祭壇画は、なぜ切り離されたのか——シモーネ・マルティーニと金地の板
五枚で一つの物語
次に、下段の部品を見たい。シエナの画家ベンヴェヌート・ディ・ジョヴァンニの二枚である。


《園の祈り》では、緑の岩山の前でキリストが跪いて祈る。
空から天使が舞い降り、金の杯を差し出す。手前では弟子たちが折り重なって眠っている。
柵と小さな木戸まで描かれ、物語の舞台が箱庭のように整えられている。
《磔刑》は一転して人だらけである。十字架の下で黒い馬と白い馬が向かい合い、赤い旗が立ち、
嘆く女たちと兵士の群れがひしめく。
どちらも横長で、高さは41〜42センチに揃う。
これはプレデッラ、つまり祭壇画の下段に並んだ物語の絵である。
所蔵館はこの組を「受難伝」の連作として記録している。制作はおそらく1491年。
そして記録には、興味深い数字がある。
現在この二枚は、同じ連作の他の三枚とともに一つの額に収められ、額の幅は283.2センチに及ぶ。
五枚がそれぞれ別の持ち主を経て、最終的に同じ収集家のもとに集まり、
横一列の「下段」として組み直された。
ばらばらに旅をした板が、数百年ぶりに隣り合わせへ戻った形である。
ただし、これで「復元」が完了したわけではない。
五枚の上にあった本体の板が、どこの何だったのか。
それはまだ研究の途上にある。額の中の整列は、現時点の仮説の形にすぎない。
祈りの場に戻ることは、もうない。それでも、物語の順序だけは取り戻せる。
美術館にできる復元とは、おおむねこの範囲のことである。
板の名前に、位置が残る
最後に、フェラーラの画家コズメ・トゥーラの二枚を見たい。


幅12.4センチ。指四本ほどの、ひどく細長い板である。
左の板では、桃色の衣のガブリエルが指を立てて告げる。
右の板では、濃い青の衣の聖母が、手を挙げてそれを受け止める。
一つの受胎告知が、二枚の板に割り振られている。
細く尖った襞、白目がちの表情。フェラーラ派らしい硬質な造形である。
注目したいのは題名である。「中央左パネル」「中央右パネル」と、位置の注記がついている。
所蔵番号は「1952.2.6.b」と「1952.2.6.c」。同じ組の「.a」も別に存在する。
つまり美術館は、この板を作品としてだけでなく、部品として記録している。
元の祭壇画のどの位置に嵌まっていたか。その推定が、名前に書き込まれている。
なお、この記事で見たワシントンの板は、所蔵記録によればすべて
「サミュエル・H・クレス・コレクション」の旧蔵である。
20世紀前半、小売業で財を成したクレスは初期イタリア絵画を大量に集め、
のちに国立美術館へ寄贈した。
分割の時代の後に、収集による再集合の時代が来た。
散った断片が今日まとめて見比べられるのは、この収集と寄贈の結果である。
一人の趣味が、結果として復元の基盤になった。歴史の皮肉としては上等の部類だろう。
受胎告知は、離れていても成立する
シモーネにも、受胎告知の断片がある。

金地に金の衣。一見すると、金の上に金を描いた無謀な絵である。
実際には、衣の文様は絵の具の層を削って下の金箔を出す技法で表されている。
光の角度で文様が浮き沈みする、布というより工芸品のような画面である。
天使は横向きに跪き、オリーブの枝を持つ。
シエナでは、受胎告知の天使がユリではなくオリーブを持つ作例が知られる。
視線と枝は、画面の右外を指す。
そこには本来、聖母の板があったはずである。
対になる板は、この画面の中にない。それでも構図は、対の存在を前提に組まれている。
断片は、欠けた相手を指さし続ける。
見立て——断片は、設計図を語る
ここまでを見立てとしてまとめたい。
切り離された祭壇画は、失われた全体の証言者である。
寸法が数ミリ単位で揃えば、同じ組の可能性が高い。
銘記が残れば、聖人の同定と並び順の手がかりになる。
裏に絵があれば、そもそも壁掛けではなかったと分かる。
題名の位置注記や所蔵番号の枝番は、美術館による復元の仮説である。
シモーネの三枚は、二つの美術館に分かれてなお、同じ設計を示していた。
ベンヴェヌートの五枚は、一つの額に集められ、物語の列を取り戻した。
分割は、たしかに破壊だった。
ただし、分かれて売られたからこそ、板が複数の場所で生き延びた面もある。
一括で失われた祭壇画は、記録にすら残らない。
美術館の壁は、難破船の漂着物が並ぶ浜辺に似ている。
部品として、見直してみる
金地の小さな板を、部品として見る。これがこの記事の提案である。
アーチの形は、隣に別の板があったことを示す。
視線の向きは、中央に何が置かれていたかを示す。
一枚の「作品」として完結して見えるものが、実は文の途中の一語である。
帰属の判定を扱った別のコラムでも書いたように、
美術館の記録は仮説の集積であり、これからも書き換わりうる。
1867年に「リッポ・メンミ」として売られた板は、いまシモーネ・マルティーニの名で呼ばれている。
名前も、並び順も、まだ動く可能性がある。
公開画像で確かめる手順は、簡単である。
まず寸法を見る。次に枠の形を見る。それから銘記と視線の向きを確かめる。
最後に所蔵番号を見る。枝番があれば、それは組の印である。
この四つだけで、一枚の板の「隣」がかなりの精度で想像できる。
当サイトの図版には寸法と所蔵を必ず添えてあるので、この推理は画面の上で完結する。
板絵という形式の楽しみは、パネル画のコラムでも扱った。
祭壇画の断片は、それ自体が美しく、しかも謎解きの手がかりを全部持っている。
金地の小さな板は、祭壇という建築を想像するための、最良の入り口である。
小ささを、物足りなさと取り違えないでほしい。







