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虫と貝を、狂歌と一緒に摺る——喜多川歌麿の絵本

九点に人は一人も出てこない。出てくるのは蜂、蝶、蛍、蛇、蝸牛、そして貝である。一枚ずつ売る版画ではなく、狂歌の会が作った本の頁である。夜を暗く摺った見開きと、水の染みを見たい。版元の名が残る奥付の頁にも触れたい。

蜂、毛虫(画本虫撰より)
喜多川歌麿《蜂、毛虫(画本虫撰より)》メトロポリタン美術館蔵

美人画ではない九点

この絵師の名は、女性を描いた版画で知られている。

顔を大きく取った構図が有名で、当サイトでも顔だけを、大きく描く——喜多川歌麿の大首絵で扱った。

ここに並べる九点には、人が一人も出てこない。

出てくるのは、蜂、蝶、蜻蛉、蛍、蜘蛛、蛇、蜥蜴、蝸牛、蛙、そして貝である。

いずれも、一枚ずつ売る版画ではない。本の頁として摺られたものである。

館の技法の欄には、木版摺の本の頁、と書かれている。頁という語が入る。

一枚絵とは扱いが違う。もとは綴じられていたものが、ばらされて残った。

そのため、絵の左右に文字が入る。読むための紙でもあった。

絵本という形

絵本と呼ばれるが、子どものための本ではない。

大人が読む本である。歌を味わい、絵を眺め、紙の出来をたのしむ。

判型は手に持てる大きさで、綴じは糸である。開けば見開きが一つの画面になる。

九点は、その見開きを一枚ずつばらしたものである。もとは順番があった。

いま公開されている画像からは、その順番が分からない。番号の並びが手がかりになるだけである。

二つの本

九点は、二つの本から出ている。

七点は1788年の虫の絵本、二点は1790年の貝の本である。

どちらも狂歌の本である。絵に文が添えられるのではなく、文に絵が添えられる作りに近い。

狂歌は、和歌の形を借りた滑稽な歌である。当時の江戸で流行した。

歌を詠む人びとが集まり、費用を出し合って豪華な本を作る。九点はその産物である。

こうした本は、市場で広く売るものではない。仲間内で配られることが多い。

だから部数は少なく、そのぶん摺りに手をかけられる。

いま残っているのは、その少ない部数の一部である。頁ごとにばらされて各地に散った。

九点も、そうして海の向こうの館に入った紙である。

頁として摺る

一枚ずつ売る版画と、本の頁では、作り方が違う。

本の頁は、見開きで一つの画面になる。真ん中に折り目が来る。

だから、絵は折り目をまたぐか、片側に寄せるかを選ぶことになる。

九点の多くは、右の頁に絵を置き、左の頁に歌を置く。

絵と文が向かい合う形である。頁をめくるたびに、この組が現れる。

ただし、九点のうち何点かは絵が左右にまたがる。決まりは緩い。

折り目の位置に太い線を置かないのが、この本の作り方である。折り目で絵が割れて見えない。

紙は薄く、裏にも印刷がある。開いた状態で撮ると、裏の影がうっすら出ることがある。

番号の並び

七点の受入番号は、近い範囲にまとまっている。

一つ飛ばし、二つ飛ばしで並ぶ。あいだの番号は、館にある別の頁だと考えられる。

つまり館は、この本の頁をもっと多く持っている。九点はその一部である。

当サイトが公開しているのは、そのうち権利の条件を満たしたものである。

番号の隙間は、公開されていない頁があることを示している。

寸法の欄が、片面を示す

館の記録を見ると、虫の本の七点はいずれも同じ寸法である。

縦26.7センチ、横18.4センチ。縦のほうが長い数字である。

ところが公開画像には、二頁分が横に並んで写っている。横のほうが長く見える。

つまり記録の数字は、片面ぶんを示していると考えられる。画像は開いた状態である。

数字と画像が食い違って見えるのは、そのためである。館は片面を計り、写真は見開きを写した。

蜂、毛虫(画本虫撰より)
喜多川歌麿《蜂、毛虫(画本虫撰より)》1788年。木版摺の本の頁、紙に墨と色。館の記録では、縦26.7センチ、横18.4センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ロジャーズ基金による購入、1918年。喜多川歌麿《蜂、毛虫(画本虫撰より)》メトロポリタン美術館蔵

