奥は、青い空と岩山である。

左には、天使が飛ぶ。

人は小さいが、一人ずつ描き分けられる。

円い画面なので、四隅がない。

上下の端は、細くなる。

そこに、空と地面が置かれる。

円い板絵は、部屋に掛けるための形である。

館の記録では、額を含めて127センチになる。

人の背丈に近い大きさである。

建物の描き方も見ておきたい。

柱は白く、装飾が細かい。

壁は崩れ、草が生えている。

新しい建物ではない。

古い建物の中で、場面が起きている。

館の記録では、この絵は帰属である。

作者は、確定していない。

ある画家の子とされる人の名が挙がる。

記録は、その但し書きを残している。

版の中で、王が膝をつく

五点目は、木版である。

東方三博士の礼拝
アルブレヒト・デューラー《東方三博士の礼拝》1501年から03年ごろ。館の記録では、木版。紙は29.8×21.1センチ。番号は1959.99.12。クリーヴランド美術館蔵。アルブレヒト・デューラー《東方三博士の礼拝》クリーヴランド美術館蔵

縦長の紙である。

紙は29.8×21.1センチある。

線は黒く、太さが変わる。

白と黒だけでできている。

画面の中央に、石の門がある。

門は大きく、崩れている。

その上に、木の梁が渡る。

奥に、階段と柱が見える。

門の下に、女が座る。

膝に、幼子がいる。

その前に、男が跪く。

男は冠を脱ぐ。

冠は、地面に置かれる。

手には、器がある。

後ろに、二人が立つ。

一人は、杖を持つ。

一人は、器を掲げる。

左のほうに、供の人たちがいる。

上には、屋根の梁が組まれる。

梁は、細かい線で描かれる。

右上に、星が輝く。

星は、光の線を放つ。

館の記録では、これは八枚組の一枚である。

物語が、順に並んでいたという。

告知から始まり、生まれ、そして王たちが来る。

最後は、遠い土地での暮らしである。

館は、その順序を説明している。

木版という技法にも触れておきたい。

黒い線は、彫り残した部分である。

白い部分は、彫り落とされている。

細い線を残すのは、難しい。

梁の格子も、屋根の草も、線で描かれる。

色は一色しかない。

それでも、石と木と布が描き分けられる。

線の向きと、密度だけで質感が変わる。

祈る人の衣も、線の束でできている。

頁の上に、祈りの言葉が並ぶ

六点目は、写本である。

時祷書の二折丁一対:東方三博士の礼拝と聖母の戴冠
ブシコーの画家《時祷書の二折丁一対:東方三博士の礼拝と聖母の戴冠》1415年ごろ。館の記録では、羊皮紙にインク、テンペラ、金。一葉は16.8×12.7センチ。番号は1955.79。クリーヴランド美術館蔵。ブシコーの画家《時祷書の二折丁一対:東方三博士の礼拝と聖母の戴冠》クリーヴランド美術館蔵

小さな頁である。

一葉は16.8×12.7センチある。

紙は羊皮紙で、淡い黄色である。

頁の大部分は、文字である。

行は、まっすぐ並ぶ。

文字は黒と赤である。

行の頭に、金の飾りがある。

四隅には、細い蔓が伸びる。

蔓には、金の点が並ぶ。

頁の中ほどに、小さな絵がある。

絵は四角く、青い枠がある。

大きさは、頁の四分の一もない。

一方には、跪く人がいる。

その前に、女と幼子がいる。

もう一方には、二人が並ぶ。

一人が、もう一人に冠を載せる。

いずれも、数センチの画面である。

館の記録では、これは家で使う祈りの本である。

聖職者でない人のためのものだという。

日々の祈りと、折々の祈りが載る。

死や、病や、戦や、旅の祈りである。

館は、そう説明している。

この絵は、正午の祈りの始まりに置かれる。

もう一方は、寝る前の祈りに置かれる。

時刻ごとに、絵と祈りが対応している。

館の記録では、こうした本には決まった構成がある。

そのうえで、注文に応じて中身を変えられた。

館は、そう説明している。

二折丁とは、二つ折りの紙のことである。

開けば、四頁ぶんになる。

この一対は、その形で残っている。

本から外された状態である。

本文の途中で、切れている。

前後の頁は、どこにあるか分からない。

素描の中で、天使が取り囲む

七点目は、素描である。

聖人と天使に礼拝される復活のキリスト
ジョルジョ・ヴァザーリ《聖人と天使に礼拝される復活のキリスト》1566年から68年。館の記録では、黒チョーク、ペンと茶インク、白の高光、茶の下地の紙に。紙は41.9×26.5センチ。番号は1991.43。クリーヴランド美術館蔵。ジョルジョ・ヴァザーリ《聖人と天使に礼拝される復活のキリスト》クリーヴランド美術館蔵

