山は、七点で無彩色だった——ビッソン・八大山人・チャーチほか九点

三点目は、油彩である。
額なしで75.5×62.8センチ。
縦長の画面である。
中央に、大きな枯木が立つ。
幹は途中で折れ、根が持ち上がっている。
枝は白く、葉がない。
館の記述によれば、これは雷に打たれた木である。
そして、そういう木がこの時代の風景画で好まれたと書く。
自然の力と、生死の循環を示すからだという。
木の向こうは、深い谷である。
谷には、灰色の雲が渦を巻く。
その奥に、黒い山の稜線が見える。
空は暗く、右上だけがわずかに明るい。
手前の岩は、赤茶色で湿っている。
館の記録によれば、署名は木の中央に書かれている。
つまり、絵のなかの木の幹に名が刻まれている。

山を遠くに置く
遠景として山を置いた二点を見たい。
一点目は、素描である。
24.4×38.2センチ。
横長で、筆と黒インクと淡彩で描かれている。
画面の下半分に、細い木が並ぶ。
針葉樹らしく、まっすぐ上へ伸びる。
その間に、岩の塊がいくつかある。
中央の岩の上に、小さな像が立っている。
館の記録の題によれば、それは聖母の像である。
像は黒い影として描かれ、細部は見えない。
その背後に、明るい空が広がる。
空は淡い灰色で、上へ行くほど白い。
遠くに、低い山の稜線が横たわる。
稜線は薄く、ほとんど霞んでいる。
つまり、山は背景として置かれている。
主題は、岩の上の像である。

二点目は、素描帖の一葉である。
紙は12.1×19.7センチ。
九点のなかで、いちばん小さい。
黒鉛だけで、ごく薄く描かれている。
画面の中ほどに、水平の線が引かれる。
その上に、山の稜線が細い線で示される。
手前には、細い木が数本立つ。
葉はほとんど描かれていない。
下のほうに、小さな四角がある。
建物らしい。
線の数は、全部で数十本しかない。
館の記録の題には、括弧と疑問符が入る。
場所の名が、確定していないのである。
この素描帖の別の一葉は、港を扱った回でも取り上げた。
そちらは同じ帖の裏面だった。
一冊の帖が、何枚もの独立した記録になっている。

三点目は、小さな油彩である。
20.7×31センチ。
画面の左に、暗い山の斜面がある。
斜面は茶と緑で、細部がない。
右のほうに、低い谷が開ける。
谷の奥は、明るい黄と白である。
空には、灰色の雲が横に流れる。
手前には、白っぽい岩が二つある。
その間に、細い水の流れがある。
館の記録の題は、無題である。
括弧のなかに、前景に岩と小川のある山の風景、と説明が添えられる。
制作年も記録にない。
この画家の作品は、これで四点目になる。
いずれも無題で、括弧に説明が付いている。

記録に残った、二つの食い違い
今回の九点には、記録の食い違いが二つあった。
一つは、掛幅の署名である。
画家は、十世紀の先人に倣ったと書き付けている。
だが館は、様式の関係がほとんど見当たらないと注記する。
倣うと書くことは、この時代の慣習でもあった。
尊敬する先人の名を挙げて、自分の絵を位置づける。
実際に似せる必要は、必ずしもなかった。
館は、その事情を説明せずに、事実だけを書いている。
もう一つは、素描の署名である。
こちらは、偽と明記されている。
しかも別の紙に書かれ、後から貼られている。
つまり、誰かが作者名を足した。
売るためだったのか、整理のためだったのかは分からない。
館は、そこまでは書かない。
書かれているのは、偽であることと、貼られていることだけである。
二つとも、署名にまつわる食い違いである。
署名は、作品のなかで最も書き換えられやすい部分だろう。
小さく、後から足せて、価値に直結する。
前に階段を扱った回でも、消された署名の上に書き直した例があった。
館の記録は、そういう痕跡を丁寧に写している。
写しておけば、後の人が判断できるからである。