美術史・技法

戦いの絵に、戦いはない——豊信・デューラー・ホンデクーテルほか九点

戦いを扱った九点を数えると、戦う姿があるのは三点だけだった。血の描かれた絵はなく、死んだ人もどこにも描かれていない。残る六点にあるのは、顔と、碑と、崩れた壁と、静かな海である。激しさは題のほうにあった。

粟津原の合戦で内田三郎家吉を討つ巴御前
石川豊信《粟津原の合戦で内田三郎家吉を討つ巴御前》メトロポリタン美術館蔵

馬上から、刀を振り下ろす

横長の版画である。

粟津原の合戦で内田三郎家吉を討つ巴御前
石川豊信《粟津原の合戦で内田三郎家吉を討つ巴御前》1750年ごろ。館の記録では、木版多色摺・紙。18.4×28.9センチ。番号はJP846。メトロポリタン美術館蔵。石川豊信《粟津原の合戦で内田三郎家吉を討つ巴御前》メトロポリタン美術館蔵

18.4×28.9センチある。

紙は淡い褐色である。

背景は、ほとんど白い。

上のほうに、松の枝がある。

枝は横に伸びる。

葉は、丸い塊で描かれる。

画面の中央に、馬がいる。

馬は右へ進む。

体は白く、斑がある。

首は下がる。

背に、武者が乗る。

武者は鎧をつける。

袖は大きく張る。

草摺は、脚の前に垂れる。

髪は長く、背に流れる。

顔は、左を向く。

口は結ばれる。

右腕を、高く上げる。

手には、刀がある。

刀は反り、上を向く。

まだ、振り下ろされていない。

馬の前に、もう一人いる。

その人は、地面に倒れかける。

体は、前へ傾く。

腕は、下へ流れる。

顔は見えない。

二人の間は、一メートルほどしかない。

九点のうち、刃が人に向く一点である。

館の記録では、これはある合戦の場面である。

題には、討つ相手の名も記される。

描かれているのは、女の武者だという。

物語の中で、名を知られた人物である。

館の記録は、その名を題に置いている。

画面の作りを見ておきたい。

馬と武者は、画面の右三分の二を占める。

倒れる人は、左の端にいる。

二人の間に、白い余白が残る。

余白があるから、動きの向きが分かる。

右から左へ、力が流れている。

松の枝も、その向きに伸びる。

背景を描かないのは、そのためだろう。

余白そのものが、速さを示している。

戦いは、九つの場所に現れる

このコラムでは、戦いの絵を九点並べる。

九点は、館も年代も技法も違う。

版画があり、油彩があり、メダルがあり、写真がある。

共通するのは、館の記録に戦いの語があることだけである。

数えるのは、戦っている姿があるかどうかである。

天の戦いで、槍が突き下ろされる

二点目は、木版である。

竜と戦う聖ミカエル(ヨハネ黙示録より)
アルブレヒト・デューラー《竜と戦う聖ミカエル(ヨハネ黙示録より)》1511年。館の記録では、木版。紙は39.2×28.2センチ。番号は1922.94.13。クリーヴランド美術館蔵。アルブレヒト・デューラー《竜と戦う聖ミカエル(ヨハネ黙示録より)》クリーヴランド美術館蔵

縦長の紙である。

紙は39.2×28.2センチある。

白と黒だけでできている。

線は密で、画面が暗く見える。

上半分は、天である。

雲が、渦を巻く。

その中に、翼のある姿が四つある。

中央の一人が、槍を構える。

槍は、まっすぐ下を向く。

両手で、それを握る。

体は、前へ踏み出す。

顔は、下を見る。

その下に、獣がいる。

獣は、翼と角を持つ。

首が、いくつも伸びる。

口は開き、牙が見える。

体は、槍に貫かれている。

周りにも、獣がいる。

四方から、押し寄せる。

弓を引く姿もある。

画面の下は、風景である。

丘と、木と、川がある。

家が、小さく並ぶ。

戦いの下に、静かな土地がある。

館の記録では、これは十五枚組の一枚である。

黙示録の場面を、順に並べた組だという。

これは、その中の天の戦いである。

善と悪の、最後の戦いとされる。

館は、そう説明している。

技法についても書いておきたい。

木版では、黒い線を彫り残す。

細い線ほど、彫るのが難しい。

この一枚では、雲も、羽も、鱗も線でできる。

線の向きを変えるだけで、質感が変わる。

下の風景では、線が細く、間隔が広い。

そのため、明るく見える。

上の戦いでは、線が密である。

同じ黒一色で、明暗が作られている。

庭で、鶏と七面鳥が向き合う

三点目は、大きな油彩である。

闘う雄鶏と七面鳥
メルヒオール・デ・ホンデクーテル《闘う雄鶏と七面鳥》1680年ごろ。館の記録では、油彩・カンヴァス。額なしで137.2×166.4センチ。番号は1986.59。クリーヴランド美術館蔵。メルヒオール・デ・ホンデクーテル《闘う雄鶏と七面鳥》クリーヴランド美術館蔵

横長の画面である。

額なしで137.2×166.4センチある。

人の背丈に近い高さがある。

背景は、暗い。

右奥に、石の建物がある。

柱と、丸い屋根が見える。

空は、灰色と青である。

画面の中央に、二羽の鳥がいる。

一羽は雄鶏である。

首の羽が、大きく開く。

羽は白と橙である。

頭は低く、前へ出る。

嘴は開く。

もう一羽は、七面鳥である。

体は黒く、大きい。

尾の羽が、扇のように広がる。

翼は、地面に垂れる。

二羽の距離は、ほとんどない。

嘴と嘴が、触れそうである。

周りにも、鳥がいる。

雌鶏と、雛がいる。

上のほうを、鳥が飛ぶ。

館の記録では、この画家は鳥の絵を専門にした。

そして、この絵は暖炉の上に掛けられたはずだという。

裕福な家の広間だろう、と館は書く。

大きな画面は、高い位置で見るためのものである。

見上げれば、鳥の脚が目の高さに来る。

羽の一枚ずつが、細かく描かれる。

雄鶏の首の羽は、光を受ける。

七面鳥の黒い羽には、青い艶がある。

色の差が、二羽の違いを作る。

館の記録では、この画家は流行の作家だった。

家で飼う鳥も、遠い土地の鳥も描いた。

争いの場面は、その中でも動きが大きい。

静かな庭に、渦のような動きが置かれる。

館は、その対比に触れている。

将軍が、一人で立つ

四点目は、細長い油彩である。