作品を知る

山は、七点で無彩色だった——ビッソン・八大山人・チャーチほか九点

人物のいる山の風景
アントン・ミルー《人物のいる山の風景》1600〜1650年。館の記録では、黒チョークの跡の上にペンと茶インク、灰色の淡彩、青と緑の水彩、白の絵具。画面20.8×32.2センチ。番号は1954.707。クリーヴランド美術館蔵。アントン・ミルー《人物のいる山の風景》クリーヴランド美術館蔵

三点目は、油彩である。

額なしで75.5×62.8センチ。

縦長の画面である。

中央に、大きな枯木が立つ。

幹は途中で折れ、根が持ち上がっている。

枝は白く、葉がない。

館の記述によれば、これは雷に打たれた木である。

そして、そういう木がこの時代の風景画で好まれたと書く。

自然の力と、生死の循環を示すからだという。

木の向こうは、深い谷である。

谷には、灰色の雲が渦を巻く。

その奥に、黒い山の稜線が見える。

空は暗く、右上だけがわずかに明るい。

手前の岩は、赤茶色で湿っている。

館の記録によれば、署名は木の中央に書かれている。

つまり、絵のなかの木の幹に名が刻まれている。

山中の嵐
フレデリック・エドウィン・チャーチ《山中の嵐》1847年。館の記録では、油彩・カンヴァス。額なしで75.5×62.8センチ。番号は1969.52。クリーヴランド美術館蔵。フレデリック・エドウィン・チャーチ《山中の嵐》クリーヴランド美術館蔵

山を遠くに置く

遠景として山を置いた二点を見たい。

一点目は、素描である。

24.4×38.2センチ。

横長で、筆と黒インクと淡彩で描かれている。

画面の下半分に、細い木が並ぶ。

針葉樹らしく、まっすぐ上へ伸びる。

その間に、岩の塊がいくつかある。

中央の岩の上に、小さな像が立っている。

館の記録の題によれば、それは聖母の像である。

像は黒い影として描かれ、細部は見えない。

その背後に、明るい空が広がる。

空は淡い灰色で、上へ行くほど白い。

遠くに、低い山の稜線が横たわる。

稜線は薄く、ほとんど霞んでいる。

つまり、山は背景として置かれている。

主題は、岩の上の像である。

山中の聖母像
カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ《山中の聖母像》1804年。館の記録では、生成りの網目紙に筆と黒インク、灰色の淡彩、黒鉛。24.4×38.2センチ。番号は1976.22。シカゴ美術館蔵。カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ《山中の聖母像》シカゴ美術館蔵

二点目は、素描帖の一葉である。

紙は12.1×19.7センチ。

九点のなかで、いちばん小さい。

黒鉛だけで、ごく薄く描かれている。

画面の中ほどに、水平の線が引かれる。

その上に、山の稜線が細い線で示される。

手前には、細い木が数本立つ。

葉はほとんど描かれていない。

下のほうに、小さな四角がある。

建物らしい。

線の数は、全部で数十本しかない。

館の記録の題には、括弧と疑問符が入る。

場所の名が、確定していないのである。

この素描帖の別の一葉は、港を扱った回でも取り上げた。

そちらは同じ帖の裏面だった。

一冊の帖が、何枚もの独立した記録になっている。

入江と木々と山のある風景(スケッチブックより)
アルバート・ビアスタット《入江と木々と山のある風景(スケッチブックより)》1890年。館の記録では、網目紙に黒鉛。12.1×19.7センチ。番号は1995.379.4e表。メトロポリタン美術館蔵。アルバート・ビアスタット《入江と木々と山のある風景(スケッチブックより)》メトロポリタン美術館蔵

三点目は、小さな油彩である。

20.7×31センチ。

画面の左に、暗い山の斜面がある。

斜面は茶と緑で、細部がない。

右のほうに、低い谷が開ける。

谷の奥は、明るい黄と白である。

空には、灰色の雲が横に流れる。

手前には、白っぽい岩が二つある。

その間に、細い水の流れがある。

館の記録の題は、無題である。

括弧のなかに、前景に岩と小川のある山の風景、と説明が添えられる。

制作年も記録にない。

この画家の作品は、これで四点目になる。

の回でも取り上げた。

いずれも無題で、括弧に説明が付いている。

無題(前景に岩と小川のある山の風景)
エドワード・ミッチェル・バニスター《無題(前景に岩と小川のある山の風景)》制作年不詳。館の記録では、油彩・カンヴァス。20.7×31センチ。スミソニアン・アメリカ美術館蔵。エドワード・ミッチェル・バニスター《無題(前景に岩と小川のある山の風景)》スミソニアン協会蔵

記録に残った、二つの食い違い

今回の九点には、記録の食い違いが二つあった。

一つは、掛幅の署名である。

画家は、十世紀の先人に倣ったと書き付けている。

だが館は、様式の関係がほとんど見当たらないと注記する。

倣うと書くことは、この時代の慣習でもあった。

尊敬する先人の名を挙げて、自分の絵を位置づける。

実際に似せる必要は、必ずしもなかった。

館は、その事情を説明せずに、事実だけを書いている。

もう一つは、素描の署名である。

こちらは、偽と明記されている。

しかも別の紙に書かれ、後から貼られている。

つまり、誰かが作者名を足した。

売るためだったのか、整理のためだったのかは分からない。

館は、そこまでは書かない。

書かれているのは、偽であることと、貼られていることだけである。

二つとも、署名にまつわる食い違いである。

署名は、作品のなかで最も書き換えられやすい部分だろう。

小さく、後から足せて、価値に直結する。

前に階段を扱った回でも、消された署名の上に書き直した例があった。

館の記録は、そういう痕跡を丁寧に写している。

写しておけば、後の人が判断できるからである。