作品を知る

二人は、意外に向かい合わない——フリードリヒ・アルトドルファー・師宣ほか九点

二人を、一つの塊にする

恋人たち
オーギュスト・ロダン《恋人たち》原型は1880年から85年ごろ。館の記録では、淡い黄褐色のニスを塗った石膏。全体11.5×5.9×2.1センチ。番号は1978.122。クリーヴランド美術館蔵。オーギュスト・ロダン《恋人たち》クリーヴランド美術館蔵

ごく小さな浮彫である。

縦11.5センチ、横5.9センチ、厚み2.1センチ。

長方形の板の中に、二つの体が刻まれている。

体は絡み合っている。

腕と脚が交差する。

どちらの手足か、判別しにくい。

上のほうに、二つの頭がある。

顔は近く、髪が混じる。

下のほうに、脚が折り重なる。

材料は石膏である。

その上に、淡い色のニスが塗られている。

金属や石ではない。

石膏は、鋳造や彫り出しの前の段階に使われる材料である。

つまり、これも準備の段階のものかもしれない。

館の記録は、原型の年だけを書いている。

この石膏がいつ作られたかは、書かれていない。

第十六回で、習作の残り方を扱った。

習作の話で見たとおり、準備の段階のものが作品として残る。

二人を一つの塊として作る。

これは、彫刻に向いた扱いである。

離れた二人を彫ると、支えが二つ要る。

くっつけてしまえば、一つで済む。

前の回で、彫刻の支えの問題を書いた。

二人の距離を測る

九点で、二人がどれだけ離れているかを見た。

体が触れているものが五点。

離れているが、手が届く範囲にあるものが三点。

離れているものが一点。

つまり、多くは近い。

これは当然でもある。

離れた二人を一枚に描くと、あいだが空く。

その空いた部分に、何かを描かなければならない。

背景か、第三の人物か、道具か。

近づけてしまえば、その必要がない。

そして、近い二人は一つの形として読める。

掛軸の一点では、輪郭が重なっていた。

浮彫の一点では、区別できないほど絡んでいた。

二人を一つの塊にすると、画面が簡単になる。

離れた一点は、写真である。

二人のあいだに、わずかな隙間がある。

そして、その隙間に背景の木が見える。

写真では、二人を寄せるには本人に動いてもらうしかない。

絵なら、描く側が決められる。

九点のうち、絵と版画の七点は、いずれも二人が近い。

写真と、水彩の一点だけが、隙間を持つ。

これは偶然かもしれない。

だが、作り方の違いが出ている可能性もある。

二人の高さを揃えるか

もう一つ、頭の高さを数えた。

二人の頭がほぼ同じ高さにあるのが五点。

一方が高いのが四点である。

第十三回で、跪くと頭が下がると書いた。

跪く話で見たとおり、高さの差は関係を示す。

ここでは、差の小さいものが多い。

差がある四点を見ると、理由がはっきりしている。

一方が座り、一方が立っているからである。

座る二人、立つ二人なら、頭は揃う。

そして、頭が揃うと、対等に見える。

一方が高いと、上下があるように見える。

九点のうち、はっきりした上下を示す例は一つもなかった。

跪く者も、伏せる者もいない。

これは、選び方のせいでもある。

二人の関係を示す語で拾ったからだ。

恋人、男女、二人の男。

いずれも、対等に近い関係を指す語である。

主人と従者、王と臣下という語では拾っていない。

記録の語が、集まる作品を決めている。

九点を並べて、数えられたこと

向かい合う二人が四点。

並んで同じ方向を向くのが三点。

背を向けるのが一点。

絡み合って区別できないのが一点である。

つまり、向かい合う例は半分に満たない。

二人が画面にいても、向き合うとはかぎらない。

三人目がいる画面は二点あった。

一点は従者、一点は彫像である。

どちらも、二人の関係の外にいる。

顔が見える人数も数えた。

両方の顔が見えるのが五点。

片方だけが四点。

どちらも見えないのが一点。

材料も数えた。

紙が五点、布が一点、石膏が一点、写真が一点。

紙の五点は、版画が二点、素描が二点、掛軸が一点である。

記録に書かれていないこと

館の記録は、二人の関係を題に書くことがある。

九点のうち、恋人と書かれるのが三点。

男女と書かれるのが三点。

二人の男、二人の女と書かれるのが二点。

そして、従者を伴うと書かれるのが一点。

つまり、記録は関係を名指す。

だが、その根拠は書かれていない。

なぜ恋人だと分かるのか。

姿勢が近いから、というのがおそらくの理由である。

そして、その判断は誰かがしたものだ。

作った人か、売った人か、館か。

第十三回で、題の欄の書かれ方を扱った。

題は、画面の要約である。

そして、要約には解釈が入る。

九点のうち、二人の名前が分かるものは一つもない。

関係の名だけが、記録に残っている。

記録は、関係の名だけを残す。

そして、その名は後の時代に付け替えられることもある。

九点のうち、どの題がいつ付いたかは書かれていない。

そして、二人が何をしているかも、たいてい書かれない。

九点のうち、行為が題に入るのは二点だけだった。

月を眺める一点と、建物に入る一点である。

残る七点は、二人がいる、と書かれるだけである。

姿勢も、視線も、距離も、記録には載らない。

数えるには、画像を見るしかない。

その結果、向かい合う例が半分に満たないと分かった。

二人といえば向かい合うもの、と思い込んでいた。

数えてみると、そうではなかった。

次の回は、人数を増やす。

群衆をどう描くかを数えたい。

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