戦いの絵に、戦いはない——豊信・デューラー・ホンデクーテルほか九点
戦いを扱った九点を数えると、戦う姿があるのは三点だけだった。血の描かれた絵はなく、死んだ人もどこにも描かれていない。残る六点にあるのは、顔と、碑と、崩れた壁と、静かな海である。激しさは題のほうにあった。

馬上から、刀を振り下ろす
横長の版画である。

18.4×28.9センチある。
紙は淡い褐色である。
背景は、ほとんど白い。
上のほうに、松の枝がある。
枝は横に伸びる。
葉は、丸い塊で描かれる。
画面の中央に、馬がいる。
馬は右へ進む。
体は白く、斑がある。
首は下がる。
背に、武者が乗る。
武者は鎧をつける。
袖は大きく張る。
草摺は、脚の前に垂れる。
髪は長く、背に流れる。
顔は、左を向く。
口は結ばれる。
右腕を、高く上げる。
手には、刀がある。
刀は反り、上を向く。
まだ、振り下ろされていない。
馬の前に、もう一人いる。
その人は、地面に倒れかける。
体は、前へ傾く。
腕は、下へ流れる。
顔は見えない。
二人の間は、一メートルほどしかない。
九点のうち、刃が人に向く一点である。
館の記録では、これはある合戦の場面である。
題には、討つ相手の名も記される。
描かれているのは、女の武者だという。
物語の中で、名を知られた人物である。
館の記録は、その名を題に置いている。
画面の作りを見ておきたい。
馬と武者は、画面の右三分の二を占める。
倒れる人は、左の端にいる。
二人の間に、白い余白が残る。
余白があるから、動きの向きが分かる。
右から左へ、力が流れている。
松の枝も、その向きに伸びる。
背景を描かないのは、そのためだろう。
余白そのものが、速さを示している。
戦いは、九つの場所に現れる
このコラムでは、戦いの絵を九点並べる。
九点は、館も年代も技法も違う。
版画があり、油彩があり、メダルがあり、写真がある。
共通するのは、館の記録に戦いの語があることだけである。
数えるのは、戦っている姿があるかどうかである。
天の戦いで、槍が突き下ろされる
二点目は、木版である。

縦長の紙である。
紙は39.2×28.2センチある。
白と黒だけでできている。
線は密で、画面が暗く見える。
上半分は、天である。
雲が、渦を巻く。
その中に、翼のある姿が四つある。
中央の一人が、槍を構える。
槍は、まっすぐ下を向く。
両手で、それを握る。
体は、前へ踏み出す。
顔は、下を見る。
その下に、獣がいる。
獣は、翼と角を持つ。
首が、いくつも伸びる。
口は開き、牙が見える。
体は、槍に貫かれている。
周りにも、獣がいる。
四方から、押し寄せる。
弓を引く姿もある。
画面の下は、風景である。
丘と、木と、川がある。
家が、小さく並ぶ。
戦いの下に、静かな土地がある。
館の記録では、これは十五枚組の一枚である。
黙示録の場面を、順に並べた組だという。
これは、その中の天の戦いである。
善と悪の、最後の戦いとされる。
館は、そう説明している。
技法についても書いておきたい。
木版では、黒い線を彫り残す。
細い線ほど、彫るのが難しい。
この一枚では、雲も、羽も、鱗も線でできる。
線の向きを変えるだけで、質感が変わる。
下の風景では、線が細く、間隔が広い。
そのため、明るく見える。
上の戦いでは、線が密である。
同じ黒一色で、明暗が作られている。
庭で、鶏と七面鳥が向き合う
三点目は、大きな油彩である。