右の頁に、蔓草が大きく広がる。

葉は丸みのある形で、緑に濃淡が付く。白い花がいくつか咲く。

蔓の中ほどに、黒い毛虫がいる。体に細かい毛が並ぶ。

左の頁の上に、蜂の巣が下がる。灰色の丸い塊で、表面に細かい六角の模様がある。

その下に、蜂が一匹飛ぶ。羽は透けるように薄く摺られる。

左の頁のほとんどは、文字で埋まる。細い字が縦に並ぶ。

歌の脇には、詠んだ人の名らしい文字が入る。

歌を詠んだのは、絵師ではない。狂歌の会の人びとである。

つまり、この頁には少なくとも二人の作り手がいる。絵と歌が別の人の手になる。

館の記録に名が出るのは絵師だけである。歌を詠んだ人の名は入らない。

蜂の巣と草は、離れた位置にある。頁をまたいで、一つの場面が作られている。

名を、二つ並べる

九点の題を見ると、二つの生きものの名が並ぶ。

蜂と毛虫、蝶と蜻蛉、松虫と蛍。一組ずつになっている。

これは本の作りに対応している。見開きごとに二種を扱っているらしい。

館の題は、その二つを丁寧に並記する。片方だけを書いていない。

さらに、日本語の読みを添える形になっている。虫の名は、外国語には訳しにくい。

たとえば松虫は、木にすむ蟋蟀の一種として訳されている。轡虫も同じように説明される。

正確に対応する語がないため、説明が長くなる。

こうした題は、翻訳の跡がそのまま残った例である。日本語に戻すと、もとの短い名に返る。

蝶、蜻蛉(画本虫撰より)
喜多川歌麿《蝶、蜻蛉(画本虫撰より)》1788年。木版摺の本の頁、紙に墨と色。館の記録では、縦26.7センチ、横18.4センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ロジャーズ基金による購入、1918年。喜多川歌麿《蝶、蜻蛉(画本虫撰より)》メトロポリタン美術館蔵

九点のなかで、最も色の華やかな一枚である。

右の頁に、芥子の花が咲く。花弁は薄く、赤と桃色が重なる。

つぼみが二つ、細い茎の先で下を向く。表面に細かい毛が摺られる。

その上を、蜻蛉が飛ぶ。羽は四枚で、細い翅脈まで描かれる。

左の頁には、白い蝶が二匹いる。片方は羽を開き、片方は閉じている。

蝶の下にも花があり、こちらは白と淡い桃色である。

葉は青みのある緑で、切れ込みが細かい。

花弁の色は、版を重ねて作られている。薄い色を数回置くと、この透明感が出る。

摺りの手間

この本の頁は、ふつうの版画より手が込んでいる。

色数が多く、ぼかしも使われる。空摺りで凹凸を付けた箇所もあると伝えられる。

売り物としての一枚絵なら、ここまでの手間はかけにくい。値が合わなくなる。

狂歌の会が費用を持つ本なら、事情が変わる。売れ行きより出来が優先される。

九点の摺りの質は、その事情を映していると考えられる。

たとえば蝶の羽である。薄い墨を一度だけ置き、下の紙を透かせている。

濃く置けば黒い蝶になる。薄すぎれば消える。加減が難しい。

こうした調子は、摺師の腕にかかっている。絵師だけの仕事ではない。

松虫、蛍(画本虫撰より)
喜多川歌麿《松虫、蛍(画本虫撰より)》1788年。木版摺の本の頁、紙に墨と色。館の記録では、縦26.7センチ、横18.4センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ロジャーズ基金による購入、1918年。喜多川歌麿《松虫、蛍(画本虫撰より)》メトロポリタン美術館蔵