縦長の紙である。

紙は41.9×26.5センチある。

紙は褐色に塗られている。

線は、その上に引かれる。

明るい部分は、白で描かれる。

画面の上に、男が立つ。

体は裸に近い。

筋肉が、はっきり描かれる。

両腕は、左右に開く。

顔は、こちらを向く。

その周りに、天使が集まる。

天使は十人以上いる。

雲の中に、重なって浮かぶ。

画面の下に、人が並ぶ。

数人が跪く。

一人は、両手を合わせる。

一人は、上を見上げる。

館の記録では、これは祭壇画のための下絵である。

注文主に見せるための、仕上げた素描だという。

館は、姿勢の由来にも触れる。

ある大画家の壁画の姿を、写しているという。

そして、姿勢を少し変えている。

館の記録は、そこまで書いている。

この画家は、著述でも知られる。

画家たちの伝記を書いた人である。

その本で、ある大画家を最高の例として称えた。

館の記録は、その関係を指摘する。

姿勢を写すのは、敬意の示し方でもある。

下絵の目的も、記録にある。

注文主に、完成の形を見せるためである。

だから、細部まで仕上げてある。

白の高光は、絵具の明るさを示す。

褐色の地は、中間の明るさを担う。

三つの調子で、油彩の効果を予告している。

実際の祭壇画は、この後に描かれた。

礼拝堂の中に、人が小さく立つ

八点目は、油彩である。

ケンブリッジ、キングズ・カレッジ礼拝堂
デイヴィッド・ロバーツ《ケンブリッジ、キングズ・カレッジ礼拝堂》1837年。館の記録では、油彩・カンヴァス。額の内側で69.8×55.8センチ。スミソニアン・アメリカ美術館蔵。デイヴィッド・ロバーツ《ケンブリッジ、キングズ・カレッジ礼拝堂》スミソニアン協会蔵

縦長の画面である。

額の内側で69.8×55.8センチある。

画面のほとんどは、建物である。

石の壁が、画面の上まで伸びる。

窓は縦に長い。

窓の上には、細かい石の飾りがある。

飾りは、いくつも重なる。

壁の面は、黄褐色である。

光は、右から当たる。

左の壁は、影になる。

画面の下に、石段がある。

段は、横に広い。

その上に、人がいる。

人は数人である。

黒か赤の服を着る。

大きさは、壁の高さの十分の一もない。

顔は分からない。

一人は、扉のほうへ歩く。

扉は、左の奥にある。

祈っている人は、描かれていない。

館の記録では、題は礼拝堂である。

祈る場所であって、祈る人ではない。

画面の作りも、それに沿う。

視点は、低い位置にある。

そのため、壁が高く見える。

窓の上端は、画面に入らない。

切れているぶん、高さが想像される。

人を小さく描くのも、同じ効果を持つ。

比べるものがあると、大きさが分かる。

数人の人影は、そのために置かれている。

館の記録には、制作年しかない。

この画家は、建物の絵を多く描いた。

各地の建築を、繰り返し記録している。

この一点も、その仕事の一つだろう。

写真の中に、大きな礼拝堂がある

九点目は、写真である。

デリー、ジャーマー・マスジド北面の眺め
サミュエル・ボーン《デリー、ジャーマー・マスジド北面の眺め》1863年から70年。館の記録では、鶏卵紙。番号は2024.5.29。クリーヴランド美術館蔵。サミュエル・ボーン《デリー、ジャーマー・マスジド北面の眺め》クリーヴランド美術館蔵