横長の画面である。
額なしで137.2×166.4センチある。
人の背丈に近い高さがある。
背景は、暗い。
右奥に、石の建物がある。
柱と、丸い屋根が見える。
空は、灰色と青である。
画面の中央に、二羽の鳥がいる。
一羽は雄鶏である。
首の羽が、大きく開く。
羽は白と橙である。
頭は低く、前へ出る。
嘴は開く。
もう一羽は、七面鳥である。
体は黒く、大きい。
尾の羽が、扇のように広がる。
翼は、地面に垂れる。
二羽の距離は、ほとんどない。
嘴と嘴が、触れそうである。
周りにも、鳥がいる。
雌鶏と、雛がいる。
上のほうを、鳥が飛ぶ。
館の記録では、この画家は鳥の絵を専門にした。
そして、この絵は暖炉の上に掛けられたはずだという。
裕福な家の広間だろう、と館は書く。
大きな画面は、高い位置で見るためのものである。
見上げれば、鳥の脚が目の高さに来る。
羽の一枚ずつが、細かく描かれる。
雄鶏の首の羽は、光を受ける。
七面鳥の黒い羽には、青い艶がある。
色の差が、二羽の違いを作る。
館の記録では、この画家は流行の作家だった。
家で飼う鳥も、遠い土地の鳥も描いた。
争いの場面は、その中でも動きが大きい。
静かな庭に、渦のような動きが置かれる。
館は、その対比に触れている。
将軍が、一人で立つ
四点目は、細長い油彩である。

きわめて縦長の画面である。
額なしで352.1×97.8センチある。
高さは、幅の三倍以上ある。
三メートル半の高さがある。
背景は、暗い褐色である。
岩か、煙のような塊がある。
画面の上のほうに、人がいる。
人は馬に乗る。
馬は褐色で、首だけが見える。
乗る人は、暗い外套を着る。
頭には、帽子がある。
顔は横向きである。
輪郭は、粗い筆で示される。
下半分は、ほとんど塗られていない。
地の色が、そのまま残る。
戦っている姿ではない。
一人が、立っているだけである。
館の記録では、これは大きな絵のための習作である。
その絵は、ある戦いを描いたものだった。
後に、政府が両端に描き足すよう求めたという。
この将軍は、もとの絵に入っていなかった。
館は、そう説明している。
つまり、後から加えるための人物である。
館の記録は、経緯も書いている。
もとの絵は、ある戦いの大画面だった。
一度は倉に入れられたという。
後に、歴史の館へ移すことになった。
そのとき、両端を広げるよう求められた。
中心の人物の重みを下げるためかもしれない、と館は書く。
この将軍は、その追加で加わった。
細長い形は、そのためである。
端に付け足す絵だから、幅が要らない。
高さだけが、もとの絵に合わせられている。
三メートル半という寸法が、その名残である。
下半分が塗られていないのも、習作だからだろう。
メダルの裏に、船が並ぶ
五点目は、ブロンズのメダルである。

小さな円盤である。
径は6.4センチしかない。
手のひらに載る。
金属は、褐色に光る。
表には、人の横顔がある。
顔は右を向く。
髪は短く、渦を巻く。
襟は高く、詰まっている。
顔の周りに、文字が並ぶ。
文字は、縁に沿って回る。
裏には、別の図がある。
水の上に、船が並ぶ。
帆柱が、いくつも立つ。
船は小さく、線で示される。
煙らしいものもある。
その下にも、文字がある。
館の記録では、これは連作の一枚である。
ある戦争での勝利を記念する二十七枚の組だという。
議会の決議で作られた。
指揮官には金、士官には銀が贈られた。
この一枚は、後から作られた銅の版である。
館は、そう説明している。
金属の違いが、そのまま順位になる。
金が指揮官、銀が士官、銅が後の複製である。
同じ図柄が、三つの階級で作られた。
館にあるのは、いちばん下の材である。
それでも、彫りは変わらない。
顔の線も、船の形も同じである。
違うのは、色と重さだけである。
メダルは、手に持って見る品である。
径6.4センチなら、掌に収まる。
表と裏を、順に返して見る。
人の顔と、戦いの場面が、そこで組になる。
もう一枚のメダルに、将軍の顔がある
六点目も、メダルである。