九点のなかで、この一枚だけが暗い。

見開きの全面が、灰色に近い黒で覆われる。夜である。

右の頁に、草が立つ。細い葉が斜めに伸び、穂が垂れる。

その葉のあいだに、小さな虫がいる。松虫であろう。

左の頁には、蛍が二匹飛ぶ。腹の先が明るく残される。

文字も、暗い地の上に白く抜かれている。読みにくいが、夜の感じは強い。

地の色は、版を全面に当てて摺ったものである。紙全体を暗くする作業になる。

一冊の本のなかで、この見開きだけが夜になる。頁をめくった人は驚いたはずである。

夜を、紙で作る

版画で夜を表す方法は、いくつかある。

背景を暗く摺るのが最も直接的である。ただし、紙全体に色を乗せるので手間がかかる。

墨を厚く置けば、紙が波打つこともある。摺りの技術が要る。

この見開きは、その手を惜しんでいない。本という形だからできたことでもある。

一枚絵で全面を暗く摺る例もある。ただし、数は多くない。

夜の景色を描くとき、日本の版画には別の手もある。紙を白く残し、墨の線だけで示す。

どちらを選ぶかで、画面の印象が変わる。この見開きは、暗さそのものを見せる方を選んだ。

蛍を主題にするなら、暗いほうが理にかなう。光は、闇があって初めて見える。

蜩、蜘蛛(画本虫撰より)
喜多川歌麿《蜩、蜘蛛(画本虫撰より)》1788年。木版摺の本の頁、紙に墨と色。館の記録では、縦26.7センチ、横18.4センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ロジャーズ基金による購入、1918年。喜多川歌麿《蜩、蜘蛛(画本虫撰より)》メトロポリタン美術館蔵

右の頁に、大きな葉が斜めに垂れる。細長く、先が尖る。

葉の付け根に、実らしいものが見える。黄色い粒が並ぶ。

葉の上に、蜩がとまる。体は褐色で、羽が透ける。

その右に、蜘蛛が糸で下がる。脚が細く、八本描かれる。

左の頁の上には、穂のようなものが垂れる。薄い紫がかった色である。

文字は左の頁の下に集まる。上部は空けてある。

葉の緑には二段の濃淡がある。手前が濃く、奥が薄い。

何を、どう並べるか

虫の本の七点を並べると、選ばれた生きものに幅がある。

美しいものだけではない。毛虫、蜘蛛、蛇、蜥蜴も入る。

好かれる虫と、嫌われる虫が同じ本に並ぶ。区別していない。

これは、博物の書物に近い態度である。ただし正確な図鑑ではない。

歌の題材として面白いかどうかが、選ぶ基準だったと考えられる。

蛇や蜥蜴は、虫という言葉の範囲に入るのかという疑問も出る。

日本語の虫は、いまより広い範囲を指していた。蛇も蛙も含むことがある。

館の英語の題も、這うもの、という語で本の題を訳している。虫とは訳していない。

言葉の範囲が時代で違うことが、題の訳し方に出ている。

蛇、蜥蜴(画本虫撰より)
喜多川歌麿《蛇、蜥蜴(画本虫撰より)》1788年。木版摺の本の頁、紙に墨と色。館の記録では、全体で縦26.7センチ、横18.4センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ロジャーズ基金による購入、1918年。喜多川歌麿《蛇、蜥蜴(画本虫撰より)》メトロポリタン美術館蔵