館の記録に、寸法の記載はない。

横長の写真である。

全体が褐色である。

画面の上のほうに、大きな建物がある。

建物は横に長い。

中央に、丸い屋根が見える。

左右に、細い塔が立つ。

塔は高く、先が尖る。

建物の下は、長い階段である。

手前は、開けた地面である。

地面は白く、乾いている。

低い塀と、小さな建物がある。

右のほうに、家並みが続く。

屋根は平らである。

画面の中ほどに、白い点がある。

動物らしい。

人は、ほとんど写らない。

数人が、遠くにいる。

館の記録では、これは五十枚の写真帖の一枚である。

山の町から、いくつもの都市へ移る構成だという。

そして、こうも書く。

主要な建物の写真は、貴重な記録である。

二十世紀の修復より前の姿だからである。

写真の技法についても、書いておきたい。

鶏卵紙は、卵白を塗った紙である。

表面が滑らかで、細部がよく残る。

この一枚でも、塔の彫りまで見える。

遠くの家並みの窓も、数えられる。

空が白いのは、明るさの差のためである。

当時の感光材は、青い光に強く反応した。

そのため、空は白く飛ぶ。

雲は、ほとんど写らない。

人が少ないのも、理由がある。

露光に時間がかかるからである。

動く人は、像として残らない。

残るのは、動かない建物と地面だけである。

数えてみると

九点を並べ直す。

祈っている人が描かれるのは、七点である。

膝をついているのは、五点である。

花輪を捧げる女、羊飼い、二人の王、素描の聖人たちである。

手を合わせているのは、二点である。

両手で物を差し出しているのは、二点である。

香炉と、花輪である。

祈る人がいないのは、二点である。

礼拝堂の絵と、写真である。

どちらも、建物だけが写る。

もう一つ数える。

祈りの相手が描かれるのは、六点である。

仏が一点、幼子が三点、復活の姿が一点である。

石の形が、一点である。

相手が描かれないのは、三点である。

技法でも数える。

油彩が三点、紙の絵が三点である。

絹の絵が一点、羊皮紙が一点、写真が一点である。

年でも並べる。

十世紀が一点、十五世紀が三点である。

十六世紀が一点、十七世紀が一点である。

十八世紀が一点、十九世紀が二点である。

九百年の幅がある。

人数でも分かれる。

一人だけが一点、数人が三点である。

十人以上が四点、ほとんど無人が一点である。

祈る人の数は、絵によってまったく違う。

同じなのは、膝の高さだけである。

さらに数える。

九点のうち、屋内が三点、屋外が四点である。

残る二点は、その境目である。

門の下と、崩れた建物の中である。

祈りの本については、本を持つで扱った。

言えることと、言えないこと

言えるのは、祈りが膝で示されるということである。

九点のうち五点で、人が膝をついていた。

立ったまま祈る人は、一人もいない。

手の形は、絵によって違う。

合わせる手、差し出す手、広げる腕がある。

しかし、膝は同じである。

高さを下げることが、祈りの形になっている。

言えないのは、祈りの絵に必ず人がいるという話である。

九点のうち二点には、祈る人がいなかった。

礼拝堂の絵には、歩く人が数人いるだけである。

写真には、建物と地面しか写らない。

それでも、館の記録は祈りの語で呼ぶ。

場所の名が、行いの名を引き受けている。

祈りの場所については、寺と社で扱った。

最後に、はじめの一枚へ戻る。

夜の庭で、女は膝をついていた。

差し出した手の先に、石が立つ。

石には、粉の跡があった。

祈りの跡は、石のほうに残る。

九点を数え終えて残るのは、その跡である。

祈りは消えるが、塗られた粉は画面に残る。

香炉の煙も、跡としては描かれない。

描かれるのは、器と、手と、膝である。

九点はどれも、そこで止まっていた。

祈りそのものは、形を持たない。

形を持つのは、そのために使う道具である。

道具と姿勢だけが、画面に残る。

残ったものから、行いを読むしかない。

館の記録も、そこを手がかりにする。

粉の跡と、器の中身と、手の位置である。

九点は、その読み方の見本でもある。

見えないものを、見えるもので確かめる。

館の記録が細かいのは、そのためだろう。

粉の色まで書き留められていた。

祈りの絵は、道具の絵でもある。

道具は残り、行いは消える。

残ったものだけを、九点は並べていた。

膝の高さと、手に載る器である。

それが、九百年を通じて変わらなかった。

姿勢は、どの土地でも読める形である。

読める形だけが、長く残る。

九点は、その残り方を示していた。

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