同じ型で、違う日を描く——シスレーの道
災害を、絵にする
主題の性格にも触れておきたい。洪水は、住む人にとっては被害である。
しかし画面には、悲惨さが強調されていない。人は舟で移動し、水面は静かである。
つまり、災害の記録というより、変わった風景として描かれている。
この距離の取り方をどう読むかは、見る側に委ねられている。
所蔵館の記録も、解釈までは書いていない。
雪が、道を白くする
季節の主題も見たい。

雪が薄く積もった風景である。
右手前に、細い木の枝が大きく張り出す。葉はなく、枝先に雪が乗る。
その下に低い柵が続く。木の杭が斜めに並ぶ。
中景に道があり、人物が二人。荷車らしきものも見える。
奥に家が数軒。屋根が白く、壁は灰褐色である。
空は淡い灰緑で、地面との明暗差が小さい。
空の面積
構図の比率も確かめておきたい。この一点では、空が画面の上半分を占める。
先に見た街路の絵でも、空はほぼ半分である。
つまり空の広さは、この画家の画面でも大きい。ただし、17世紀オランダの風景ほど極端ではない。
地平線の高さは、画面の中ほどか、やや下である。
土地の条件と、選んだ構図の両方が働いている。
雪は、白ではない
色の扱いに触れておきたい。この画面の雪は、純白ではない。
灰色、薄い青、淡い桃色が混ざっている。影の部分は、明らかに青みが強い。
つまり、雪の白は周囲の光を映した色として描かれている。
白を白のまま塗らない方法は、別のコラムでも扱った。
冬の街路
雪の主題を、もう一点見たい。

こちらは街路である。手前から奥へ、雪の道が伸びる。
左に建物の壁が立ち上がる。窓が並び、屋根に雪が積もる。
道の中央は、通行によって雪が踏み荒らされている。褐色の地面が覗く。
人物が四、五人。黒い衣で、輪郭だけが示される。
右奥には低い建物が続き、その先に木立が見える。
空は灰青色で、雲の切れ目がない。
冬の色
色をもう一度見たい。この冬の街路では、白、灰、褐色が中心である。
しかし、よく見ると建物の壁に淡い黄が入り、影に青が置かれる。
無彩色に見える画面でも、実際には色が使われている。
雪の絵が単調に見えないのは、この微差のためである。
十九年後の、同じ構造
年代を比べたい。1872年の街路と、1891年の街路。
十九年の差がある。しかし構造はほとんど同じである。
道が奥へ伸び、左に建物、右に開けた空間。人物は小さく、空が画面の上半分を占める。
つまり、この画家は同じ型を長く使い続けている。
変わったのは、筆の細かさと色の置き方である。
田舎の道
場所を変えた一点も見たい。

並木の道である。細い木が等間隔に並び、上部で枝を交わす。
木の幹は画面を縦に区切る。その隙間から、奥の景色が見える。
左に赤い屋根の建物がある。壁は白く、窓が小さい。
道には人が二人。奥へ向かって歩いている。
地面は明るい黄土色で、草が両脇に生える。
葉は緑で、光を受けた部分が明るい。夏の場面である。
季節が、筆を変える
筆の跡も比べておきたい。夏の並木の場面では、葉が短い筆の集まりで描かれる。
冬の街路では、面を広く塗る筆が使われる。雪面には、大きな刷きの跡が残る。
つまり主題によって、筆の動かし方が変わっている。
季節は色だけでなく、描き方そのものを変えている。
縦の線と、横の広がり
構図の型を整理したい。並木の幹は垂直の線である。
道は奥へ伸びる斜めの線である。地平線は水平の線である。
三種類の線が、画面の中で組み合わされている。
垂直の要素が画面を締める働きは、
別のコラムでも扱った。
森の道
もう一点、木の多い場面を見たい。

木立の中の道である。左に細い道が奥へ曲がる。
手前左に、日傘を持つ人物が小さく立つ。白い傘が、暗い緑の中で目を引く。
木は密で、葉が幾層にも重なる。緑、黄緑、暗い青緑が混ざる。
右奥に空が覗く。淡い青と白の雲である。
地面には草が生え、点のような筆で描かれる。
日傘という小道具
人物の持ち物にも触れたい。森の道の一点では、白い日傘が描かれる。
暗い緑の中で、白は強く目立つ。面積は小さいのに、視線を集める。
つまり日傘は、画面の中で目印として働いている。
同じ効果は、別のコラムで見た赤い傘にもあった。
筆の跡が、見えている
技法にも触れておきたい。葉の部分は、短い筆の跡の集まりである。
一筆ごとに色が違い、混ぜ合わされていない。
離れて見ると、それが緑の茂みになる。近づくと、色の点に分解する。
色を混ぜずに並べる方法については、
別のコラムで扱った。
シスレーの場合は、点ではなく短い刷きである。方法の系統は近い。