作品を知る

紫は、青と赤のあいだで揺れる——ブリオーニ・ターナー・ルンゲほか九点

混ぜて作る色なので、配合しだいでいくらでも位置が変わる。九点のうち四点は青に寄り、二点は赤に寄っていた。そして二点では、題の紫と画面の色が一致しない。赤や黄では、ここまでの揺れは起きなかった。揺れることを引き受けた色の記録である。

聖フランチェスコと聖ジョヴァンニ・グアルベルトのいる玉座の聖母子
ベネデット・ブリオーニ《聖フランチェスコと聖ジョヴァンニ・グアルベルトのいる玉座の聖母子》クリーヴランド美術館蔵

明るい青を背に、紫の衣が立つ

大きな浮き彫りである。

全体で174×96×27センチある。

上部は半円のアーチで、下に台座が付く。

中央に、女性が玉座に座っている。

その膝の上に、裸の幼子が立つ。

幼子は体をひねり、母の衣をつかむ。

女性の外衣は、深い青である。

肩から膝へ、大きく流れる。

その内側に着ている衣が、紫である。

胸のあたりと、膝の下に見えている。

色は赤みを帯びた鈍い紫で、青とはっきり分かれる。

左には、褐色の修道服の人物が立つ。

右にも、同じ褐色の衣の人物が立ち、十字の杖を持つ。

背景は明るい青である。

その上部に、翼のある小さな頭が三つ浮かぶ。

顔と手だけは、釉がかかっていない。

聖フランチェスコと聖ジョヴァンニ・グアルベルトのいる玉座の聖母子
ベネデット・ブリオーニ《玉座の聖母子と二聖人》1510年から20年ごろ。館の記録では、釉をかけたテラコッタ。全体は174×96×27センチ。番号は1921.1180。クリーヴランド美術館蔵。ベネデット・ブリオーニ《聖フランチェスコと聖ジョヴァンニ・グアルベルトのいる玉座の聖母子》クリーヴランド美術館蔵

館の記録では、聖人はそれぞれ持ち物で見分けられる。

そして館は、色の対比を書き出している。

聖人たちの褐色の衣、聖母の紫の衣、そして人物の肌の色。

それらが、明るい青の背景と強く対比しているという。

さらに館は、乾いた一行を添えている。

この珍しい紫の色調は、この作り手に特有のものである。

館の記録は、そう書いている。

前の回で緑が揺れることで効くことを見た。

同じ作り手の別の浮き彫りでは、緑が衣の裏地になっていた。

こちらでは、紫が内側の衣になっている。

つまりこの人は、青の下に置く色を二通り持っていた。

そして館は、この技法の位置づけも書いている。

釉をかけたテラコッタは丈夫で、しかも装飾になる。

この作の輝く白は、教会の暗がりの中でよく目立ったはずだという。

そしてこの技法は、ある画家によって広まり、高価な大理石の彫刻の代わりとして流行した。

館の記録は、そう説明している。

つまり紫も青も、石を彫るかわりに焼いて得た色である。

大理石なら、色は石の色しかない。

焼き物なら、色は選べる。

高さ174センチという大きさも、一度で焼けるものではない。

部分ごとに焼き、組み上げている。

紫は、誰の色か

この一点を出発点に、紫の使われた九点を数えていく。

紫は、作るのが難しい色だった。

貝からとる染料は高価で、限られた人しか使えなかった。

そして絵の具としては、青と赤を混ぜて作ることが多い。

混ぜて作る色は、片方が褪せると別の色になる。

先に言ってしまうと、九点のうち、紫が広い面として使われているのは三点である。

三点では、紫は光や輝きとして現れる。

そして三点では、紫は画面になく、名前と題の中にある。

数えていくと、この色が持ち主を選ぶ色であったことが見えてくる。

白と紫が、細長い紙に交互に咲く

二点目は、細長い版画である。

白と紫の菖蒲
葛飾北斎《白と紫の菖蒲》1800年代初め。館の記録では、多色木版。紙は70.5×19.8センチ。番号は1943.6。クリーヴランド美術館蔵。葛飾北斎《白と紫の菖蒲》クリーヴランド美術館蔵

きわめて細長い紙である。

70.5×19.8センチある。

高さは幅の三倍を超える。

地の色は、淡い桃色に近い。

下から上へ、細い葉が幾本も立ち上がる。

葉は剣のように真っ直ぐで、先が尖る。

その葉のあいだに、花が咲いている。

花びらは垂れ下がり、縁が波打つ。

色は白と、薄い紫である。

二色が交互に配されている。

紫のほうは、花びらの中心に濃い筋が入る。

白い花には、黄色い筋がある。

上のほうには、まだ開かない蕾がある。

左下に、署名がある。

館の記録は、題と技法と寸法しか書いていない。

題には、白と紫という二つの色の名が並ぶ。

つまりこの一枚は、色の取り合わせを主題にしている。

木版では、色ごとに版木を彫る。

白い花は、刷らずに紙の色を残せばよい。

紫の花のためには、版木が一枚要る。

つまり白は無料で、紫には手間がかかる。

判型についても見ておきたい。

幅19.8センチの細長い紙は、柱に掛けるために作られた。

花の茎が縦に伸びる主題は、この形によく合う。

上から下まで、葉が画面を貫く。

そして地の色が刷られているので、白い花は地の上に浮かぶ。

もし地を刷らなければ、白い花は紙と区別がつかない。

つまり白を見せるために、まわりを刷る必要がある。

無料に見える白も、地の色があって初めて色になる。

霧そのものが、紫である

三点目は、水彩である。

ルツェルン湖から見たフリューレン
ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー《ルツェルン湖から見たフリューレン》1845年。館の記録では、水彩とグワッシュ、掻き落とし。紙は29.2×47.9センチ。番号は1954.129。クリーヴランド美術館蔵。ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー《ルツェルン湖から見たフリューレン》クリーヴランド美術館蔵

横長の紙である。

29.2×47.9センチある。

画面の中央から上へ、明るい黄が渦を巻く。

光の中心らしい。

その両側は、灰色と紫がかった靄である。

靄は輪郭を持たず、紙の上で滲んでいる。

左には、山の稜線がかすかに見える。

右にも、暗い岸が続く。

画面の下は、水である。

水面には、上の光が縦に伸びて映る。

その水の上に、小さな舟が数艘浮かぶ。

舟の中には、人影が点として置かれている。

岸のあたりにも、小さな人影が並ぶ。

館の記録では、作者は晩年にこの水彩を作った。

小さな町と、その揺らめく影を、菫色の靄の中から描き出したという。

そして、この作は数度の夏の旅のあいだに作られた、入念な一群に属する。

渦を巻く光が自然の大きさを示し、日々の暮らしを送る人々の姿が、その広大さの中に現実を思い出させる。

館の記録は、そう読んでいる。

つまりここでの紫は、形を持たない。

靄という、輪郭のないものの色である。

九点のうち、紫が輪郭を持たないのは、この一点である。

この画家と先行する画家の関係については、ターナーとロランで扱った。

水彩という画材も、この靄に関わっている。

紙に水を含ませ、色を落とすと、輪郭がひとりでに広がる。

止めようとしなければ、色は勝手に混じり合う。

紫は、青と赤が紙の上で出会っても生まれる。

つまり混色は、絵の具の皿の中だけで起きるのではない。

そして館は、この一群がある批評家に夕日の素描と呼ばれたことも書いている。

主題ではなく、作者の生涯の終わりを指した呼び方だという。