作品を知る

止まった画面で、動きをどう示すか——ホーマー・キルヒナー・劉節ほか九点

サーカスのレスラーたち
エルンスト・ルートヴィッヒ・キルヒナー《サーカスのレスラーたち》1909年。館の記録では、布に油彩。80.5×94センチ。額を含めて107.5×121×7センチ。番号は1966.49。クリーヴランド美術館蔵。エルンスト・ルートヴィッヒ・キルヒナー《サーカスのレスラーたち》クリーヴランド美術館蔵

明るい色の画面である。

床は、黄と緑と赤で塗り分けられる。

中央に、二つの体が絡み合う。

一方は桃色、一方は青である。

どちらが誰の体か、判別しにくい。

腕と脚が交差する。

顔は、黒い点として置かれる。

周囲に、黒い塊が並ぶ。

観客らしい。

輪郭線はなく、面と面が接する。

筆は太く、絵具が厚い。

館の記録は、この作り方を書いている。

ゆるい筆で、動く体のぶれをとらえたという。

そして館は、叫ぶ観客に囲まれた場面を想像するよう促す。

これは館の書き方である。

こちらで確かめられるのは、体の輪郭が定まっていない、ということだ。

先の八点と、動きの示し方が違う。

形をはっきり描いて、姿勢で動きを示すのではない。

形そのものを崩している。

動いているものは、見えにくい。

その見えにくさを、そのまま描いている。

動きの語があっても、動いていない

二代目坂田半五郎の相撲取り
一筆斎文調《二代目坂田半五郎の相撲取り》1770年ごろ。館の記録では、木版画。紙に墨と色。高さ28.6センチ、幅13.5センチ。番号はJP1227。メトロポリタン美術館蔵。一筆斎文調《二代目坂田半五郎の相撲取り》メトロポリタン美術館蔵

縦長の版画である。

一人の人物が立つ。

上半身は裸で、肩と腕が太い。

腕を胸の前で組む。

下は、模様のある衣をつける。

足は素足で、大きく開く。

顔は正面を向き、眉が太い。

背景は、薄い色で塗られる。

右下に、文字と印がある。

題には、力士を演じる役者とある。

つまり、これは組み合う競技を扱った一点である。

だが、画面の中では動いていない。

立って、腕を組んでいるだけである。

これは、役者絵の型である。

芝居の一場面ではなく、その役の姿を見せる。

見得を切った姿勢を、そのまま止める。

第十九回で、扱った役者絵も同じだった。

動きの語で拾った九点のうち、この一点だけが静止している。

そして、この一点があることで、逆に分かることがある。

動きを示すには、姿勢を崩さなければならない。

まっすぐ立って腕を組めば、どんな主題でも止まって見える。

動きを示す、五つの方法

九点から読めた方法を、整理しておきたい。

一つ目は、位置を不自然にすることである。

魚を水の上に置く。

馬の四本の脚を、地面から離す。

そこにあり続けられない位置に置けば、次の瞬間が想像される。

二つ目は、体を曲げることである。

まっすぐな体は止まって見える。

曲げると、伸びる方向が生まれる。

魚のくねりが、その典型だ。

三つ目は、布を使うことである。

体の後ろへ布を流せば、前へ進んでいると読める。

風の向きが、進む向きの裏返しになる。

四つ目は、段階を並べることである。

同じ動作の違う瞬間を、複数の人物に割り当てる。

狩りの一点では、馬の脚の形が全部違っていた。

狼追いの一点では、四十人以上の姿勢が全部違う。

一枚の中に、時間の幅を作っている。

五つ目は、形を崩すことである。

輪郭をぼかし、面を重ねる。

見えにくさそのものを描く。

九点のうち、これを選んだのは一点だけだった。

そして、この五つは組み合わせて使える。

狩りの一点では、位置と段階の両方が使われている。

逃げる場面では、布と体の曲げが使われている。

一つの方法だけで済ませている作品は少ない。

動く体は、どこを見ているか

視線も数えた。

こちらを見ているのは、止まっている一点だけである。

役者絵の力士が、正面を向く。

残る八点では、人物や動物が別の方向を見ている。

走る先を見るか、追う相手を見るか。

これは当然でもある。

動いているなら、行き先を見なければならない。

そして、その視線の向きが、動きの向きを補強する。

魚の二点は、口が進む向きを向く。

狩りの馬は、全部が同じ方向を向く。

逃げる一点では、担ぐ男が前を見て、老人が後ろを見る。

一つの塊の中で、向きが割れている。

館の記録は、そこには触れていない。

だが、この向きの割れが、場面の緊張を作っている。

第十九回で、視線の抜ける先を扱った。

動きのある絵では、視線と進行方向がふつう一致する。

一致しないとき、そこに何かがある。

九点を並べて、数えられたこと

動いているのは八点。

止まっているのは一点である。

動きの示し方を数えた。

あるはずのない場所に置く。

これが二点。

どちらも魚である。

体をねじる、あるいは曲げる。

これが五点。

衣を後ろへ流す。

これが三点。

多数を並べて、違う段階を見せる。

これが二点。

輪郭を崩す。

これが一点。

複数を組み合わせている作品も多い。

材料も数えた。

紙が六点、布が一点、絹が一点、焼き物が一点。

版画が三点、素描が二点である。

記録に書かれていないこと

館の記録は、動きの速さを書かない。

走っているのか、歩いているのかも、題に頼るしかない。

九点のうち、題に動きの語が入るのは七点だった。

跳ねる、走る、逃れる、争う、組み合う。

いずれも動詞である。

第七回でも書いたが、動詞にできることは記録に載りやすい。

手の話では、手の行為が題に入っていた。

姿勢や向きは、動詞にしにくい。

だから記録に載らない。

動きは、動詞になる。

だから載る。

記録の欄は、言葉にしやすいものを拾い、しにくいものを落とす。

九点は、そのことをはっきり示している。

そして、動きの向きも記録に載らない。

右へ走るのか、左へ走るのかは書かれない。

九点を数えると、右向きが四点、左向きが三点だった。

残る二点は、向きが定まらない。

組み合う二人と、大勢が入り乱れる一点である。

向きが決まらないのは、動きが打ち消し合うからだ。

次の回は、人体の習作そのものを見る。

動きも姿勢も、そこで練習されている。

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