右の頁に、草が茂る。細い葉が放射状に広がる。

その草のあいだから、蛇が頭を出す。体は褐色と黒の斑で、うねって伸びる。

蛇の胴は、草の下でもう一度現れる。二か所に分かれて見える。

左の頁には、蜥蜴が一匹いる。頁の中ほどを、右へ向かって走る。

尾が長く、体の倍ほどある。四肢は短く、指が細かく描かれる。

草の下に、小さな青い花が咲く。数は少ない。

左の頁の上部には、文字が二行だけ入る。ほかの頁より文字が少ない。

草と虫の取り合わせ

七点の虫の頁には、必ず植物が添えられる。

蜂には蔓草、蝶には芥子、蜩には葉の大きな草、蝸牛には茄子。

どれも、その虫が実際にいそうな場所である。取り合わせに理由がある。

同時に、植物は季節を示す。芥子は初夏、茄子は夏の終わりである。

虫と草を組めば、季節も一緒に描ける。歌の題としても都合がよい。

記録の書き方が、揺れる

九点の技法の欄を比べると、小さな違いがある。

木版摺の本の頁、という語の綴りが揃っていない。つなぎの記号が入るものと、入らないものがある。

分類の欄も揃わない。版画と書かれるものと、木版画と書かれるものがある。

同じ本から出た七点で、記述が揺れている。担当者や時期の差だと考えられる。

読む分には支障がない。ただし、機械で数えると別の種類として扱われる。

蝸牛、轡虫(画本虫撰より)
喜多川歌麿《蝸牛、轡虫(画本虫撰より)》1788年。木版摺の本の頁、紙に墨と色。館の記録では、縦26.7センチ、横18.4センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ロジャーズ基金による購入、1918年。喜多川歌麿《蝸牛、轡虫(画本虫撰より)》メトロポリタン美術館蔵

右の頁の中央に、大きな茄子がある。

深い紫で、縦に筋が入る。上に緑の萼が張り付く。

その萼の上に、轡虫がとまる。緑がかった体で、長い触角が伸びる。

茄子の左には、白い花と葉がある。茄子の花である。

左の頁には、蝸牛がいる。殻は淡い黄褐色で、渦が描かれる。

殻の周りに、淡い花弁のようなものが散る。

紙の地が広く残され、余白が多い。虫の本の頁のなかでは、静かな画面である。

蛙、黄金虫(画本虫撰より)
喜多川歌麿《蛙、黄金虫(画本虫撰より)》1788年。木版摺の本の頁、紙に墨と色。館の記録では、縦26.7センチ、横18.4センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ロジャーズ基金による購入、1918年。喜多川歌麿《蛙、黄金虫(画本虫撰より)》メトロポリタン美術館蔵

右の頁を、大きな蓮の葉が占める。

葉は円く、放射状の葉脈が細く走る。緑が濃い。

葉の下に水があり、小石が敷き詰められる。灰色と青が混じる。

左の頁の下に、蛙が一匹いる。背は緑で、腹は白い。

蛙は左を向き、前脚を揃えて座る。目が丸く突き出る。

左の頁の上には、文字が三行ほど入る。

黄金虫は、画像では見つけにくい。葉の陰にいるのかもしれない。

この一点だけ、館の受入番号に枝番が付く。三枚組として登録されている。

貝の本へ

残る二点は、二年後の別の本から出ている。

主題は貝である。潮干狩りで拾った貝を並べる本である。

こちらは横長の画面で、寸法も違う。縦23.2センチ、横37.8センチである。

技法の欄も違う。本の頁とは書かれず、木版画とだけ書かれる。

同じ本から出たものでも、記録の書き方が本ごとに変わっている。

潮干のつと
喜多川歌麿《潮干のつと》1790年。木版、紙に墨と色。館の記録では、縦23.2センチ、横37.8センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。サミュエル・アイシャム遺産の寄贈、1915年。喜多川歌麿《潮干のつと》メトロポリタン美術館蔵

