馬は、人を高くするための台になる——デューラー・カルル・ヴェルネ・ナダールほか九点
乗馬服の女が、馬なしで立つ
七点目にも、馬がいない。

極端に縦長の画面である。
高さ198.2センチに対し、幅は63.5センチしかない。
背景は暗く、上へ行くほど黒くなる。
その中に、女がひとり立っている。
黒い上着と長い黒の裾を身に着けている。
裾は床まで届き、後ろへ少し流れている。
首もとには白い襟がのぞく。
頭には黒い帽子をかぶり、飾りが上へ立っている。
顔はやや右を向き、目は正面を見ている。
そして右手に、細い鞭が握られている。
鞭は下へ垂れ、輪になった先が腰の高さにある。
この鞭だけが、題の「乗馬」を示している。
馬も、鞍も、厩も描かれていない。
館の記録は、題と材料と寸法だけを書いている。
だから、この人がこれから乗るのかどうかも分からない。
支度をした、という題が示すのは、まだ乗っていないということである。
画面の縦横の比も効いている。
高さは幅の三倍を超える。
人がひとり立つだけで、画面はほとんど埋まる。
馬を入れる余地は、はじめから作られていない。
つまり構図の段階で、馬は外されている。
外したうえで、鞭だけを残した。
一本の鞭が、描かれていない獣の全体を引き受けている。
白馬は、将軍を高く持ち上げる
八点目は、乗っている人がはっきり主役の一点である。

明るい水色の空を背に、白馬が一頭立っている。
前脚の片方を高く上げ、後ろ脚で立ち上がりかけている。
たてがみは白く、風になびいて広がる。
尾も長く、地面近くまで垂れる。
馬具は黄色と赤で描かれている。
胸帯には金色の飾りが点々と並ぶ。
鞍の下には赤い布が敷かれ、縁に金の線が入る。
その背に、青い上着の男が座っている。
三角帽をかぶり、右手を帽子の縁に上げている。
髪は白く、後ろで束ねられている。
顔は正面を向き、口を結んでいる。
地面は黄緑で、平らに塗られている。
館の記録では、作者は「アメリカ、19世紀」とだけ記される。
名前は分かっていない。
制作は1835年かそれ以降で、描かれた人物が没して久しい時期にあたる。
つまりこれは、実際に見て描かれた肖像ではない。
馬の脚の上げ方も、はじめに見たインドの一葉とよく似ている。
止まったまま前脚を上げる姿勢が、身分の高さを示す型として使われている。
台の上の馬は、模型かもしれない
最後の一点は、小さなブロンズである。

黒く光る小さな馬である。
高さは15センチほどしかない。
四本の脚はすべて地面に着いている。
首は太く、頭がわずかに下がる。
たてがみは短く刈られている。
尾は途中で切れたように短く、後ろへ跳ねる。
体の表面は滑らかで、筋肉の起伏だけが浅く残る。
鞍も手綱も付いていない。
乗る人もいない。
館の記録では、この一点は入手の直後、ある皇帝の騎馬記念像の原型として発表された。
しかし近年の研究者は、その結び付きに疑いを持っているという。
馬の頭の作り方と、蝋のような全体の感触から、別の作者に近いと考えられている。
館の記録は、そう書いている。
つまりこの馬は、誰の手によるかがまだ定まっていない。
そして、記念像の原型だったのかどうかも定まっていない。
はっきりしているのは、乗る人がいないということだけである。
数えてみると
九点を並べ直す。
人が馬に乗っているのは、四点である。
インドの貴族、デューラーの婦人、写真の男、そして白馬の将軍。
馬だけが描かれているのは、三点である。
中庭の馬、男の後ろの馬、そして台の上のブロンズ。
そして二点には、馬がいない。
槍を受ける甲冑と、鞭を持つ女の肖像である。
もう一つ数えておく。
九点のうち、馬が走っている場面は一点もない。
前脚を上げて止まる姿が二点、四本の脚で立つ姿が四点である。
残りは首だけ、あるいは馬そのものがいない。
速さで知られる獣が、絵の中では止まっている。
言えることと、言えないこと
言えるのは、馬が「高さ」を作るために使われているということである。
デューラーの版画では、女が馬上にいることが力の配置になっていた。
白馬の将軍では、上げた前脚がさらに人を高く見せていた。
写真でさえ、男は壁より高い位置に座っていた。
九点のうち四点で、馬は人を持ち上げる台になっている。
言えないのは、馬がつねに従属していたという話である。
中庭の一頭も、台の上のブロンズも、乗る人を持たなかった。
鞍だけが置かれ、手綱は垂れていた。
馬は乗られるために描かれ、そして乗られないままでも描かれる。
最後に、いない二点へ戻る。
甲冑は、馬に乗らなければ重すぎる。
乗馬服の女は、鞭だけを持って立っている。
どちらも、馬がいることを前提にした形をしている。
形だけが残り、獣が抜けている。
九点を数え終えて残るのは、その抜けた場所のほうである。








