美術史・技法

絵を家業にする——ピール一家

孫の世代も描かれている

ミケランジェロとエマ・クララ・ピール
レンブラント・ピール《ミケランジェロとエマ・クララ・ピール》1826年ごろ。油彩・画布。縦76.2センチ、横63.5センチ。メトロポリタン美術館蔵。レンブラント・ピール《ミケランジェロとエマ・クララ・ピール》メトロポリタン美術館蔵

二人の子どもの肖像である。

後ろに立つ少年は黒い上着に白い襞襟。巻き毛が額にかかる。

前に座る少女は白い服で、赤い布を膝に抱えている。

椅子は黄色。背景は暗い茶で、上部だけがやや明るい。

描かれているのは画家自身の子どもたちである。

そして名前を見てほしい。ミケランジェロ。

祖父が息子に巨匠の名を付けた慣習が、孫の世代にも続いている。

静物という分野を、誰が取ったか

ここで分担の話に入りたい。

菓子のある静物
ラファエル・ピール《菓子のある静物》1818年。板に油彩。縦27.3センチ、横38.7センチ。メトロポリタン美術館蔵。ラファエル・ピール《菓子のある静物》メトロポリタン美術館蔵

卓の上に、菓子と果物が並んでいる。

中央の皿に、切り分けた菓子が三つ。断面に黄色い層が見える。

その手前に緑の葡萄がひと房。右に赤い実の束。

左にはワイングラスがあり、琥珀色の液体が半分ほど入っている。

背景は暗い茶で、平らに塗られている。

光は左上から差し、器の縁と葡萄の粒に白い点を作る。

右下に署名と年記が読める。

林檎、シェリー酒、菓子のある静物
ラファエル・ピール《林檎、シェリー酒、菓子のある静物》1822年。板に油彩。縦26.7センチ、横41.6センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ラファエル・ピール《林檎、シェリー酒、菓子のある静物》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

四年後の、よく似た構成である。

左に赤い林檎が一つ。中央にワイングラス。

その右に大きな黄色い果実が置かれている。

右端の皿に、切り分けた菓子と赤い実。

卓は木の面で、背景は暗い。

二点を並べると、同じ道具立てが使い回されていることが分かる。

グラス、皿、果実、菓子。並べ方だけを変えている。

つまりこの画家は、静物という分野を専門にしていた。

一族の中で、肖像を父と叔父が扱い、静物を息子が担う。

分野の分担ができていたことになる。

静物という分野の位置も押さえておきたい。

当時の絵の序列では、静物は下位に置かれていた。

歴史画、肖像、風景、そして静物。

序列の低い分野を選ぶのは、不利な選択に見える。

しかし競合は少なく、家庭に飾る絵としての需要はあった。

寸法も小さく、値段も抑えられる。

一族の中で市場を分けるなら、合理的な選択である。

絵の序列については別のコラムで扱った。

記録としての肖像

肖像の役目についても書いておきたい。

写真のない時代、顔を伝える手段は絵しかなかった。

公職に就く人物の顔は、記録として必要とされた。

議会、大学、教会、軍。いずれも肖像を掛ける習慣を持っていた。

つまり肖像画には公的な需要があった。

複製が繰り返されたのは、その需要が続いたからである。

一方、写真が普及すると、この需要は急速に写真へ移る。

肖像画の商売が19世紀半ばに縮んだのは、そのためである。

同じ顔を、繰り返し売る

一族の商売で、最も規模が大きかったのは肖像である。

ジョージ・ワシントン
レンブラント・ピール《ジョージ・ワシントン》1846年ごろ。油彩・画布。縦91.4センチ、横73.7センチ。メトロポリタン美術館蔵。レンブラント・ピール《ジョージ・ワシントン》メトロポリタン美術館蔵

初代大統領の肖像である。

胸像が、石の楕円の窓の中に収まっている。

窓の縁は灰色で、ひび割れが描き込まれている。

人物は青い軍服に金の肩章。白い襟布を巻き、髪は白い。

顔は正面をやや外し、目は正面を見ている。

背後は淡い黄褐色で、光が人物の輪郭に沿って回る。

この石の窓は、実際の額ではない。絵の中に描かれた枠である。

つまり額の効果を絵具で作っている。

同じ手法は17世紀のオランダの肖像にもあった。

その例は別のコラムで扱った。

楕円の窓という発明

この石の窓の効果を、もう少し考えたい。

窓の内側にいる人物は、こちらの空間から一段隔てられて見える。

つまり距離が生まれる。記念像としての格式が上がる。

さらに、窓の縁のひび割れが石の重さを示している。

軽い額ではなく、建物の一部のような枠に見える。

この画家は、この形式の肖像を繰り返し作った。

形式を一つ決めて、それを商標のように使う方法である。

工房の標を署名代わりに使った例と、考え方が似ている。

その仕組みは別のコラムで扱った。

制作年に注目してほしい

制作は1846年ごろである。

ワシントンが没したのは1799年。半世紀前の人物である。

つまりこれは、生前の写生ではない。

この画家は若い頃にワシントンを写生する機会を得ており、
その記録をもとに、後年まで同じ肖像を作り続けたと伝えられる。

同じ構図の作品が複数残っていることが知られている。

需要があるかぎり、同じ顔を作る。

複製される顔の商売については別のコラムで扱った。

同じ時代に、同じ顔をめぐる商売が複数成立していたことになる。

大画面にも挑んでいる

ヨークタウン前のワシントン
レンブラント・ピール《ヨークタウン前のワシントン》1824年、1825年に加筆。油彩・画布。縦349.3センチ、横306.1センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。レンブラント・ピール《ヨークタウン前のワシントン》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

縦3メートル49センチ。当サイトの公開作品でも最大級である。

白い馬に乗った将軍が、画面の中央にいる。

青い軍服に金の飾り。右手を前に伸ばしている。

馬は前脚を上げ、首を右へ向けている。

背後には騎馬の一団が続き、旗と剣が見える。

左奥には樹と空。右下の地面に草が描かれている。

騎馬像の型は、ヨーロッパの王侯の肖像から借りたものである。

共和国の将軍に、王の型を当てている。

姿勢を借りる方法については別のコラムで扱った。

制作年に「1825年に加筆」とあることも重要である。

大画面は完成後に手を入れられることがある。

展示の反応を見て直した可能性もある。