色は、いつ版に移ったか——鳥居派の初期役者絵
線の太さを、見比べてみる
線そのものも比べておきたい。
1715年の墨摺絵では、輪郭線の太さがほぼ一定である。
着物の縁も、柱も、同じ幅で引かれている。
1713年の大判では、袖の外側だけが太く、内側は細い。
力の入る場所で線が太くなり、抜ける場所で細くなる。
いわゆる瓢箪足と呼ばれる、鳥居派の特徴とされる描き方である。
一方、1755年の一点では線が均質に戻る。
色の面が増えたぶん、線の役目が減ったためだと考えられる。
線と色は、画面の中で仕事を分け合っている。
制作年と、作者の名が合わない
ここで、記録の問題に触れておきたい。
当サイトの公開分では、17点すべてが清倍の作とされている。
制作年は1705年から1755年まで五十年に及ぶ。
しかし清倍という名は、一人ではない。
初代の活動期は18世紀初めまでとされる。
1745年や1755年の作を初代が描いたとは考えにくい。
二代目以降の作が、同じ名で記録されている可能性が高い。
所蔵館の記録は、この点を書き分けていない。
浮世絵では、こうした帰属の揺れが珍しくない。
名前が代々受け継がれる仕組みについては、
別のコラムで扱った。
読むときは、名前ではなく年代と画風で並べるほうが確かである。
同じ役者を、別の絵師も描いている
比べる相手も挙げておきたい。
ここに出た二代目市川團十郎は、当時の人気役者である。
同じ役者は、鳥居派以外の絵師も描いている。
奥村政信の作にも、同じ名が現れる。
一人の役者が複数の工房で描かれ、別々に売られていた。
つまり役者は、絵師にとって共有の題材だった。
顔が似ているかどうかより、誰の紋を付けたかが重要になる。
肖像というより、記号に近い扱いである。
摺りの状態にも差がある
保存の状態にも触れておきたい。
公開画像を並べると、紙の色に幅がある。
濃い褐色に変わったものと、比較的白いものがある。
これは元の紙の差ではなく、保管の差だと考えられる。
光に当たれば色は褪せ、湿気を受ければ染みが出る。
紅は褪せやすく、緑は比較的残りやすいとされる。
つまり、いま見えている色の比率は、摺られた当初とは違う。
色の話をするときは、この前提を忘れないようにしたい。
誰が集め、いつ館に入ったか
受け入れ記録も見ておきたい。
大判の一点は「フランシス・ラスロップ旧蔵、1911年購入」とある。
漆絵の二点は「サミュエル・アイシャム遺贈、1914年」である。
墨摺の一点は「1914年、二つの基金による購入」。
つまり20世紀初めの十数年に、まとめて館へ入っている。
日本の版画が欧米で集められた時期と重なる。
一人の収集家がまとめて集め、その束が館に入る。
この経路は、他の浮世絵にも共通している。
二十五点という数
公開分の構成も確かめておきたい。
鳥居派として公開されているのは、清倍17点と清満8点である。
いずれも役者を主題にした版画で、風景や花鳥は含まれない。
つまり一族の仕事の中心が、そのまま公開分に現れている。
看板と役者絵を引き受けた工房だという性格が、数に出ている。
版元は、どこにあったのか
版元についても触れておきたい。
画面の枠に入った文字には、店の名と町名が書かれることがある。
漆絵の一点には、その形式の印が下部に置かれている。
版元は、絵師に注文し、彫師と摺師を手配し、店で売る。
つまり出版の主体は絵師ではなく版元である。
作者名で作品を並べる現代の見方とは、前提が違う。
誰の絵かという問いと、誰が出した絵かという問いは別である。
見立て——色は、外から内へ移った
ここまでを整理したい。
初期の役者絵では、色は紙の上に筆で置かれていた。
次に、漆を混ぜた黒が加わり、質感の差が生まれた。
そして色は版に移り、線と同じ工程で摺られるようになった。
外から加える作業が、内側の工程に組み込まれたのである。
これは技術の話であると同時に、商売の話でもある。
筆で塗れば人手がかかり、一枚ずつ違うものになる。
版で摺れば、同じ色の絵を大量に作れる。
色が版に移った理由は、美しさだけでは説明できない。
摺りの回数は、値段でもある
版の数が増えれば、工程が増える。
工程が増えれば、原価が上がる。
初期の紅摺絵で色数が二、三色に抑えられているのは、
そこに理由があると考えられる。
ただし当時の値段の記録は、この公開分には含まれていない。
だから、ここは推測にとどめておきたい。
寸法を、身体で確かめる
寸法の感覚も持っておきたい。
縦30センチ・横15センチは、いまの単行本を縦に伸ばした程度である。
片手で持てる大きさで、袂にも入る。
一方、縦53センチの大判は両手で広げる大きさになる。
同じ役者絵でも、持ち方と見る距離が違う。
判型を知ることは、使われ方を知ることでもある。
暮らしへ——手で塗ってみる
家でできることを書いておきたい。
白黒で印刷した写真を用意する。
そこへ色鉛筆で、二色だけ塗ってみてほしい。
はみ出す。線の内側に収まらない。
その不揃いこそ、初期の手彩色が持っていた性質である。
次に、同じ絵を二枚用意して、同じ色を塗ってみる。
まったく同じにはならない。
版で色を摺るという発明が何を解決したのか、体で分かる。
群として見ると、順序が見える
最後に、見方をまとめておきたい。
25点を制作年で並べ、色の入り方で分類してみる。
墨だけ、手で塗った色、漆の黒、版で摺った色。
四つに分けると、五十年の順序が浮かんでくる。
一点ずつ見ていては、この順序は見えない。
公開画像は、そのための道具である。
年代順に並べ替える作業は、画面の上でしかできない。
そして、並べた結果は書き留めておきたい。
技法の名前は、あとから思い出しにくい。
一行の記録が、次に見るときの足場になる。










