馬は、人を高くするための台になる——デューラー・カルル・ヴェルネ・ナダールほか九点
九点の馬を数えると、走っている馬は一頭もいなかった。前脚を上げて止まるか、四本の脚で立つか、首だけを見せるか。そして二点には馬がいない。槍を受ける甲冑と、鞭だけを持つ乗馬服の肖像である。速さで知られる獣が、絵の中では止まっている。

白い馬が、前脚を上げて止まっている
薄い茶色の紙に、馬と人が一組だけ描かれている。
馬は白い。
体は横向きで、頭が画面の右を向いている。
首は太く弓なりに曲がり、たてがみが黒く長く垂れている。
前脚の片方が高く持ち上げられ、蹄が宙で止まっている。
もう一方の前脚はまっすぐ地面に立つ。
後ろ脚は二本とも踏ん張り、尾は黒く床まで届いている。
馬具は赤と黄で描かれている。
胸の前には赤い房が三つ下がる。
腹には黄色い帯が回され、その縁に細かい模様が入る。
鞍の上に、男がひとり座っている。
濃い髭をたくわえ、頭には巻いた布をかぶる。
上着は白く、腰に緑の帯を締めている。
右手には細い槍のようなものを立てて持つ。
左手は手綱を握り、腕がわずかに引かれている。
背景には何も描かれていない。
地面の線すら引かれていない。

館の記録では、これはインドの西部で描かれた騎馬の肖像である。
札には「男性」と「馬」の二語が並ぶ。
画面は22×30.5センチしかない。
葉書を二枚並べたほどの紙に、馬と人が一組だけ置かれている。
背景がないので、この馬がどこにいるのかは分からない。
分かるのは、馬が止まっていることと、脚が上がっていることである。
前脚を上げたまま静止するというのは、実際の馬にはできない姿勢である。
歩けば脚は次の一歩へ動き、立てば四本とも地面に着く。
つまりこの馬は、動きの途中の一瞬を切り取ったのではない。
はじめから、そういう姿勢の型として描かれている。
馬具の赤と黄も、実際の色というより、画面を分ける色として置かれている。
白い体、黒いたてがみ、赤い房、黄色い帯。
四つの色だけで、馬と人と装いが区別されている。
背景を描かないことも、その区別を助けている。
紙の色の上に、必要な形だけが並んでいる。
騎馬像という形式
この一葉を出発点に、馬の絵を九点数えていく。
馬は、人が乗る獣である。
乗るという一点で、ほかの家畜と扱いが違ってくる。
人を高い位置に持ち上げ、その人を見上げさせる。
だから馬の絵は、しばしば人の身分の絵になる。
先に言ってしまうと、九点のうち、人が馬に乗っているのは四点である。
馬だけが描かれているのは三点。
そして二点には、馬が一頭もいない。
いないのに、馬の存在が画面の中心にある。
前の回で犬の絵がたいてい人の絵であることを見た。
馬の場合は、人の絵であることがもっと露骨になる。
馬に乗るのは、婦人のほうである
二点目は、十五世紀末のエングレーヴィングである。

縦長の画面である。
右に馬が立ち、その背に女が横向きに座っている。
女は裾の長い服を着て、両脚を左側にそろえている。
頭には大きな羽根飾りの付いた帽子をかぶる。
右手には旗の付いた長い棒を立てて持つ。
顔は下を向き、左にいる男を見ている。
男は地面に立っている。
短い上着に、片脚ずつ色の違う脚衣を着ている。
腰には剣を下げ、両手を前で合わせている。
顔は上を向き、女を見上げている。
背景には湖と、遠くの町が描かれる。
画面の下には、作者の組み合わせ文字が置かれている。
館の記録では、この画面は一見すると宮廷風の恋の場面に見える。
貴族の女と歩兵が、別れの一瞬を分け合っている。
しかし記録は、その先を読む。
若い男の姿勢と武器は、たしかに男らしさを示す。
一方で、女の身分は高く、馬上にいるという位置も上にある。
それは女が男に対して持つ権威を暗示していると記録は書く。
さらに、女がかぶっている帽子は当時の女性の装いではない。
恋人である男の装いに属するものだという。
相手の服を身に着けることと、男の指先のためらいと、うつむいた眼差し。
そこに役割の入れ替わりが起きている、と館の記録は読む。
つまり、この恋の場面で力を持っているのは女のほうである。
馬に乗っているのが誰かということが、そのまま力の配置になっている。
そしてこの版画では、馬の描き方そのものも念入りである。
首の筋、腹の張り、脚の関節が、細い線を重ねて彫られている。
とくに前脚の付け根には、影の線が密に入っている。
馬の体は、女の服の襞よりも細かく彫られている。
つまり彫りの手間は、人よりも馬に多くかけられている。
にもかかわらず、館の記録が読むのは人の関係である。
馬は、その関係を成り立たせるための高さとして扱われている。
彫りの密度と、読まれ方が一致していない。
馬から降りた男と、乗らない馬
三点目では、人は地面にいる。

縦長の画面である。
背景の左には、日に焼けた土壁が立つ。
右奥には空が広がり、雲が薄く流れる。
画面の中央に、男が座っている。
白い長衣をまとい、頭に布を巻き、赤い帯を締めている。
顔は髭に覆われ、目は伏せられている。
両手は膝の上で組まれている。
そして男のすぐ後ろに、馬がいる。
馬の首だけが、男の右肩の向こうから伸びてくる。
顔は下を向き、鼻先が男の背に近づいている。
体の大部分は男の姿に隠れて見えない。
鞍の上には、赤と白の布が積まれている。
男は馬に乗っていない。
乗る前なのか、降りた後なのかは分からない。
館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。
札は「男性」「馬」「オリエンタリスト」の三つである。
三つ目の札は、この絵の見方についての注意でもある。
描かれているのは、フランスの画家が想像した東方の姿である。
この画面で、馬が占める面積はごくわずかである。
首から鼻先までの、細長い一本の帯だけである。
それでも題には「馬とともに」と入っている。
館の題の付け方が、見えている面積と一致していない。
馬の首が男の背に触れそうになっていることが、その理由かもしれない。
二つの体が接している場所だけが描かれ、残りは省かれている。
省いても関係は伝わる、という判断がそこにある。