名画の楽しみ方

題が、器の名でできている——シカゴ美術館のギリシア陶器

カンタロス(酒杯)
ギリシア、イタリア南部アプリア《カンタロス(酒杯)》紀元前300年から275年。テラコッタ、後期グナティア陶器。館の記録では、縦15.4センチ、横18センチ、奥行き13.3センチとされる。番号は1889.25。シカゴ美術館蔵。古代ギリシア《カンタロス(酒杯)》シカゴ美術館蔵

黒い杯である。

低い脚の上に、胴が載る。

胴の下半分には、縦の溝が刻まれる。

上半分は平らで、そこに文様が描かれる。

黄色と白の絵具で、葉と実の連なりが並ぶ。

絵具は黒い釉の上に置かれる。

赤絵式や黒絵式とは、作り方が違う。

地を残すのではなく、上から描く。

把手は二本、口の高さまで伸びる。

把手の付け根には、丸い飾りが付く。

脚の縁は橙色で、地の色が出ている。

技法の欄には、産地の名を含む陶器の呼び名が書かれる。

産地の名が、技法の欄に入る

いま見た一点の技法の欄には、ある地名が入っている。

その地で多く見つかる種類の陶器を指す呼び名である。

産地の名が、そのまま様式の名になっている。

前の回の記事で、イズニク陶器という書き方を見た。

同じ形である。

産地の名を知っていれば、色や作り方が見当がつく。

知らなくても、名前として検索できる。

技法の欄に産地を入れるのは、そのためだろう。

材料だけを書けば「テラコッタ」で終わる。

それでは、十点がすべて同じになってしまう。

アンフォラ(貯蔵壺)
イクシオンの画家に帰される、ギリシア、イタリア南部カンパニア《アンフォラ(貯蔵壺)》紀元前340年から330年。テラコッタ、赤絵式。館の記録では、縦86.4センチ、横36.1センチ、奥行き26センチとされる。番号は1889.24。シカゴ美術館蔵。イクシオンの画家《アンフォラ(貯蔵壺)》シカゴ美術館蔵

十点でいちばん大きい器である。

高さは86.4センチある。

細長い胴が、上下にすぼまる。

首は長く、口は皿のように開く。

把手が二本、首から肩へ架かる。

胴の中央に、人物が数体描かれる。

上に、馬に乗った姿が見える。

その下に、腰かける人物と、立つ人物。

橙色の線に加えて、白と黄が使われる。

衣の縁や飾りに、白い点が並ぶ。

首の部分にも、葉の文様が回る。

脚は低く、黒い。

高さがあるので、床に置いて使ったのだろう。

オイノコエ(水差し)
マッティナータの画家に帰される、ギリシア、イタリア南部アプリア《オイノコエ(水差し)》紀元前4世紀末。テラコッタ、赤絵式。館の記録では、縦38.1センチ、横13.9センチ、奥行き13.6センチとされる。番号は1889.88。シカゴ美術館蔵。マッティナータの画家《オイノコエ(水差し)》シカゴ美術館蔵

細長い水差しである。

胴は下部で膨らみ、上へすぼまる。

首は細く長い。

口は三つに分かれた形で、注ぎ口になる。

把手が一本、口から肩へ大きく架かる。

胴の中央に、人物が一人描かれる。

腰かけて、こちらへ体を向ける。

手には、丸い器のようなものを持つ。

その周りに、渦巻きと葉の文様が広がる。

白い点が、飾りとして散らされる。

脚は低く、橙色の縁が出る。

寸法の欄の横の数字は、把手を含む幅である。

寸法の欄が、三つの数字を持つ

十点の寸法の欄を見ると、九点に三つの数字がある。

縦、横、奥行き。

器は立体なので、三つ要る。

残る一点だけは、縦と直径で書かれる。

丸い断面なら、直径のほうが正確だからだ。

同じ部門の中でも、形によって書き方が変わる。

前の回の記事で、彫刻に奥行きが加わることを書いた。

器も同じである。

そして、把手が横へ張り出すぶん、横の数字が大きくなる。

浅い杯では、縦14.2センチに対して横45センチ。

数字の比だけで、形の見当がつく。

用途の語が、括弧に入る

題の括弧に入る語を並べてみる。

酒杯。水瓶。貯蔵壺。小物入れ。水差し。

これらは、その器が何に使われたかを示す。

古代の名だけでは、多くの人に伝わらない。

括弧の中に用途を添えれば、想像がつく。

もっとも、用途は推定であることも多い。

同じ形の器が、別の用途に使われた例もある。

館の記録は、そこには踏み込まない。

慣習として定まった呼び方を、括弧に置くだけである。

前の回の記事で、括弧が二つの粒度を畳む道具だと書いた。

ここでも同じ役目を果たしている。

専門の名と、一般の言い方を、一つの題に収める。

名を先に、意味を後に

十点の題は、いずれも同じ順序で書かれる。

器の名が先、用途が括弧で後。

この順序は変わらない。

主となる情報が先、補足が後。

出所の行でも、作者の欄でも、同じ原則を見てきた。

館の記録は、あらゆる欄でこの順序を守る。

守られているから、読む側は慣れる。

慣れれば、括弧の中を読まなくても済むようになる。

そして、慣れない人には括弧が助けになる。

一つの書き方で、二種類の読者に応えている。

十点の題は、そのための短い工夫である。

古代の器の名を、二千年後の記録がそのまま使っている。

使い続けているから、名が生き残っている。

もし題を「壺」や「杯」だけにしていたら、区別がつかなくなる。

十点のうち三点が「杯」、二点が「壺」になってしまう。

古代の名を使えば、形まで区別できる。

区別できれば、比べられる。

同じ名の器を並べて、産地や時代の違いを見られる。

館の記録が古い名を捨てないのは、そのためだろう。

読みにくくても、精度を取る。

これまでの記事で何度も見た判断が、ここでも働いている。

そして括弧の中の一語が、その読みにくさを和らげている。

二千四百年前に作られた器が、いま同じ棚に十点並ぶ。

一つずつは、酒を飲み、水を運ぶための道具だった。

道具の名が、そのまま作品の題になっている。

作品として作られたわけではないものが、作品として記録される。

その転換を、題の欄が静かに引き受けている。

名を残し、用途を添え、それ以上は言わない。

十点の題は、そこで止まっている。

止まっていることが、この欄の潔さでもある。

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