円盤である。
径は5.6センチある。
先の一枚より、少し小さい。
金属は、赤みを帯びた褐色である。
面には、横顔がある。
顔は左を向く。
髪は、後ろで束ねられる。
耳の上に、巻いた形がある。
当時の髪型である。
首には、布が巻かれる。
上着の襟は、細かく彫られる。
肩には、飾りがある。
顔の輪郭は、深く彫られる。
そのため、影が濃く出る。
縁に沿って、文字が回る。
文字は大きく、間隔が広い。
下のほうにも、短い文字列がある。
館の記録には、それ以上の説明がない。
分かるのは、寸法と材料と年である。
この面には、戦いの場面がない。
あるのは、一人の顔だけである。
戦いの名は、題の中にある。
縁の文字にも、名が含まれる。
館の記録は、その文言を控えていない。
読めるのは、大きな二語ほどである。
メダルという形は、記録のための形である。
人の顔を残し、名を刻み、年を添える。
戦いの場面は、なくてもよい。
先の一枚には、裏に船があった。
この一枚では、そこまで確かめられない。
館の画像は、片面だけである。
裏に何があるかは、分からない。
分からないことは、書かないでおく。
記念碑の周りに、人が集まる
七点目は、油彩である。

横長に近い画面である。
全体は70.4×78.1センチある。
空は明るい青緑である。
雲は、桃色を帯びる。
画面の中央に、二本の木がある。
木は大きく、丸い塊になる。
葉は濃い緑である。
その間に、白い柱が立つ。
柱は細く、高い。
上は、四角く尖る。
これが記念碑である。
周りに、鉄の柵がある。
奥に、白い家が並ぶ。
窓は規則正しい。
手前は、緑の芝である。
芝は、明るい黄緑である。
低い白い柵が、横に走る。
人が、数人いる。
女は、長い服を着る。
黒い服の人もいる。
右のほうに、馬に乗る人がいる。
馬は白く、人は赤い上着である。
戦っている人は、一人もいない。
館の記録に、作者の名はない。
アメリカの十九世紀、とだけ記される。
描き方は、素朴である。
木の葉は、同じ形の塊で埋められる。
家の壁は、平らな白である。
影は、ほとんど描かれない。
遠近も、厳密ではない。
奥の家と手前の人が、同じ大きさに近い。
それでも、場所は分かる。
碑と、柵と、家並みが揃っている。
記念碑の絵とは、場所の絵である。
戦いから、七十年以上が経っている。
草は生え、家が建ち、人が散歩している。
描かれているのは、その後の日常である。
門の跡に、草が生える
八点目は、写真である。

館の記録に、寸法の記載はない。
横長の写真である。
全体が褐色である。
画面の中央に、門がある。
門は石と煉瓦でできている。
上のほうは、崩れている。
輪郭が、欠けたまま残る。
開口部は、二つ見える。
門の左右に、壁が続く。
壁は低く、厚い。
上面には、草が生える。
手前は、乾いた地面である。
石が、散らばる。
右のほうに、水の流れがある。
流れは、暗く写る。
奥には、木がある。
木は白っぽく、葉が薄い。
人は、一人も写っていない。
題には、激戦の地とある。
そして、その年も記される。
しかし、画面にあるのは崩れた壁だけである。
館の記録では、これは五十枚の写真帖の一枚である。
館は、修復前の姿を記録した価値に触れる。
題は、長い一文である。
地名と、建物の名と、出来事が並ぶ。
激戦という語も、そこに入る。
写真そのものは、静かである。
人がいないのは、露光の長さのためでもある。
動くものは、像を結ばない。
残るのは、動かない石だけである。
崩れた部分は、そのままにされている。
修復は、まだ行われていない。
弾の跡かどうかは、写真からは分からない。
館の記録も、そこには触れていない。
見えるのは、欠けた輪郭だけである。
地名だけに、戦いがある
九点目は、海の絵である。

