同じ図が、二通りに記録される——喜多川歌麿
まったく同じ図が、一方では三枚続きの右、他方では二枚続きの右と記録されている。題も年も違う。組の枚数が変われば、場面の広さも変わる。台所、刺身、貝取り、漁。働く場面を描いた九枚を、記録の側から読みたい。

同じ図が、二通りに記録される
一枚から始めたい。

縦長の画面である。
手前に、赤い台がある。
その上に、緑がかった大きな箱がある。
女性が、頭に白い布を巻く。
そして、細い棒を口にくわえる。
奥に、もう一人の女性がいる。
椀を持ち、手を前へ伸ばす。
上に、湯気が白く上がる。
九枚という範囲
この記事で扱うのは九枚である。
いずれも、同じ館にある。
そして、いずれも働く場面を含む。
つまり、主題が揃っている。
題を、見たい
題は、台所、である。
つまり、働く場面である。
湯気の描き方
上のほうに、白い湯気が広がる。
そして、輪郭がぼける。
箱の中身
緑がかった箱は、蒸し器だろう。
もっとも、館の記録は説明しない。
技法の欄
技法の欄を見たい。
三枚続きの右の一枚、とある。
並べて、見る
三枚を並べると、場面がつながる。
つまり、横に広い画面になる。
三枚続き
三枚の版画を並べて、一つの場面にする。
つまり、これは右端の一枚である。
一枚目の年
年の欄を見たい。
1795年である。
つまり、幅がない。
二枚目も、同じ図

一枚目と、同じ図に見える。
赤い台も、緑の箱も同じである。
そして、二人の女性の姿も同じ。
二枚目の色
一枚目より、色がやや濃い。
もっとも、摺りの違いだろう。
同じ図、違う記録
一枚目と二枚目は、同じ図である。
もっとも、記録が違う。
一語の差
題の差は、助詞の有無である。
つまり、意味はほぼ同じである。
題が、違う
一方は台所、他方は台所にて。
つまり、題が揃わない。
一年の差
一方は一年、他方は二年の幅である。
つまり、確かさが違う。
年も、違う
一方は1795年である。
そして、他方は1794年から1795年ごろ。
二枚と、三枚
二枚組と三枚組では、場面の広さが違う。
つまり、別の作品として扱われる。
続きの数も、違う
一方は三枚続きの右、他方は二枚続きの右である。
つまり、組の枚数が違う。
何が変わるか
左に一枚あるか、二枚あるか。
つまり、見えるものが変わる。
これは、大きな差
三枚組か二枚組かで、場面の広さが変わる。
つまり、作品の理解が変わる。
後から、分かること
同じ図の別の摺りが見つかれば、確かめられる。
もっとも、館の記録は触れない。
どちらが正しいか
館の記録は、説明していない。
だから、当サイトは断定しない。
読む人のために
二通りあることを書けば、確かめられる。
つまり、伝える価値がある。
直さずに、記す
当サイトは、記録を書き換えない。
そして、二通りあることを書く。
画面という語
画面の寸法は、絵の部分だけである。
つまり、紙の縁は入らない。
寸法の書き方も、違う
一枚目は、そのまま数字が並ぶ。
そして、二枚目には、画面、という語が付く。
一九二九年
五枚が、同じ年に館へ入った。
つまり、まとめて渡された。
二つの収集
一枚目と二枚目は、別の収集から来ている。
つまり、経路が違う。
三つの違い
題、年、そして続きの数。
つまり、三つが揃わない。
三枚目は、二枚並ぶ

二枚が、横に並ぶ。
右の一枚は、一枚目と同じ図である。
左には、別の場面がある。
桶と大きな箱がある。
そして、三人の人物がいる。
左の場面
左には、桶と箱がある。
そして、三人の人物がいる。
二枚で、一つ
技法の欄に、二枚続きとある。
つまり、組として登録されている。
三つの番号
同じ図に、三つの記録が関わる。
つまり、番号が三つある。
右の一枚と、同じ
三枚目の右半分は、一枚目と二枚目と同じである。
つまり、同じ図が三つの記録に出る。
数え方の違い
一枚を一点とするか、二枚で一点とするか。
つまり、単位が違う。
三つの記録
一枚だけの記録が二つ、そして二枚組の記録が一つ。
つまり、扱いが分かれる。
但し書きの役目
但し書きがあれば、数字の意味が分かる。
つまり、書き添える価値がある。
各図という語
寸法の欄に、各図、という語がある。
つまり、一枚ぶんの数字である。
横の差
25.4センチと25.1センチ。
つまり、三ミリ違う。
数字の差
一枚目は38.1センチ、三枚目は37.1センチ。
つまり、一センチ違う。
なぜ、違うか
紙の裁ち方が違うのだろう。
もっとも、館の記録は説明しない。