美術史・技法

旅を売るという商売——歌川広重《東海道五十三次》

荷を運ぶ道でもあった

東海道五十三次之内 大津
歌川広重《東海道五十三次之内 大津》1841〜1844年。木版摺、紙に墨と色。縦22.5センチ、横34.3センチ。メトロポリタン美術館蔵。歌川広重《東海道五十三次之内 大津》メトロポリタン美術館蔵

大津は、京都の手前にある宿場である。

画面の右に大きな建物。二階に格子窓、軒下に赤い提灯が並ぶ。

一階の店先には人が集まり、荷物が積まれている。

手前を、荷車が三台通っている。

車には米俵らしい荷が積まれ、男たちが押している。

左奥には湖が広がり、白い帆が浮かぶ。琵琶湖である。

湖の水運と陸の街道が、この宿で接続していた。

旅人の絵ではなく、物流の絵である。

東海道が経済の動脈だったことが、この一枚から読める。

終点を、二通りに描く

最後に、終点の二枚を並べたい。

東海道五十三次 京師 三条大橋
歌川広重《東海道五十三次 京師 三条大橋》1833〜1834年ごろ。木版摺、紙に墨と色。縦24.4センチ、横35.7センチ。メトロポリタン美術館蔵。歌川広重《東海道五十三次 京師 三条大橋》メトロポリタン美術館蔵

京都の三条大橋である。東海道の終点にあたる。

橋は画面を左右に横切り、細い橋脚が水中に並ぶ。

橋の上に人影が十数人。荷を担ぐ者、傘を持つ者、連れ立つ者。

背後に山並みが幾重にも重なり、山肌は朱に染まっている。

橋の下には浅い川。水は青く、洲が白く残る。

町並みは橋の向こうに小さく描かれている。

つまりこれは、橋の全体を遠くから眺めた絵である。

東海道五十三次 京 三条大橋
歌川広重《東海道五十三次 京 三条大橋》1847〜1852年ごろ。木版摺、紙に墨と色。縦22.2センチ、横34.9センチ。メトロポリタン美術館蔵。歌川広重《東海道五十三次 京 三条大橋》メトロポリタン美術館蔵

同じ橋を、十数年後に描いた一枚である。

視点が変わっている。橋の上に立っている。

橋板が手前に広がり、欄干の柱が左右に並ぶ。

人々が近い。女性の着物の模様、荷の中身、笠の形まで見える。

背後には山。橋の全体は見えない。

前の一枚が「橋を見る絵」なら、こちらは「橋にいる絵」である。

同じ場所を、離れて描くか、入り込んで描くか。

再版のたびに、視点を変えて新しさを作っている。

橋という主題の選び方にも意味がある。

三条大橋は、京都に着いたことを示す目印だった。

旅の終わりを一枚で示すには、地名より橋のほうが分かりやすい。

日本橋で始まり、三条大橋で終わる。

橋から橋へという構成が、五十三枚の組を一つの物語にしている。

繰り返しの回数も確かめておきたい。

本稿で扱った九点は、少なくとも五つの組に分かれている。

一つの主題で五組。同じ画家が生涯にわたって作り直したことになる。

流行が続くかぎり、企画は繰り返される。

これは現代の出版でも変わらない。売れた題材は形を変えて再登場する。

五十三という数のこと

数についても触れておきたい。

宿場は五十三か所だが、絵の枚数は五十五枚になることが多い。

起点の日本橋と、終点の京都を加えるためである。

つまり「五十三次」という題は、宿場の数を指している。

絵の組は、その前後に一枚ずつ足して道全体を示す。

数え方の違いが、題名と枚数のずれとして残っている。

小さな話だが、組物を集めるときには重要になる。

一枚足りないと思ったら、数え方を確かめたほうがよい。

見立て——旅の絵は、旅をしない人のための商品

まとめておきたい。

東海道の版画が繰り返し売れた理由は、二つあると考えている。

一つは、旅そのものが憧れの対象だったこと。

多くの人は五十三の宿場を歩けない。関所も費用も日数もある。

だから絵で辿る。順番に並べて眺めれば、道中を追体験できる。

もう一つは、同じ主題で新作を作れる仕組みがあったことだ。

宿場の名は変えられない。しかし視点、季節、人物、判型は変えられる。

題材が固定されているからこそ、変化が売りになる。

現代の観光写真集や旅番組と、構造はよく似ている。

行った人が思い出すために買い、行かない人が想像するために買う。

距離を、絵で数える

もう一つ、距離の感覚についても書いておきたい。

宿場のあいだは、一里から数里ほどである。

一里はおよそ四キロ。歩けば一時間ほどの距離になる。

つまり一枚の絵は、一時間から数時間ぶんの道のりを表している。

五十五枚を順に見れば、二週間の行程を眺めることになる。

絵の枚数が、そのまま時間の単位として機能している。

現代の地図アプリで経路を見る感覚と、意外に近い。

区間に切って、順に確かめる。旅の情報の形は変わっていない。

天気の絵と、土地の絵

もう一点、書き添えておきたい。

同じ画家の東海道の版画には、天気を主題にしたものが多い。

雨、雪、霧、夜。これらは旅の困難であり、同時に絵の見せ場でもあった。

その扱いについては別のコラムで詳しく扱った。

本稿で並べた九点は、天気ではなく街道の機能に寄ったものを選んでいる。

同じ画家の同じ主題でも、選び方でまったく別の話ができる。

版元の名も、絵の性格に関わっている。

同じ画家でも、組ごとに版元が違えば方針が変わる。

判型、色数、文字の量、そして値段。

現代の言葉で言えば、出版社ごとの企画の違いである。

作者の意図だけで版画を読むと、この層を見落とすことになる。

暮らしへ——通い慣れた道を、宿場に分けてみる

最後に、日常に持ち帰れる話をひとつ。

毎日通る道を、区間に分けてみてほしい。

駅、交差点、店、坂。目印になる場所を五つか六つ選ぶ。

そして、それぞれの場所で何が見えるかを一行で書く。

これが宿場割りである。

同じ道でも、区切ると別の場所になる。

旅の絵の作り方は、この区切り方から始まっている。

写真を撮るなら、同じ場所を「遠くから」と「その中で」の二通り撮ってみてほしい。

終点の二枚がやっていたことと、同じ実験になる。

同じ場所で季節を変えて撮るのも面白い。

雪の道と夏の道。同じ構図で二枚あれば、それだけで組物になる。

版画の企画も、そういう反復から生まれている。

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