横長の画面である。
50.8×76.2センチある。
画面の上半分は、空である。
空は灰色と褐色である。
雲は厚く、低い。
わずかに、明るい隙間がある。
下半分は、海である。
海は静かで、波が低い。
水面は、空の色を映す。
画面の中央に、帆船がある。
帆柱は三本立つ。
帆は、たたまれている。
船体は暗い。
その左に、白い塊がある。
塊は、水の上に浮かぶ。
氷である。
右にも、小さな氷がある。
奥に、別の船が見える。
船は小さく、灰色に沈む。
人の姿は、ほとんど分からない。
戦いの場面は、どこにもない。
題にある地の名が、戦いの語を含むだけである。
館の記録にも、それ以上の説明はない。
この画家は、北の海を繰り返し描いた。
氷のある海を、専門にした人である。
港の名は、その航海の記録でもある。
地名がいつ付いたのかは、分からない。
戦いがあったのかどうかも、記録にない。
名前だけが、そこに残っている。
画面は、灰色と褐色でできる。
強い色は、どこにもない。
光は、雲の隙間からわずかに落ちる。
その光が、氷の面で白く返る。
静けさが、この絵の主題だろう。
数えてみると
九点を並べ直す。
戦っている姿があるのは、三点である。
刀を振り上げる武者、槍を突き下ろす姿、そして二羽の鳥である。
このうち、人と人が戦うのは一点だけである。
人と獣が一点、獣と獣が一点である。
戦っていない絵が、六点ある。
将軍の習作、メダルが二点、記念碑、写真、海の絵である。
このうち、戦いの跡が写るのは一点である。
崩れた門である。
戦いの名が題にだけあるのが、二点である。
記念碑の絵と、海の絵である。
もう一つ数える。
武器が描かれるのは、三点である。
刀と、槍と、弓である。
鳥の一点には、武器がない。
嘴と羽だけで戦っている。
さらに数える。
九点のうち、血が描かれた絵は一点もない。
倒れる人が描かれるのは、一点である。
死んだ人は、どこにも描かれない。
技法でも数える。
油彩が三点、版画が二点である。
ブロンズが二点、写真が一点、木版が一点である。
年でも並べる。
十六世紀が一点、十七世紀が一点である。
十八世紀が二点、十九世紀が五点である。
人がいない絵が、二点ある。
門の写真と、海の絵である。
人の数でも分かれる。
二人だけが一点、数人が二点である。
多数が二点、一人だけが三点である。
一人だけの三点は、将軍と、二枚のメダルである。
いずれも、顔だけが残されている。
戦いの道具については、画面のなかの鉄で扱った。
言えることと、言えないこと
言えるのは、戦いの絵が戦いを描かないということである。
九点のうち、六点には戦う姿がなかった。
あるのは、顔と、碑と、崩れた壁と、静かな海である。
戦いは、名前として残っている。
題の中と、縁に刻まれた文字の中である。
起きたことを、後から指し示す絵である。
言えないのは、戦いの絵が激しいという話である。
九点のうち、動きの激しい絵は三点だけだった。
一点は、鳥どうしの争いである。
残りは、止まっている。
メダルの顔は、静かに横を向く。
海は、波も立てていない。
激しさは、絵より題のほうにある。
記念のかたちについては、名を刻むでも触れた。
最後に、はじめの一枚へ戻る。
武者の刀は、まだ振り下ろされていなかった。
倒れる人の顔も、見えない。
血も、傷も描かれない。
九点を数え終えて残るのは、その手前である。
戦いの絵もまた、決着の前で止まっている。
止まった先を、題と碑と文字が引き受ける。
誰が勝ったかは、縁の文字に刻まれる。
何年に起きたかは、題に書かれる。
画面が担うのは、その手前だけである。
九点は、その分け方を揃って示していた。
画面は姿勢を、文字は結果を担う。
姿勢は誰にでも読めるが、結果は読めない。
読めないものを、名前と年が補っている。
だから、戦いの品には必ず文字がある。
九点のうち四点に、刻まれた文字があった。
メダルの縁、碑の面、題の一行である。
文字のない絵では、戦いは姿勢だけで示される。
刀の角度と、開いた嘴と、突き下ろす槍である。
三点は、その姿勢だけで足りていた。
残る六点は、文字と名前に頼っている。
戦いを描くとは、そのどちらかを選ぶことだった。
姿勢を選べば、決着は描けない。
文字を選べば、動きは残らない。
九点は、その二つに分かれていた。
分かれ目に立つのが、崩れた門の写真である。
そこには、姿勢も文字もない。
あるのは、欠けた石の輪郭だけである。
欠けた形だけが、起きたことを示している。


