一本の木が、画面を支える——広重・米国風景画・掛軸ほか九点
木が、上の縁になる
この一点では、桜の枝が画面の上を横切っている。
そして、その下の空間に人物が並ぶ。
つまり、枝が天井の役目をしている。
もし枝がなければ、人物の上が空いてしまう。
枝があることで、画面の上端が締まる。
そして、桜は季節を示す。
開帳という行事の時期を、花が語っている。
第十七回で扱った、揃物や続きものの構成である。
三枚をつなぐには、横に伸びる要素が要る。
枝は、そのために最適である。
一本の枝が、三枚を一つにまとめている。

きわめて横長である。
幅五十一・八センチ、高さ十八・四センチ。
縦横の比が、およそ一対三。
画面の中央に、木立が横に長く連なる。
濃い緑の帯である。
一本ずつの木は、判別しにくい。
その手前に、田らしい平地。
畦の線が、細かく横に走る。
さらに手前に、低い草と、水の筋。
木立の向こうに、水と、集落らしい屋根。
そして、いちばん奥に、青い山が一つ。
なだらかな形である。
空は白く、上端だけ淡い。
帯としての木立
この一点では、木がまとまって帯になっている。
一本ずつの形は、意味を持たない。
横に長い緑の帯が、画面を上下に分ける。
その上が遠景、下が近景である。
第六回で、霞が距離を区切ると書いた。
ここでは、木立の帯が同じ働きをしている。
そして、画面が横に長いので、この構成が向いている。
縦に長ければ、帯は使いにくい。
横に長ければ、帯を何本も重ねられる。
畦の線、木立の帯、水の帯、山の稜線。
四本の横線が、平行に並んでいる。
九点の木を、働きで分ける
九点の木を、画面での働きで分けたい。
縦の柱として端に立つものが、二点。
スーラの幹と、役者絵の松である。
塊として重心を作るものが、三点。
クローム、ヒンクリー、リチャーズ。
上の縁を作るものが、一点。
三枚続の桜。
横の帯として距離を区切るものが、一点。
広重の摺物。
中央に立って左右を分けるものが、一点。
刺繍のサンプラー。
そして、主題そのものになっているものが、一点。
写生帖の裸木である。
六通りの働きがある。
葉があるか、ないか
九点を、葉の有無で分けたい。
葉のあるものが、六点。
葉のないものが、二点。
写生帖の木と、リチャーズの杉である。
いずれも鉛筆の素描である。
これは、偶然ではないだろう。
葉のない木は、線で描きやすい。
枝の分かれ方が、そのまま線になる。
葉があると、面として塗るか、点を重ねるしかない。
鉛筆では手間がかかる。
そして、葉のない木は、構造がよく見える。
幹から枝、枝から小枝へ。
その分かれ方を観察するには、冬の木がよい。
だから、写生帖には裸木が多い。
第十七回で読んだ写生帖の頁にも、同じ傾向があった。
木の色
九点の木の色を並べたい。
暗い褐色が一点。
スーラの幹である。
暗い緑が二点。
クロームの塊と、広重の木立。
明るい緑が二点。
役者絵の松と、刺繍の木。
そして、色のないものが四点。
鉛筆の三点と、白黒の画像で見ている一点である。
色の付いた五点を見ると、木はたいてい画面のなかで暗いほうに属する。
空より暗く、地面より暗いことも多い。
これは、葉が光を吸うためである。
そして、暗い塊は画面の重心になる。
明るい空と、明るい地面のあいだに、暗い帯が挟まる。
その三層が、風景画の基本の骨組みになる。
第六回で読んだエトナ山の絵では、手前の町が暗い塊だった。
木がなくても、暗い層があればよい。
しかし、木があるほうが自然である。
そこに生えていておかしくないからである。
木は、時間を示す
最後に、木が示すものをまとめたい。
木は、季節を示す。
桜の花なら春。
葉のない枝なら冬。
濃い緑なら夏である。
そして、木は場所も示す。
ねじれた木なら、風の強い海辺。
松なら、日本の風景。
椰子なら、南の土地である。
第六回で読んだベイルートの絵にも、椰子が一本立っていた。
一本の木が、そこがどこかを教えていた。
つまり、木は情報の密度が高い。
一本描くだけで、季節と場所が決まる。
そのうえ、画面の柱にもなる。
だから、風景画には必ずといってよいほど木がある。
次の回では、水面を見たい。
水は、映すという仕事をする。
そして、映すことで画面を二重にする。
そして、その理由は記録の欄には書かれない。
木の数を、数える
九点の木の数を数えたい。
一本だけのものが三点。
スーラの幹、刺繍の木、役者絵の松。
数本が寄り集まるものが四点。
クローム、ヒンクリー、リチャーズ、写生帖の裸木。
帯として連なるものが一点。
広重の摺物である。
そして、枝だけが横切るものが一点。
三枚続の桜。
一本の木は、記号として働く。
その一本が何かを意味する。
数本の木は、塊として働く。
一本ずつの意味は薄れ、重さだけが残る。
帯になると、もはや木ではなく、地形の一部になる。
つまり、数が増えるほど、個々の木の意味が消えていく。
そして、一本に戻ると、また意味が現れる。
刺繍の木は一本で、家と人と並んで置かれている。
三つの記号のうちの一つである。
木という記号が、そこに自然があることを示している。
数と意味の関係は、人の場合と同じである。
第一回で、人数が増えるほど一人が小さくなると書いた。
木も同じで、数が増えるほど一本の意味が薄くなる。
そして、その関係は、絵の種類を問わない。
版画でも、刺繍でも、油彩でも同じである。
数えることは、いちばん単純な読み方である。