横長の見開きである。

下辺に沿って、貝が並ぶ。二枚貝が多く、白と桃色と淡い褐色が使われる。

左端には、棘のある貝が二つある。開いた中身が見える。

貝の並びは横一列に近い。奥行きはほとんどない。

上部は文字で埋まる。細い字が縦に並び、数人分の歌が入る。

紙の中央に、大きな染みがある。褐色に変色し、輪の形になっている。

染みは文字と貝の両方にかかる。水に濡れた跡だと思われる。

館はこの染みについて何も書いていない。画像を見て初めて分かる。

傷みも、そのまま

古い紙には、たいてい傷みがある。

染み、折れ、虫食い、色の褪せ。二百年以上たてば避けられない。

公開画像は、その状態をそのまま写す。修理して撮り直すわけではない。

だから、画像を見れば紙の来歴の一部が読める。どこかで水に触れたことが分かる。

美しく整えた図版では、この情報は落ちる。当サイトが提供元の画像をそのまま使うのは、そのためでもある。

貝の本の最後の頁
喜多川歌麿《貝の本の最後の頁》1790年。木版、紙に墨と色。館の記録では、縦23.2センチ、横37.1センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。サミュエル・アイシャム遺産の寄贈、1914年。喜多川歌麿《貝の本の最後の頁》メトロポリタン美術館蔵

九点で唯一、絵のない頁である。

右の頁は、細かい文字で全面が埋まる。跋文のようなものと思われる。

左の頁には、大きめの字が並ぶ。画工、書林、といった語が読める。

その下に、絵師の名と版元の名が入る。四角い印も摺られている。

つまり、これは奥付にあたる頁である。誰が描き、誰が出したかを示す。

一枚絵では、この情報は絵の隅に小さく入る。本では、独立した頁になる。

情報の置き場所が、形式によって変わっている。

版元の名が、残る

奥付の頁が残っていることには、意味がある。

絵だけを切り取って売れば、この頁は捨てられやすい。絵がないからである。

それでも館に入り、登録され、公開されている。絵のない頁も一点として扱われている。

こうした頁があるおかげで、本の素性が分かる。誰が作ったかを、紙自身が語る。

一枚絵の題に叢書名が入るかどうかという問題も、同じ話につながる。

受入の年が、二つ

貝の本の二点は、同じ遺産からの寄贈である。

ところが、受入の年が一点は1914年、もう一点は1915年になっている。

同じ人の遺産から、一年ずれて入っている。手続きが分かれたのだろう。

虫の本の七点は、別の基金による購入で、いずれも1918年である。こちらは揃う。

つまり九点は、二つの経路と三つの年で館に入った。同じ絵師の紙でも、道は分かれる。

貝を並べるということ

貝の本は、潮干狩りという行楽と結びついている。

春の大潮に浜へ出て、貝を拾う。江戸の人びとの楽しみだった。

拾った貝を並べて眺めるのは、そのあとの遊びである。

本は、その遊びを紙の上に移している。実物の代わりに、摺った貝を並べる。

だから、貝は標本のように一列に置かれる。海の景色は描かれない。

虫を見る目

最後に、これらの絵の性格に触れておきたい。

虫は小さい。手に取って、近くで見なければ形が分からない。

九点の絵は、その近さで描かれている。羽の脈も、殻の渦も、細かく取られている。

一方で、正確な博物図ではない。草花との取り合わせは、絵として整えられている。

観察と、意匠と、歌。三つが同じ紙の上に載っている。それがこの本の作りである。

図鑑ではないということ

念のため書いておきたい。

これらの絵は、種を同定するための図ではない。脚の数や体節が正確とは限らない。

たとえば蜘蛛の脚は八本描かれるが、蛍の腹の節までは追われていない。

館の題も、種名を確定していない。蜻蛉かかげろうか、という書き方をしている頁もある。

観察にもとづくが、記録の精度は場面によって違う。そこは読み分ける必要がある。

人のいない画面

冒頭に書いたとおり、九点には人が出てこない。

同じ絵師の代表作とは、まったく違う仕事である。

しかし、細かいものをじっと見る目は共通している。髪の一本、羽の一枚を追う目である。

同じ絵師の別の一面については、同じ図が、二通りに記録される——喜多川歌麿でも触れた。

人を描かない九点は、その目がどこから来たのかを考える手がかりになる。

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