紫は、青と赤のあいだで揺れる——ブリオーニ・ターナー・ルンゲほか九点
混ぜて作る色なので、配合しだいでいくらでも位置が変わる。九点のうち四点は青に寄り、二点は赤に寄っていた。そして二点では、題の紫と画面の色が一致しない。赤や黄では、ここまでの揺れは起きなかった。揺れることを引き受けた色の記録である。

明るい青を背に、紫の衣が立つ
大きな浮き彫りである。
全体で174×96×27センチある。
上部は半円のアーチで、下に台座が付く。
中央に、女性が玉座に座っている。
その膝の上に、裸の幼子が立つ。
幼子は体をひねり、母の衣をつかむ。
女性の外衣は、深い青である。
肩から膝へ、大きく流れる。
その内側に着ている衣が、紫である。
胸のあたりと、膝の下に見えている。
色は赤みを帯びた鈍い紫で、青とはっきり分かれる。
左には、褐色の修道服の人物が立つ。
右にも、同じ褐色の衣の人物が立ち、十字の杖を持つ。
背景は明るい青である。
その上部に、翼のある小さな頭が三つ浮かぶ。
顔と手だけは、釉がかかっていない。

館の記録では、聖人はそれぞれ持ち物で見分けられる。
そして館は、色の対比を書き出している。
聖人たちの褐色の衣、聖母の紫の衣、そして人物の肌の色。
それらが、明るい青の背景と強く対比しているという。
さらに館は、乾いた一行を添えている。
この珍しい紫の色調は、この作り手に特有のものである。
館の記録は、そう書いている。
前の回で緑が揺れることで効くことを見た。
同じ作り手の別の浮き彫りでは、緑が衣の裏地になっていた。
こちらでは、紫が内側の衣になっている。
つまりこの人は、青の下に置く色を二通り持っていた。
そして館は、この技法の位置づけも書いている。
釉をかけたテラコッタは丈夫で、しかも装飾になる。
この作の輝く白は、教会の暗がりの中でよく目立ったはずだという。
そしてこの技法は、ある画家によって広まり、高価な大理石の彫刻の代わりとして流行した。
館の記録は、そう説明している。
つまり紫も青も、石を彫るかわりに焼いて得た色である。
大理石なら、色は石の色しかない。
焼き物なら、色は選べる。
高さ174センチという大きさも、一度で焼けるものではない。
部分ごとに焼き、組み上げている。
紫は、誰の色か
この一点を出発点に、紫の使われた九点を数えていく。
紫は、作るのが難しい色だった。
貝からとる染料は高価で、限られた人しか使えなかった。
そして絵の具としては、青と赤を混ぜて作ることが多い。
混ぜて作る色は、片方が褪せると別の色になる。
先に言ってしまうと、九点のうち、紫が広い面として使われているのは三点である。
三点では、紫は光や輝きとして現れる。
そして三点では、紫は画面になく、名前と題の中にある。
数えていくと、この色が持ち主を選ぶ色であったことが見えてくる。
白と紫が、細長い紙に交互に咲く
二点目は、細長い版画である。

きわめて細長い紙である。
70.5×19.8センチある。
高さは幅の三倍を超える。
地の色は、淡い桃色に近い。
下から上へ、細い葉が幾本も立ち上がる。
葉は剣のように真っ直ぐで、先が尖る。
その葉のあいだに、花が咲いている。
花びらは垂れ下がり、縁が波打つ。
色は白と、薄い紫である。
二色が交互に配されている。
紫のほうは、花びらの中心に濃い筋が入る。
白い花には、黄色い筋がある。
上のほうには、まだ開かない蕾がある。
左下に、署名がある。
館の記録は、題と技法と寸法しか書いていない。
題には、白と紫という二つの色の名が並ぶ。
つまりこの一枚は、色の取り合わせを主題にしている。
木版では、色ごとに版木を彫る。
白い花は、刷らずに紙の色を残せばよい。
紫の花のためには、版木が一枚要る。
つまり白は無料で、紫には手間がかかる。
判型についても見ておきたい。
幅19.8センチの細長い紙は、柱に掛けるために作られた。
花の茎が縦に伸びる主題は、この形によく合う。
上から下まで、葉が画面を貫く。
そして地の色が刷られているので、白い花は地の上に浮かぶ。
もし地を刷らなければ、白い花は紙と区別がつかない。
つまり白を見せるために、まわりを刷る必要がある。
無料に見える白も、地の色があって初めて色になる。
霧そのものが、紫である
三点目は、水彩である。

横長の紙である。
29.2×47.9センチある。
画面の中央から上へ、明るい黄が渦を巻く。
光の中心らしい。
その両側は、灰色と紫がかった靄である。
靄は輪郭を持たず、紙の上で滲んでいる。
左には、山の稜線がかすかに見える。
右にも、暗い岸が続く。
画面の下は、水である。
水面には、上の光が縦に伸びて映る。
その水の上に、小さな舟が数艘浮かぶ。
舟の中には、人影が点として置かれている。
岸のあたりにも、小さな人影が並ぶ。
館の記録では、作者は晩年にこの水彩を作った。
小さな町と、その揺らめく影を、菫色の靄の中から描き出したという。
そして、この作は数度の夏の旅のあいだに作られた、入念な一群に属する。
渦を巻く光が自然の大きさを示し、日々の暮らしを送る人々の姿が、その広大さの中に現実を思い出させる。
館の記録は、そう読んでいる。
つまりここでの紫は、形を持たない。
靄という、輪郭のないものの色である。
九点のうち、紫が輪郭を持たないのは、この一点である。
この画家と先行する画家の関係については、ターナーとロランで扱った。
水彩という画材も、この靄に関わっている。
紙に水を含ませ、色を落とすと、輪郭がひとりでに広がる。
止めようとしなければ、色は勝手に混じり合う。
紫は、青と赤が紙の上で出会っても生まれる。
つまり混色は、絵の具の皿の中だけで起きるのではない。
そして館は、この一群がある批評家に夕日の素描と呼ばれたことも書いている。
主題ではなく、作者の生涯の終わりを指した呼び方だという。