彫刻の制作年は、二つある——J・Q・A・ウォード
犬という要素
細部をもう一つ見たい。狩人の像には、犬が添えられている。
犬がいることで、二つの体の動きが対比される。人は前傾し、犬は踏み止まる。
つまり犬は、物語の要素であると同時に、構図の要素でもある。
一体の像に二つの生き物を入れると、鑑賞者の視線が往復する。
型が、繰り返される
表象の型についても触れたい。裸に近い姿、短い刃、犬または馬。
これらの要素は、同種の像に繰り返し現れる。
つまり、個人ではなく類型が造形されている。
記録という言葉の危うさは、
別のコラムで扱った。
彫刻でも、同じ問題が起きる。
縮小して、家に置く
寸法にも注目したい。この像は高さ41センチである。
一方、同じ主題で公共の場所に置かれた大型の像も存在する。
つまり、大きな像を縮小した版が、家庭向けに作られた。
大画面の縮小版については、別のコラムで扱った。
彫刻でも、同じ商売の形がある。
馬だけの習作
制作の過程を示す一点を見たい。

馬が一頭、立っている。首をわずかに右へ向け、四肢で地面を踏む。
たてがみと尾は簡略に作られ、筋肉の起伏が強調される。
騎手はいない。台座も、地面を示す簡単な起伏だけである。
つまり、騎馬像を作るための、馬の部分の習作である。
奥行が12.7センチしかない。ほとんど薄い板のような形である。
騎馬像は、難しい
制作の課題にも触れておきたい。騎馬像では、馬と人の両方を作る必要がある。
そして、四本の脚で全体の重量を支えなければならない。
構造の問題があるため、脚の位置や胴の傾きを何度も試すことになる。
この習作は、その検討の記録である。
素描も残っている
紙の記録も見たい。

薄い鉛筆の線で、人物の群が描かれている。
中央に立つ人物、その周囲にかがむ人物。輪郭だけで、顔は描かれない。
線は速く、何度も重ねられている。形を探している段階である。
つまり彫刻家も、まず紙の上で考えている。
原型は、どこへ行くのか
原型の行方についても書いておきたい。粘土の原型は、型を取ったあとに壊れることが多い。
石膏の原型は残ることがあり、彫刻家の工房や美術館に収蔵される場合もある。
しかし、金属の像ほど丁寧に扱われるとは限らない。
つまり制作の中心にあった物が、最も残りにくい。
同じ問題は、別のコラムでも扱った。
三つの段階
制作の順序を整理したい。第一に、紙の素描で構想する。
第二に、粘土や石膏で原型を作る。
第三に、金属に鋳造する。
公開分には、この三段階のうち第一と第三が残っている。
原型そのものは、多くの場合、残らない。
肖像彫刻という仕事
主題の幅も見ておきたい。

立像である。高さ60.3センチ。
人物は前を向き、右手を前方へ差し出す。左手は体の脇に垂れる。
外套が背中から流れ、脚の後ろへ広がる。
服装は18世紀の型である。上着、膝丈のズボン、留め具の付いた靴。
つまり、百年前の人物を、当時の装いで再現している。
差し出された手
姿勢についても見ておきたい。この像は、右手を前方へ差し出している。
演説や指揮を示す型である。同時代の記念像に繰り返し現れる。
つまり姿勢そのものが、公的な役割を示す記号になっている。
姿勢を型として借りる方法は、
別のコラムでも扱った。
絵でも彫刻でも、同じ型が流通している。
公共の像の、縮小版
この像についても、寸法を考えたい。高さ60.3センチは、室内用の大きさである。
同じ像には、公共の場所に設置された大型のものがある。
つまり、これも縮小版である。
大きな像を実際に見た人が、小さな像を家に置く。記念品としての機能を持つ。
文学者の像
もう一点、立像を見たい。

高さ71.1センチ。公開分の彫刻では最も高い。
人物は右脚に体重を掛け、左脚を前へ出す。上体をわずかにひねる。
右手を胸に当て、左手で外套を押さえる。
膨らんだ半ズボンと、首元の襞襟。16世紀から17世紀の装いである。
この一点の公開画像は白黒である。他の像はカラーで公開されている。
画像の条件が、揃っていない
画像について触れておきたい。公開分の彫刻には、カラーの画像と白黒の画像が混在する。
白黒では、緑青の色が分からない。表面の質感も読みにくい。
つまり、比べられる情報に差がある。
画像の差は作品の差ではないという点は、
別のコラムでも扱った。