作品を知る

座るには、何かが要る——上垣鳳龍・デューラー・スーラほか九点

壺の面に、座る男たちがいる

黒絵式レキュトス(油壺):座る男たち、戦士と馬
レアグロスの画家の一群《黒絵式レキュトス(油壺)、座る男たち、戦士と馬》紀元前510年から500年ごろ。館の記録では、陶器。全体31.7センチ。番号は1929.134。クリーヴランド美術館蔵。レアグロスの画家の一群《黒絵式レキュトス(油壺):座る男たち、戦士と馬》クリーヴランド美術館蔵

細長い壺である。

高さ31.7センチ。

上に細い首があり、口が広がる。

胴の面に、人物が四人描かれている。

橙色の地に、黒い影で人物が置かれる。

左右の二人は、椅子のようなものに腰かけている。

中央に、馬が一頭立つ。

その手前に、盾を持つ人物がいる。

つばの広い帽子をかぶる者もいる。

背景には、文字が散らばっている。

館の記録は、その文字について書いている。

意味のある語になっていないという。

つまり、飾りとして置かれた文字である。

第十六回で、画面の中の文字を扱った。

読めない文字が飾りとして使われる例は、各地にある。

黒絵式というのは、赤い地に黒で描く方法である。

前の回で扱った赤絵式とは、逆になる。

髪の話で見た壺は、地を黒く塗って人物を残していた。

こちらは、人物のほうを黒く塗る。

同じ土と同じ窯で、順序を変えるだけで見え方が変わる。

館の記録は、白い絵具が使われていたとも書く。

盾と衣と帽子に置かれていたが、今は褪せているという。

座ると、体は二か所で折れる

座る姿勢を、形として見たい。

立っているとき、体はほぼ一本の線である。

頭から足まで、大きな折れ目がない。

座ると、その線が折れる。

腰で一度、膝でもう一度。

つまり、体は三つの部分に分かれる。

上半身、腿、脛である。

この三つの角度の組み合わせで、座り方が決まる。

九点を見比べると、組み合わせが違う。

地面に脚を投げ出す一点では、膝がほとんど折れない。

腰だけが直角になる。

縁台の一点では、片膝を高く立てている。

その膝の角度は、鋭角に近い。

彫刻の一点も、同じように片膝を立てる。

椅子に腰かける壺の人物は、腰も膝も直角に近い。

椅子の高さが、その角度を決める。

つまり、座る場所の高さが、体の角度を決めている。

低い場所に座れば、膝が高く上がる。

高い場所なら、脚が下へ垂れる。

九点のうち、脚が下へ垂れているのは、椅子の一点だけだった。

残る八点は、脚が前か横へ折れている。

これは、座る場所の高さの違いである。

椅子という道具は、脚を垂らすために作られている。

座る人は、こちらを見ない

視線も数えた。

九点のうち、こちらを見ている人は一人もいない。

顔が下を向くものが四点。

横を向くものが三点。

顔が見えないものが二点。

第二回で、肖像の視線を数えた。

視線の話では、九点中五点で目が合った。

こちらはゼロである。

理由は、選び方にありそうだ。

座る姿を題にした作品は、肖像ではない。

肖像なら、椅子に座った人がこちらを見る。

その場合、題は「誰それの肖像」になる。

「座る女」という題は付かない。

つまり、題に座るの語が入る作品は、肖像でないものに偏る。

そして、肖像でなければ、目を合わせる理由がない。

記録の語で拾うと、こうした偏りが生まれる。

九点の数は、在庫全体の数ではない。

題の付け方が作った偏りである。

九点を並べて、数えられたこと

座っている人がいるのは、九点すべてである。

前の回のように、外れは出なかった。

座る場所を数えた。

地面か草の上が三点。

木の台が一点、椅子が一点、岩が一点。

彫刻の台座が一点、龍が一点。

読み取れないものが一点。

つまり、椅子に座る例は少ない。

九点のうち一点だけである。

これは、選んだ九点の偏りかもしれない。

だが、思い出しておきたいことがある。

第十九回で、椅子だけを九点並べた回があった。

椅子の話では、椅子そのものが主題だった。

そちらには、人が座っていない椅子が並んでいた。

椅子は、それだけで作品になる。

だが、人が座る絵では、椅子は少ない。

座る絵は、どんな場面に多いか

九点の場面も分けておきたい。

屋外が六点、屋内らしいものが一点、場所の分からないものが二点。

屋外が多いのは、少し意外だった。

椅子は屋内にあるものだからだ。

だが、地面や草の上に座る場面は、屋外にしかない。

そして、そうした場面は写生に向く。

外で見かけた人を、そのまま写せる。

館の記録も、そう説明していた。

赤チョークの一点は、写生から起こされたと書かれていた。

写真の一点も、屋外で撮られている。

つまり、座る姿は、外で見かけやすい姿勢である。

歩いている人は、止まってくれない。

立っている人も、いずれ動く。

座っている人は、しばらく同じ姿勢でいる。

描く側にとって、これは大きい。

九点のうち、写生から起こされたと考えられるものは四点あった。

残る五点は、物語や図像の型に属する。

聖人、女神、古代の場面、そして装飾。

型に属する五点では、座り方も型で決まっている。

写生の四点では、姿勢がばらばらである。

膝の角度も、体の向きも揃わない。

型か写生かは、姿勢の揃い方で見分けられることがある。

記録に書かれていないこと

館の記録は、座り方を書かない。

「座る」の語が題に入るだけである。

何に座っているかは、たいてい書かれない。

九点のうち、座る場所が題に入るのは二点だった。

縁台の一点と、龍の一点である。

残る七点は、画像を見なければ分からない。

そして、なぜ座っているかも書かれない。

休んでいるのか、仕事をしているのか、待っているのか。

これも、画像から読むしかない。

九点を見ると、仕事をしている座り方が二点あった。

書きものをする一点と、楽器を弾く一点である。

残る七点は、何もしていない。

座って、こちらを見ていない。

座るという姿勢は、行為の合間に現れる。

次の回は、さらに低い姿勢を見る。

膝をつく、かがむ、うずくまるという姿勢である。

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