作品を知る

抱くと、輪郭が一つになる——デューラー・ムリーリョ・ドガほか九点

抱かれているのは、鳥である

八点目では、腕の中に鳥がいる。

トキを抱く若い女
エドガー・ドガ《トキを抱く若い女》1857年から58年、1860年から62年に加筆。館の記録では、油彩・カンヴァス。100×74.9センチ。番号は2008.277。メトロポリタン美術館蔵。エドガー・ドガ《トキを抱く若い女》メトロポリタン美術館蔵

縦長の画面である。

100×74.9センチある。

画面の中央に、若い女が立つ。

体は正面をやや向く。

顔は左を向き、横顔になる。

髪は褐色で、頭に布を被る。

布は深い青緑である。

布は肩から腕を包み、体の前で交差する。

その布の色が、画面の大部分を占める。

左肩の上に、鳥がとまる。

鳥は赤い。

首が長く、嘴が下へ曲がる。

嘴の先が、女の顔に近づく。

触れてはいない。

数センチの隙間がある。

右にも、同じ鳥がもう一羽いる。

そちらは石の欄干にとまる。

翼を半分広げている。

女の右手は、胸の前にある。

左手は下がり、布の外に出る。

背後には、町が広がる。

町の建物は小さく、褐色である。

空は橙と赤で、夕方らしい。

手前には、桃色の花が二つある。

館の記録は、年の欄を二つに分けている。

はじめに描かれたのが1857年から58年である。

そして1860年から62年に手が加えられたという。

館の記録は、そう書いている。

つまり四年の隔たりがある。

どこが加筆かは、書かれていない。

九点のうち、二度描かれているのは、この一点である。

鳥は、抱かれているというより、乗っている。

女の手は、鳥に触れていない。

支えているのは、肩である。

腕を使わない抱き方である。

もう一羽は、欄干にとまる。

そちらは、誰にも触れていない。

同じ鳥が、抱かれる側と、離れた側に分かれている。

鳥を抱いて、こちらを見る

最後の一点でも、腕の中に鳥がいる。

オウムを抱く若い婦人
ロザルバ・カッリエーラ《オウムを抱く若い婦人》1730年ごろ。館の記録では、青の簀の目紙にパステル、板紙に貼付。60×50センチ。番号は1985.40。シカゴ美術館蔵。ロザルバ・カッリエーラ《オウムを抱く若い婦人》シカゴ美術館蔵

縦長の画面である。

60×50センチある。

画面の中央に、若い女性がいる。

胸から上が描かれる。

顔はやや右を向く。

目はこちらを見る。

肌は白く、頬に薄い赤みがある。

髪は明るい褐色で、後ろでまとめられる。

髪には、小さな白い花が挿さる。

首には、真珠の輪が二重に掛かる。

胸元は大きく開く。

衣は青で、袖が広い。

袖には、桃色の布が重なる。

胸の前に、鳥がいる。

鳥は青灰色で、丸い。

嘴は太く、下へ曲がる。

鳥は女の胸に、体を寄せる。

右手が、その体に添えられる。

指は開き、羽根に触れる。

背景は、灰と褐色の靄である。

地の青が、その靄の下から透ける。

右上だけが、わずかに明るい。

輪郭は、どこも柔らかい。

館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。

材料の欄には、青の簀の目紙とある。

つまり地の色は青である。

その上に、白と桃色の粉が置かれる。

肌の明るさは、青の上で作られている。

青の紙は、影の色をあらかじめ用意する。

塗り残せば、そこが影になる。

白い紙なら、影を足さなければならない。

地の色を選ぶことが、描く順序を決めている。

この一点では、青が下にある。

九点のうち、抱く人がこちらを見るのは、この一点である。

数えてみると

九点を並べ直す。

子を抱いているのは、六点である。

産着の子、乳を与える場面、布の中の赤子、素描帖の一葉、板の器具、そして写真の中の一人。

そのうち一点では、抱くことが人質を取ることだった。

鳥を抱いているのが、二点である。

腕の中の対象で分ければ、人が六点、鳥が二点。

残る一点は、板の器具に納められた子である。

もう一つ数える。

九点のうち、抱かれている側の顔が見えるのは五点である。

見えないのは、布に隠れた赤子と、遠すぎる写真の赤子である。

さらに数える。

九点のうち、抱く人の顔が伏せられているのは三点である。

産着の場面、乳を与える場面、素描帖の一葉である。

こちらを見ているのは、鳥を抱く一点だけである。

残る五点では、顔は横か、遠いか、隠れている。

抱く動作は、腕と胸で示される。

顔は、なくても成り立つ。

だから遠くからでも、抱いていることが分かる。

三十五人の写真でも、その一人だけ姿勢が違う。

言えることと、言えないこと

言えるのは、抱くという姿が「二人を一つの塊にする」ということである。

腕が体を囲むと、輪郭が一続きになる。

どこまでが抱く人で、どこからが抱かれる人か、分かりにくくなる。

九点のうち三点で、二人の輪郭が溶けていた。

溶けているのは、布のある三点である。

産着、青い布、そして帯の並ぶ衣。

布で包めば、なおさらである。

言えないのは、抱く姿がつねに情を示すという話である。

古代の器では、抱くことは脅しだった。

板の器具では、抱くことの一部を道具が引き受けていた。

写真では、抱くことは役として割り当てられていた。

同じ形が、守ることにも、奪うことにも、演じることにもなる。

最後に、はじめの一枚へ戻る。

産着の子は、布できつく巻かれている。

腕も脚も出ていない。

館の記録は、その形が後の埋葬の布を思わせると書いていた。

抱かれている形と、包まれている形が同じである。

九点を数え終えて残るのは、その形の二重の読みのほうである。

包むことは、守ることでもある。

同時に、動けなくすることでもある。

板の器具でも、同じことが起きていた。

子は落ちない。

かわりに、手も足も出せない。

二つの絵が、四百年を隔てて同じ形を示している。

包む布と、板の枠。

材料は違うが、体の収まり方は変わらない。

抱く側の腕も、同じ角度で曲がっている。

形は、材料より長く続く。

九点は、その一つの形をめぐっている。

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