壁のための絵——ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ
背景の山は、どこの山か
背景についても書いておきたい。この二点の奥には、なだらかな山が横たわる。
しかし、特定の土地を示す目印はない。建物も、地名を示す標識もない。
つまり、どこでもない場所として描かれている。
主題が寓意である以上、場所を特定する必要がない。むしろ特定すると、意味が狭くなる。
対になる、もう一点
対をなす作品がある。

寸法は、先の一点とまったく同じである。縦108.5センチ、横148センチ。
こちらも外周に装飾の帯があり、橙色の実が並ぶ。下部の文字は「LE REPOS」。休息という意味である。
中央には、休む人々が描かれる。座る人、寝そべる人、子どもに乳を与える人。
左に女性が立ち、右に男たちが集まる。奥に山が横たわる。
対の絵は、意味も対になる
二点の関係を確かめたい。寸法が同じで、装飾の形式も同じ。
そして題が、労働と休息である。つまり、意味の上でも対になっている。
壁の左右に並べて掛ければ、二つの主題が向かい合う。
対で注文される絵の構造については、
別のコラムでも扱った。
文字が、意味を確定させる
文字の役割にも触れておきたい。帯の下部には、題を示す文字が入る。
見る側は、その一語で主題を確定できる。労働か、休息か。
文字がなければ、画面は「人が働いている絵」と「人が休んでいる絵」にとどまる。
一語あるだけで、寓意として読まれる。名前が絵を情報に変える点は、
別のコラムでも扱った。
描かれた額縁は、何のためか
装飾の帯についても考えたい。実際の額を付ければ、木や金の枠が加わる。
しかし、壁に嵌め込む絵では、額を付けられない場合がある。
そこで、額に相当する装飾を絵の中に描く。壁と絵のあいだに、境界を作るためである。
つまりこの帯は、装飾であると同時に、区切りの装置である。
額と絵の関係については、別のコラムで扱った。
紙に描いた、大きな画面
材料の変わった一点を見たい。

大きい。縦129.5センチ、横252.1センチ。二メートル半を超える横幅である。
所蔵館の記録は、材料を「画布に貼った紙に油彩」と書いている。
つまり、最初は紙に描かれた。あとから画布に貼られている。
分類も「素描」とされている。完成した油彩画ではなく、準備の段階の作品という扱いである。
内容は、川辺の場面である。左に木立が立ち、その下に人々が集まる。
中央に水が広がり、水浴する人が数人。右には舟が繋がれる。
奥の橋の上にも人がいる。画面の左右で、別の動作が同時に進む。
川という主題
主題の背景も確かめたい。川は、生活と労働の場である。
同時に、時間の流れや豊かさを示す寓意にもなる。
つまり、日常の労働を描きながら、抽象的な意味を担わせている。
公共建築の壁画では、この二重性がよく使われる。具体的な場面が、共同体の理念を示す。
なぜ紙に描くのか
材料の理由を考えたい。大きな壁画を描く前に、実物大に近い下絵を作ることがある。
紙は安く、扱いが軽い。壁に貼って、位置や大きさを確かめられる。
つまり紙の下絵は、現場で使う道具である。
同じ役割の下絵について、別のコラムでも扱った。
残ることを前提としない絵が、結果として残っている。
二メートル半という幅
寸法の意味も考えたい。横252.1センチは、部屋の壁一面に近い。
紙をつなぎ、床や壁に広げて描いたと考えられる。画架に載せて描ける大きさではない。
つまり制作の姿勢も、通常の油彩とは違う。
大画面を描く工程については、別のコラムでも扱った。
独立した作品もある
壁のための絵ばかりではない。

ほぼ正方形の画面である。縦104.5センチ、横109.9センチ。
右に女性が三人。一人は立ち、白い布を身にまとう。一人は座り、頬に手を当てる。
もう一人は膝を折り、地面の草を摘む。足元に黒い壺が置かれる。
左奥の岩の上に、小さく人物が座る。笛を吹いているように見える。
背後に断崖と海が広がる。空は青く、白い雲が浮かぶ。
色は淡く、輪郭は柔らかい。壁画と同じ調子である。
正方形に近い画面
比率にも注目したい。この一点は縦104.5センチ、横109.9センチ。ほぼ正方形である。
帯状の画面とは、構図の作り方が変わる。左右に流すのではなく、中心にまとめる必要がある。
実際、人物は右半分に集まり、左は岩と海に譲られている。
正方形の画面では、重心をどちらかに寄せるのが定石である。
壁画の調子を、画布に持ち込む
技法について触れておきたい。壁画では、絵具が壁に吸われ、色が沈む。
つまり、光沢のない平らな画面になる。
この画家は、画布の作品でも同じ質感を作っている。絵具を薄く塗り、艶を抑える。
その結果、油彩でありながら壁画のように見える。
材料が変わっても、目指す見え方は変わらない。