作品を知る

鏡が入ると、顔が二つになる——ヴィジェ=ルブラン・ドガ・北斎ほか九点

眼鏡も、鏡の語を持つ

のぞき眼鏡
フレデリック・カズナーヴ《のぞき眼鏡》1794年ごろ。館の記録では、エッチングとエングレーヴィング、水彩で手彩色。全体65×47.2センチ。番号は1939.171。クリーヴランド美術館蔵。フレデリック・カズナーヴ《のぞき眼鏡》クリーヴランド美術館蔵

館の記録は、彩色についても書いている。

エッチングとエングレーヴィングで刷り、水彩で色を差す。

つまり、一枚ずつ手で塗られている。

第二十一回でも、手彩色の版画を見た。

働く話で扱った一点である。

刷りは同じでも、色は一枚ごとに違う。

室内の場面である。

中央に、赤い布を掛けた机がある。

その上に、紙が広げられる。

机の向こうに、女性が立つ。

白い衣を着て、髪を高く結う。

その前に、子どもが座る。

子どもは、箱のようなものをのぞいている。

箱には、丸い覗き口がある。

女性の手が、その箱に添えられる。

右奥に、家具と、壁に掛かる絵が見える。

左に、窓らしい明るい面がある。

右下に、弦楽器が立てかけられる。

館の記録の題は、光学の装置を指す。

絵を箱に入れ、レンズを通して見る道具である。

そうすると、奥行きがあるように見える。

日本語では、この種の道具に鏡の語が入る。

眼鏡、覗き眼鏡、遠眼鏡。

つまり、レンズも鏡の仲間として呼ばれてきた。

これは、語の問題である。

映すものと、透かして見るものが、同じ語で呼ばれる。

片眼鏡の男
アリス・パイク・バーニー《片眼鏡の男》1887年から89年ごろ。館の記録では、布に油彩。43.3×36.1センチ。スミソニアン・アメリカ美術館蔵。アリス・パイク・バーニー《片眼鏡の男》スミソニアン協会蔵

暗い赤褐色の背景である。

その前に、男の顔がある。

半身より狭い範囲が入る。

黒っぽい上着を着る。

白い襟がのぞく。

髪は短く、額が広い。

長い口髭が、左右に伸びる。

顎にも、短い髭がある。

そして、右目のあたりに、小さな円がある。

縁が光っている。

片眼鏡である。

顔はやや斜めを向き、目はこちらへ来る。

第五回でも、この作者の絵を見た。

髪の話で扱った一点は、金髪の男だった。

同じ人の作である。

この一点も、鏡の語で拾われた。

だが、映る鏡ではない。

透かして見るためのガラスである。

鏡は、丸くて平たいものの名でもある

正月の鏡餅に腰かける奴に扮する四代目市川團十郎
勝川春章《正月の鏡餅に腰かける奴に扮する四代目市川團十郎》1772年。館の記録では、木版多色摺。紙に墨と色。29.2×13.3センチ。番号はJP705。メトロポリタン美術館蔵。勝川春章《正月の鏡餅に腰かける奴に扮する四代目市川團十郎》メトロポリタン美術館蔵

細長い版画である。

中央に、人物が座る。

大きな白い塊の上に腰かけている。

その塊は、丸く、平たい。

二段に重なっているように見える。

人物は、緑と赤の衣を着る。

袖に、大きな模様がある。

腰に、細長いものを差す。

顔は、口を大きく開ける。

眉が太く、目が見開かれる。

片手を上げ、指を広げる。

足は、塊の縁にかかる。

下のほうに、台の縁が見える。

館の記録の題によれば、この白い塊は正月の供え物である。

丸く平たい形が、古い鏡に似ている。

だから、その名で呼ばれる。

つまり、鏡の語が食べ物の名になっている。

映すものではない。

形が似ているというだけである。

第八回でも、同じことが起きた。

足の話では、足の語が山の裾や器の脚を指していた。

体の部位や道具の名は、形の似たものへ広がる。

鏡は、手本という意味を持つ

藺草を刈る人(詩歌写真鏡より)
葛飾北斎《藺草を刈る人(詩歌写真鏡より)》1834年から35年。館の記録では、多色刷りの木版画。紙全体52.1×23センチ。番号は1916.1145。クリーヴランド美術館蔵。葛飾北斎《藺草を刈る人(詩歌写真鏡より)》クリーヴランド美術館蔵

細長い縦の画面である。

縦52.1センチ、横23センチ。

上のほうに、遠い岸と木立がある。

その下に、水面が広がる。

波が、細かい線で描かれる。

中ほどに、橋がある。

その上に、人物が二人いる。

一人は、大きな束を担ぐ。

もう一人は、腰をかがめる。

手前に、水草らしいものが群れる。

上に、文字が数行ある。

館の記録によれば、この主題は古い歌に関わるらしい。

そして、その歌の一節が引かれている。

これは館の記述である。

さて、この一点が鏡の語で拾われた理由は、連作の題にある。

その題に、鏡の語が入っている。

第十一回でも、同じ連作の別の一枚を見た。

立つ話で扱った一点である。

この場合の鏡は、手本という意味である。

古い詩歌を映す鏡、という言い方だ。

つまり、模範や規範を指す。

映すものが、見習うべきものへ移っている。

『聖性の鏡』の一葉
アブド・アッラヒーム、通称アンバリーン・カラム《『聖性の鏡』の一葉》1605年から10年ごろ。館の記録では、紙に樹脂を混ぜた顔料、墨、金。ページ全体17.8×12.5センチ。番号は2013.323.b。クリーヴランド美術館蔵。アブド・アッラヒーム、通称アンバリーン・カラム《『聖性の鏡』の一葉》クリーヴランド美術館蔵

一枚の紙である。

縦17.8センチ、横12.5センチ。

右上から左下へ、文字が斜めに並ぶ。

行ごとに、細い罫が引かれる。

上のほうに、青い帯がある。

そこにも、文字が入る。

紙は褐色に変わり、しみが散る。

縁が傷んでいる。

絵は描かれていない。

文字だけの一葉である。

館の記録によれば、この写本は宮廷で作られた。

そして、館は当時の宮廷の記録を引いている。

多くの人の肖像を集めた大きな画帖が作られたという。

亡くなった者は新しい命を得て、生きている者には不滅が約束される。

そういう記述である。

これは館が引く当時の言葉である。

この本の題にも、鏡の語がある。

聖なるものを映す鏡、という意味だと考えられる。

先の連作と同じ用法である。

書物の題に、鏡の語を使う。