美術史・技法

正月の絵に、門松は立っていない——湖龍斎・呉彬・ベックマンほか九点

日の出の屏風の前に積まれた贈り物、柱に貼る細長い凧の絵、十メートルの巻物に描かれた迎春の行事。正月にまつわる九点を数えると、門松は一本も立っていなかった。飾りと遊びと商いと、裏返った祝いの言葉まで並べて読む。

屏風と正月の贈り物あれこれ
石川華山《屏風と正月の贈り物あれこれ》メトロポリタン美術館蔵

屏風の前に、贈り物が積んである

小さな紙である。

右手に、黒い枠の屏風が立てられている。

屏風の左の面には、赤い日輪が昇っている。

右の面には、鶴のような形が墨で描かれている。

屏風の前の床は、朱色である。

そこに、白い紙包みがいくつも積み上げられている。

包みには、細い紐と、折った飾りが掛かっている。

手前には、扇のような形と、小さな箱も見える。

左半分は余白で、そこに仮名の歌が三行書かれている。

屏風と正月の贈り物あれこれ
石川華山《屏風と正月の贈り物あれこれ》19世紀。館の記録では、摺物、紙に木版、墨と彩色。21×18.6センチ。番号はJP2326。メトロポリタン美術館蔵。石川華山《屏風と正月の贈り物あれこれ》メトロポリタン美術館蔵

館の記録の分類は、屏風、の一語である。

題には、正月の贈り物、とある。

つまりこれは、年始の贈答の品を描いた紙である。

日の出の屏風の前に、包みが並ぶ。

その取り合わせだけで、正月と分かる。

そして、この紙自体が贈り物でもある。

摺物は、私家版の版画である。

歌や句を添えて、年の初めに配られた。

紙の左半分の歌が、その役を果たしている。

贈り物の絵が、贈り物として配られる。

九点の正月は、この二重の仕掛けから始めたい。

屏風の日の出も、初日の出を指しているのだろう。

ただし、記録はそこまで書いていない。

書いてあるのは、屏風、という分類の一語だけである。

絵の中の屏風に描かれた日の出。

絵の中の絵が、季節を告げている。

さて、正月は暦の上の一日である。

だが、絵の中の正月は一日では終わらない。

飾り、遊び、初芝居、そして厄払い。

行いの束として、正月は画面に現れる。

九点を並べて、その中身を数えてみたい。

夜具にまで、松と若松

二点目も摺物である。

正月飾りと夜具一式
蜂房秀理《正月飾りと夜具一式》18世紀から19世紀。館の記録では、摺物、紙に木版、墨と彩色。19.7×18.1センチ。番号はJP2195。メトロポリタン美術館蔵。蜂房秀理《正月飾りと夜具一式》メトロポリタン美術館蔵

画面いっぱいに、たたんだ夜具が積み上げられている。

いちばん上には、黒い枕らしい形がある。

その下に、白地に赤と緑の模様の布。

模様には、菊のような丸い花と、蝶が散らばる。

左には、細い松の枝が立てかけてある。

枝には、赤い実と、白い紙の飾りが付いている。

そして布の上に、大きな字が三つ書かれている。

余白にも、細かい仮名の歌が寄せてある。

館の記録は、作者と題と技法と寸法だけの短いものである。

だから、この夜具が誰のためのものかは分からない。

分かるのは、正月の飾りと、寝るための道具が一緒に描かれていることである。

年の初めに、新しい夜具を用意する。

そういう習わしを写したものかもしれない。

ただし、記録はそこまで書いていない。

言えるのは、松と飾りが添えられていることだけである。

松の枝が一本あれば、その紙は正月の紙になる。

正月の絵は、少ない記号でよく働く。

この紙も、19.7×18.1センチしかない。

手のひらに載る大きさである。

そして、二点とも同じ収集家の遺贈で1929年に館へ入っている。

摺物は、まとめて集められ、まとめて残る。

配られた紙が、百年たって一つの箱に収まった。

門松、日の出、鶴、羽子板。

そのどれか一つで、季節は名乗れる。

柱に貼る、細長い正月

三点目は、奇妙な形の紙である。

凧を持つ若者と子ども
磯田湖龍斎《凧を持つ若者と子ども》1770年代の初めから半ば。館の記録では、多色摺の木版。紙は70.8×12.2センチ。番号は1916.1126。クリーヴランド美術館蔵。磯田湖龍斎《凧を持つ若者と子ども》クリーヴランド美術館蔵

縦70.8センチ、横12.2センチ。

細長い短冊のような紙である。

上のほうに、若者が立っている。

肩に大きな凧をかつぎ、糸巻きを手にしている。

その足元に、小さな子どもがいる。

子どもは上を見上げ、手を伸ばしている。

凧の紙には、太い線で図が描かれている。

背景はほとんど余白のままである。

館の記録では、凧揚げは日本で人気のある遊びだった。

とくに正月の行事のあいだに行われたという。

凧の形には、鳥、蝶、二枚重ねの扇、英雄の顔などがあるとある。

そして、伝統的に凧を揚げるのは男と少年だけだった、と記録は書く。

この細長い紙は、柱に掛けるための版画である。

家の柱の幅に合わせて、縦に長く作られている。

つまりこの一枚は、飾られる場所まで決まっていた。

正月の絵は、部屋のどこに貼るかまで含めて作られる。

そして凧は、外で揚げるものである。

家の中の柱に、外の遊びを貼っておく。

凧そのものは、風がなければ上がらない。

風を待つ道具を、風の入らない柱に掛ける。

正月の絵には、そういう入れ替えがよく起きる。

飾りは、行いの代わりに置かれるものだからである。

この紙は、収集家夫妻の寄贈で1916年に館へ入った。

羽子板を持つ、供の子ども

四点目は、肉筆の掛軸である。

遊女と供の者
円月堂《遊女と供の者》1748年から51年ごろ。館の記録では、掛軸、紙に墨と彩色。画面は90.2×43.8センチ。全体で189.8×64.8センチ。番号は1985.255。クリーヴランド美術館蔵。円月堂《遊女と供の者》クリーヴランド美術館蔵

背の高い女が、こちらへ歩いてくる。

厚い衣を何枚も重ね、前で帯を大きく結んでいる。

足元は、黒く塗った背の高い下駄である。

髪には、べっ甲の櫛が扇のように挿してある。

その左右に、小さな女の子が二人付き従う。

二人とも、手に平たい板を持っている。

羽根をつく板である。

一人はこちらを正面から見ている。

館の記録では、厚い衣と高い下駄が冬であることを示す。

帯を前で結ぶのは、この人の職業の印だという。

肩のあたりには、桜を丸くかたどった家の紋が見える。

同じ紋が、二人の子どもの衣にも付いている。

そして記録は、板の正体を書いている。

羽根つきに使う板で、正月の祝いに結びついた遊びだという。

正面を向いた子どもの顔は、この種の絵では珍しいともある。

つまりこの掛軸は、冬の装いと正月の遊び道具で、季節を二重に示している。

雪も、門松も、日の出も描かれていない。

代わりに、下駄の高さと、板の形がその役をしている。

軸は表具を含めて189.8センチある。

床の間に掛ければ、等身に近い高さで人が立つことになる。

肉筆の一点物だから、摺物と違って一枚しかない。

来歴の欄も短く、収集家の名が二行あるだけである。